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第三十一章
お前だよお前
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副審のリザードマンさんが背番号の書かれたボードを上に掲げると、リーシャさんは何度も
「自分か!?」
という風に指で己の胸を指した。
『そうだ! リーシャだ!』
ザックコーチが大声で叫び、それで彼女は渋々といった感じでセンターへ走ってくる。ミノタウロス語は分からないが、彼の大音声にリーシャさんの名前が含まれていたのは分かる。こういう時にこの巨漢の存在はありがたい。
「しかしこれは……ジョホールバルだな」
日本代表が初めてW杯の切符を勝ち取った試合――アジア第三代表決定戦、例のアジジ選手も出ていたやつだ――を思い出して俺は嘆息した。その試合の後半、当時代表のエースだった三浦知良選手が交代で下がる事になったのだが、伝達が上手くいかなかったのか彼は何度も自分を指さし首を傾げたのだ。
そのカズが誇りを持ちずっと背負っていた背番号が11。そしてリーシャさんの背にある数字もそれと同じものだ。
「ナリンさん、ちょっと一緒に」
俺はエルフのコーチに声をかけてリーシャさんを迎えに行く。カズが交代に手間取ったのは1点リードされている状況で自分が下げられるとは夢にも思わなかったからとも、ボードの指示が相手チームの11番――そう、再び例のアジジ選手だ。逆アジジ作戦の時に言及した通り、負傷したいたとの情報もあった――を指していると思ったからとも言われている。
その真相は俺の知る所ではないが、リーシャさんが困惑しているのは自明の理であった。
「タッキさん、リーシャさん、良い得点でした」
『誰か怪我させる前で、良かったヨー』
『なんで私? また何かした?』
俺が差し出した手をタッキさんが朗らかに握って去り、リーシャさんは迷うように見ていた。
「良いアシストでしたしここまでの動きも悪くありませんでした」
俺は自ら腕を動かして彼女の手を掴んで握手し、囁く。
「ですがこういう事態になって……リーシャさんにお願いしたい事が幾つかできてしまったんです」
『交代させてごめんなさい、リーシャは良い動きだったわ! でもこれから秘密任務をショーキチ殿が授けます。聞いて!』
『秘密任務!?』
俺の言葉が通訳されたのを聞いて、リーシャさんが目を輝かせた。そんなに喜ぶ事だっけ? と思ったものの俺は片目で彼女の様子を、もう片方で試合の動向を見ているのでそこまで深く観察できない。
ええい、仕方ない! 続けよう。
「一つはエルエルの精神面のケアです。急にプレイが不安定になった理由も聞き出せれば助かります」
『エルエルのお守りをしてやって。あの娘は未熟な子だけれど、あんな風に崩れるのは珍しいから』
『あーそれね。確かにそこは私じゃなきゃ無理かも』
ナリンさんが俺の言葉を通訳すると、リーシャさんはふむふむと頷いた。
「二つには、次のフェリダエ戦です。学生コンビはアウェイに連れて行けない上にエルエルまで出場停止になりました。攻撃はリーシャさんが引っ張る事になります。今回はもう温存して、次で爆発して欲しい」
これはさっき思いついたプラスアルファである。リーシャさんは親分肌なので、やらかした後輩のケアというだけでも十分ではある。しかし一方でアローズ一番の負けん気の強さも持つ。ならばそれを焚きつける材料――つまり次節、サッカードウ最強チームとの勝負――も提示した方が良いのではないか? と思ったのだ。
『なるほど、それはそうね。私の力無しじゃあの高慢な猫どもには勝てないか。よく分かっているじゃない!』
リーシャさんは翻訳を聞いて再度頷き、俺の肩を軽く殴ってベンチの方へ歩いて言った。その背を見届けてからナリンさんがリーシャさんの言葉の内容を伝えてくれる。
「はは……。単純で助かると言うか頼もしいと言うか……」
俺はそれを聞いて乾いた笑いを浮かべるしかなかった。実の所、猫族との試合は勝ち目がほぼ無い。現状の戦力差は絶大で、リーシャさんの頑張り程度でどうにかなるモノではないのだ。
が、それを今、正直に言っても何の得にもならない。俺に出来るのはそういった事も含めて上手く利用して行くだけだ。
たぶん、こういう考え方になったのはサッカードウの監督をしているからだろう。サッカードウは理不尽な事が大量に起こり、止まる事無く進んでいく。一つ一つの事について嘆いている暇はない。素早く分析し、それを有効的に利用できるか考え、対策も講じる。それしかない。
それをずっと続けていて運も味方すれば……試合に勝つかもしれないし、一つでも上の順位でリーグ戦を終える事ができるかもしれない。答えが出るのはずっと後の事だ。
「あ、頼もしいと言えばリストさんですが! もう精神面で復活してますかね?」
俺はゴルルグ族戦でPKを外して以来、イマイチ調子の上がらないナイトエルフの事を訊ねた。
「どうでしょうか? 前に話した時は『最近、ナリショーの供給が足りないでござるが、我々は土の栄養が少ないほど甘くなるトメィトゥの様な存在でござる』と言っていたでありますが……」
しかしナリンさんの返答は明確なものではなかった。うん、詳しくはないけどたぶんそれサッカードウとはぜんぜん関係ない事を言ってるね!
