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第三十一章
解せん自薦
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そこにいたのは前座のキックターゲットで勝利しゲットしたトロフィー――ご丁寧にステフがドワーフの名匠に発注して作った逸品で、コオリバー君が『やられた!』という顔をして両手をあげているモノだ。あのダスクエルフはこういう所に手を抜かない――を魔女っ子の杖のように振りかざし立つエオンさんだった。
「誰かと思えばエオンさんですか。何ですか? 俺は忙しいんですが」
言葉に険が含まれるのを抑えきれずに訊ねる。しかしそこはそれ、ナリンさんが素早く通訳に入り俺の言葉を和らげつつ、事情を聞いてくれた。
「エオンさんがに中盤へ入ると?」
しかし伝えられた内容は、俺の心を静めるものではなかった。
「しかもポリンちゃ……ポリンさんの所へ?」
それどころかより不安にさせる提案だ。だが自分の苛立ちを他者へぶつけるのは指揮官失格だし、選手が積極性を発揮している時はなるべく採用してあげたい。俺は一つ深呼吸してボードを持ち直し、彼女の横へ並んだ。
「あのポジション、今はかなり狙われて厳しい所なんですが、大丈夫ですか? 何か勝算が?」
『ポリンが消耗しているのでエオンの申し出はすごく嬉しいとショーキチ殿は仰っているわ! でもあなたへの負担も大きいの。どうにかできる?』
『ふふん、そんなの簡単よっ! あの下手っぴにワザとボールを持たせて、奪ってからエオンが独走してズドーン!』
そう言うとエオンさんはコオリバ君の像を下から斜め上に振り上げた!
「あぶな! 推理小説でこれ見よがしに出てきたトロフィーが殺人事件の凶器になる確率は150%なんですよ!?」
咄嗟によけつつそう抗議したが、彼女と話し込むのに忙しいナリンさんはもちろん、俺の言葉を通訳しなかった。
『もし思惑通りいったとしても、残り時間一人少ない状況で守り抜かないといけないのよ? エオンはポリン並に守備に走れる?』
『うっ……。そうなったら、リストちゃんとエオンが位置を変われば良いじゃないっ?』
『前だから守備をしなくて良い、ってチームじゃなくなったのは分かっているわよね?』
『でもエオンは可愛いから……』
そんな風にナリンさんとエオンさんのディスカッションはなかなか白熱している様だったが、そうしている間も試合は動き続けていた。
しかも、アローズにとって望ましくない方向へ。
その少し前から、ボシュウ選手の次のターゲットはレイさんになっていた。ハイボールを競り合い飛ばせ走らせ、あのナイトエルフのスタミナを削ろうとしていたのである。
しかしそこは打算が働く関西弁娘のこと。馬鹿正直に身体をぶつけ合うのではなく、時にスルーし時にパリスさんに――ここまで彼女は良くレイさんをフォローしていた。今の推しの為なら幾らでも走る! といった所であろう――任せ、上手くやり過ごしていた。
だが……運悪くその判断の一つが裏目に出た。GKのキックからのボールを、両者ともスルーしてしまったのだ。
『あれ!?』
そのボールは前に出ようとしたパリスさんの肩付近を掠め、ゴール方面へ向かって転がって行く。彼女にとってレイさんがスルーするのは想定済みだったろう。しかしボシュウ選手までボールに触れないとは思っていなかったのだ。
「ハンド!?」
「プレイオン! アドバンテージ!」
上空を見るとドラゴンの審判さんがそう叫び、羽根をアローズゴール方向へ広げていた。アドバンテージとは直訳すれば『有利』という意味で、この場合
「アローズにハンドの反則があったので本来ならばノートリアスにFKを与える所だが、そうせずプレイを続けた方がノートリアスに有利なので試合を止めません」
との意思表示である。
では何が有利か? 実はパリスさんに触れた後のボールが、ガンス族FWへの絶好のパスになってしまっていたからである。
「ノーファウル!」
俺は少しピッチに入ってそう叫ぶ。ガンス族のFWはアローズのDFラインの裏でボールを受け独走態勢だ。例えムルトさんが追いついても、後ろから引っ張ったり足をかけたりする形になってしまうだろう。ユイノさんについても、既に前へ出るタイミングを逸している。下手な対応をしたら両者どちらかは退場となり、2名少ない状態で闘う事となる。例え失点してもそれだけは避けたいのだ。
『駄目じゃん、みんなっ!』
俺の隣でエオンさんも悔しがるGK像を振って叫んだ。もしかしたらセルフジャッジ――笛が鳴っていないのに、パリスさんのファウルでFKにて再開だと自己判断してしまった――した仲間をなじっているのかもしれない。
だがまあそれは言っても仕方ない事で、中で闘っている選手と外で見ている我々の違いでもある。むしろ実際は選手は良くやって、追走するDF陣は誰もファウルを犯さなかったし、ユイノさんも身体全体で面を作ってシュートを跳ね返そうとした。
しかしその努力と献身は実らなかった。ガンス族のFWは冷静にユイノさんの股間を通し、シュートをゴールの中へ転がした。
後半30分、1-2。ノートリアスが勝ち越しゴールを上げてしまった……。
「誰かと思えばエオンさんですか。何ですか? 俺は忙しいんですが」
言葉に険が含まれるのを抑えきれずに訊ねる。しかしそこはそれ、ナリンさんが素早く通訳に入り俺の言葉を和らげつつ、事情を聞いてくれた。
「エオンさんがに中盤へ入ると?」
しかし伝えられた内容は、俺の心を静めるものではなかった。
「しかもポリンちゃ……ポリンさんの所へ?」
それどころかより不安にさせる提案だ。だが自分の苛立ちを他者へぶつけるのは指揮官失格だし、選手が積極性を発揮している時はなるべく採用してあげたい。俺は一つ深呼吸してボードを持ち直し、彼女の横へ並んだ。
「あのポジション、今はかなり狙われて厳しい所なんですが、大丈夫ですか? 何か勝算が?」
『ポリンが消耗しているのでエオンの申し出はすごく嬉しいとショーキチ殿は仰っているわ! でもあなたへの負担も大きいの。どうにかできる?』
『ふふん、そんなの簡単よっ! あの下手っぴにワザとボールを持たせて、奪ってからエオンが独走してズドーン!』
そう言うとエオンさんはコオリバ君の像を下から斜め上に振り上げた!
