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第三十三章

名手の見解

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「ふーん、やっぱりなんや」
 ナイトエルフはニッコリと笑いながらそう呟くと立ち上がり、俺の椅子まで歩いてドカっとそこへ座った。いやレイさん、そこ監督の椅子……。
「それで実際に何か聞いて……はいないのか!」
 彼女へ問いかけている最中に卓上カレンダーの予定表が目に入り、そこではっと気付く。
 今更ながら今日は朝に練習、昼食と身繕いを挟んでフェリダエのニャンダフル連邦共和国へ移動というスケジュールだ。その為、レイさんとポリンさんには午前の授業を休み、午後から学校へ行って貰う予定である。いわゆるスーパー重役出勤である。今の若者もそう言う言い方するのかしらんけど。
 で、それが何を意味するかと言うとレイさんとアリスさんは昨日から今日にかけて、まだ会っていないのだ。つまり何か聞いている筈がない!
「そやで。だから今から聞いたろと思ってんねん。さあ、正直に言いたまえショーキチ君? どこまでやったのかね?」
 レイさんは卓上に置いてあった魔法の眼鏡――文字の翻訳機能があるマジックアイテムだ。普段持ち歩く用と別に、監督室に置いてある。こちらは携帯用と違って大きく重く、一言で言うと野暮ったい――をかけて重役っぽい口調で訊ねてきた。
「そんな『やった』なんて! ……別れ際に、軽くキスされただけです」 
 そんな無骨な眼鏡をかけたレイさんはまた別の魅力があり、その迫力に押されて俺は素直に話してしまった。因みに全人類が、いやエルフ代表のコーチをしている全人類――つまり俺一人だ!――が大好きな『オタクに優しいギャルもの』の中でギャルがオタク君の眼鏡を借りてかけてみる展開が出現する確率は100%である!
「どっちから!? どんなシチュエーションで!?」
 広い解釈で言えば黒ギャルJKに含まれるエルフが身を乗り出して聞く。
「アリス先生からです。帰り道で、家路を半分くらい送った所で」
「背中に手は回したん!? 舌は!?」
「回してません! 舌も入れてません!」
 ちょっとこれどういうプレイ? と悩みつつも返事してしまう自分の反射神経が恨めしい。
「なーんや! ほなセーフやん!」
 苦悩する俺と裏腹にレイさんはがっかりした様子で身体を戻し、椅子へ深く沈み込んだ。因みにこの監督専用椅子、かなり良い皮と綿っぽい植物をふんだんに使っていて、それで座り心地が最高なんだとか。
 別に俺の注文とか俺の為じゃないよ? 前任の監督兼選手、ダリオ姫にお座り頂く椅子だったからだ。まあ彼女の見事なヒップを収めるにはそれくらい必要だろう。
「アウトですよ! だって彼氏のいる女性ですよ! しかも先生!」
 姫様のお尻を想像するのは王家への不敬だが、教師との不倫は生徒の父兄からつるし上げられる事になるかもしれない!
「んーでもあれ、たぶんフェイクやで」
「へっ?」
 しかしレイさんは焦る俺の言葉を一蹴した。しかもスゴい指摘で。
「それって……アリスさんは教職免許を持ってないって事ですか?」
 とても信じられない。確かに性格的な面では不安があるが、知識や教え方は万全だ。もぐりの教師だなんて事があるだろうか?
「なんやの、それ? きゅうしょくめんきょ?」
「教職免許です! 食事に麺は出しません! えっと、公的な学校で教師をする為の資格です」
 俺がそう説明するとナイトエルフの学生はキョトンとした顔をし、やがて笑いだした。
「ちゃうって! ウチがニセモンや言うたんはせんせーの部分やのうて、彼氏のほう!」
 彼氏をか・れ・し、と区切って発音し、ご丁寧に俺を指さしてレイさんは言う。
「誰も直接、見た事ないし魔法で映像を見せて貰った事もないねん。おまけに話すエピソードもウブなネンネやし」
 彼女の推測を締めたのは古い歌の歌詞のような言葉だった。そう、あくまでも推測でしかない。しかし自身がフェイク、フェイントの名手にして日々
「サッカードウは騙し合いやで!」
とうそぶくレイさんがそう言うなら一理あるかもしれないな……。
「でも、いったい何の為に?」
「さあ? たぶん何かこじらせる事になる過去があるとか、単純に生徒に舐められへんようにするためちゃうかな?」
 レイさんは眼鏡を外してもう用済み、とばかりテーブルに起きながら言った。ふと、その仕草で俺は気付く。
 この娘……そろそろこの話題に飽きつつあるな!
「仮に、仮にですがレイさんの言う通りアリスさんの彼氏はエア彼氏で実在しないとしましょう。俺が無罪なのは嬉しい事として、なんで俺なんかに……」
 キスをする程の好意をもったんだ? という言葉は自分で言うと悲しいので飲み込む。
「こう言っては何ですが、友人としては良いフィーリングだったんですよ。相互学習も楽しかったし。でも俺はアリスさんを特定のパートナーがいる女性として扱っていましたし、彼女から見ても俺は教え子の関係者じゃないですか? 恋愛の対象としては見てなかったんじゃないですか?」 
 レイさんが飽きていようとこの話題は続ける。でないと俺の気持ちがハッキリしないからだ。
「あー、それな……」
 一方、既に机の上の別の小物をイジっていたエルフは、その言葉でややバツが悪そうな顔をした。
「何か心当たりでも!?」
「ウチがショーキチにいさんのな? ええとこいっぱい喋ってしもうてん! それ聞いてる間に、アリちゃんも勝手に好感度あがってたんとちゃうかな? テヘペロ!」
 レイさんは一気にそう言い放つと、手に握ったペンで自分の頭を叩きつつ捻れた舌を出した。
「なっ、なっ、なんちゅーことをしてくれたんですか!? あと懐かしいな!」
「実家にあった漫画で見てん。使い方、あってた?」
「使い方は間違ってませんが、やってくれた事は大間違いです!」
 誰かの好きな人の話を聞いて、自分もその人を好きになるか? と言われると五分五分だ。学生時代、友人の惚気話を聞いた経験があるが、好意を持つこともあれば、嫌気がさすこともあった。
「まあまあ。アリちゃん可愛いし満更でもないやろ? あとウチらの恋路も、ちょっとくらい障害があった方が燃えへん?」
「いやレイさん!」
「ショーキチおにい……監督、あとレイちゃんもいるの?」
 俺がレイさんに厳しく注意しようとした所へ、優しい声が割って入った。振り返り見るとポリンさんが、こちらは髪も乾かし制服をきちんと着た状態で立っている。
「あ、ポリンさん! どうしました?」
「えっと、遠征組は準備できて、私はレイちゃんと学校へ行こうかな? と」
 デイエルフの学生はそう言って手元の鞄を持ち上げた。どうやらレイさんの荷物も持ってきてくれたらしい。
「ありがとー! ポリン大好き! ほな、行くわな! ニャンニャンとの試合、頑張ってなー!」
 その様子を見たナイトエルフの方の学生はそう言って、俺の脇を抜けてポリンさんと合流し手を振りながら廊下を走って行った。
「あーえっと、そっちも勉強頑張って!」
 まだレイさんに言い足りない事がたくさんあったが、この状況ではどうしようもない。俺はため息をつきながら、自分も出発すべく荷物を手に取った。
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