「あぶな! 推理小説でこれ見よがしに出てきたトロフィーが殺人事件の凶器になる確率は150%なんですよ!?」
咄嗟によけつつそう抗議したが、彼女と話し込むのに忙しいナリンさんはもちろん、俺の言葉を通訳しなかった。
『もし思惑通りいったとしても、残り時間一人少ない状況で守り抜かないといけないのよ? エオンはポリン並に守備に走れる?』
『うっ……。そうなったら、リストちゃんとエオンが位置を変われば良いじゃないっ?』
『前だから守備をしなくて良い、ってチームじゃなくなったのは分かっているわよね?』
『でもエオンは可愛いから……』
そんな風にナリンさんとエオンさんのディスカッションはなかなか白熱している様だったが、そうしている間も試合は動き続けていた。
しかも、アローズにとって望ましくない方向へ。
その少し前から、ボシュウ選手の次のターゲットはレイさんになっていた。ハイボールを競り合い飛ばせ走らせ、あのナイトエルフのスタミナを削ろうとしていたのである。
しかしそこは打算が働く関西弁娘のこと。馬鹿正直に身体をぶつけ合うのではなく、時にスルーし時にパリスさんに――ここまで彼女は良くレイさんをフォローしていた。今の推しの為なら幾らでも走る! といった所であろう――任せ、上手くやり過ごしていた。
だが……運悪くその判断の一つが裏目に出た。GKのキックからのボールを、両者ともスルーしてしまったのだ。
『あれ!?』
そのボールは前に出ようとしたパリスさんの肩付近を掠め、ゴール方面へ向かって転がって行く。彼女にとってレイさんがスルーするのは想定済みだったろう。しかしボシュウ選手までボールに触れないとは思っていなかったのだ。
「ハンド!?」
「プレイオン! アドバンテージ!」
上空を見るとドラゴンの審判さんがそう叫び、羽根をアローズゴール方向へ広げていた。アドバンテージとは直訳すれば『有利』という意味で、この場合
「アローズにハンドの反則があったので本来ならばノートリアスにFKを与える所だが、そうせずプレイを続けた方がノートリアスに有利なので試合を止めません」
との意思表示である。
では何が有利か? 実はパリスさんに触れた後のボールが、ガンス族FWへの絶好のパスになってしまっていたからである。
「ノーファウル!」
俺は少しピッチに入ってそう叫ぶ。ガンス族のFWはアローズのDFラインの裏でボールを受け独走態勢だ。例えムルトさんが追いついても、後ろから引っ張ったり足をかけたりする形になってしまうだろう。ユイノさんについても、既に前へ出るタイミングを逸している。下手な対応をしたら両者どちらかは退場となり、2名少ない状態で闘う事となる。例え失点してもそれだけは避けたいのだ。
『駄目じゃん、みんなっ!』
俺の隣でエオンさんも悔しがるGK像を振って叫んだ。もしかしたらセルフジャッジ――笛が鳴っていないのに、パリスさんのファウルでFKにて再開だと自己判断してしまった――した仲間をなじっているのかもしれない。
だがまあそれは言っても仕方ない事で、中で闘っている選手と外で見ている我々の違いでもある。むしろ実際は選手は良くやって、追走するDF陣は誰もファウルを犯さなかったし、ユイノさんも身体全体で面を作ってシュートを跳ね返そうとした。
しかしその努力と献身は実らなかった。ガンス族のFWは冷静にユイノさんの股間を通し、シュートをゴールの中へ転がした。
後半30分、1-2。ノートリアスが勝ち越しゴールを上げてしまった……。
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