「とりま伝令役からは外して貰ったんですよね?」
「はい、ヨンに任せたであります!」
俺たちはそう語らいつつ、選手交代後のチームを確認する事にした……。
「自分か!?」
という風に指で己の胸を指した。
『そうだ! リーシャだ!』
ザックコーチが大声で叫び、それで彼女は渋々といった感じでセンターへ走ってくる。ミノタウロス語は分からないが、彼の大音声にリーシャさんの名前が含まれていたのは分かる。こういう時にこの巨漢の存在はありがたい。
「しかしこれは……ジョホールバルだな」
日本代表が初めてW杯の切符を勝ち取った試合――アジア第三代表決定戦、例のアジジ選手も出ていたやつだ――を思い出して俺は嘆息した。その試合の後半、当時代表のエースだった三浦知良選手が交代で下がる事になったのだが、伝達が上手くいかなかったのか彼は何度も自分を指さし首を傾げたのだ。
そのカズが誇りを持ちずっと背負っていた背番号が11。そしてリーシャさんの背にある数字もそれと同じものだ。
「ナリンさん、ちょっと一緒に」
俺はエルフのコーチに声をかけてリーシャさんを迎えに行く。カズが交代に手間取ったのは1点リードされている状況で自分が下げられるとは夢にも思わなかったからとも、ボードの指示が相手チームの11番――そう、再び例のアジジ選手だ。逆アジジ作戦の時に言及した通り、負傷したいたとの情報もあった――を指していると思ったからとも言われている。
その真相は俺の知る所ではないが、リーシャさんが困惑しているのは自明の理であった。
「タッキさん、リーシャさん、良い得点でした」
『誰か怪我させる前で、良かったヨー』
『なんで私? また何かした?』
俺が差し出した手をタッキさんが朗らかに握って去り、リーシャさんは迷うように見ていた。
「良いアシストでしたしここまでの動きも悪くありませんでした」
俺は自ら腕を動かして彼女の手を掴んで握手し、囁く。
「ですがこういう事態になって……リーシャさんにお願いしたい事が幾つかできてしまったんです」
『交代させてごめんなさい、リーシャは良い動きだったわ! でもこれから秘密任務をショーキチ殿が授けます。聞いて!』
『秘密任務!?』
俺の言葉が通訳されたのを聞いて、リーシャさんが目を輝かせた。そんなに喜ぶ事だっけ? と思ったものの俺は片目で彼女の様子を、もう片方で試合の動向を見ているのでそこまで深く観察できない。
ええい、仕方ない! 続けよう。
「一つはエルエルの精神面のケアです。急にプレイが不安定になった理由も聞き出せれば助かります」
『エルエルのお守りをしてやって。あの娘は未熟な子だけれど、あんな風に崩れるのは珍しいから』
『あーそれね。確かにそこは私じゃなきゃ無理かも』
ナリンさんが俺の言葉を通訳すると、リーシャさんはふむふむと頷いた。
「二つには、次のフェリダエ戦です。学生コンビはアウェイに連れて行けない上にエルエルまで出場停止になりました。攻撃はリーシャさんが引っ張る事になります。今回はもう温存して、次で爆発して欲しい」
これはさっき思いついたプラスアルファである。リーシャさんは親分肌なので、やらかした後輩のケアというだけでも十分ではある。しかし一方でアローズ一番の負けん気の強さも持つ。ならばそれを焚きつける材料――つまり次節、サッカードウ最強チームとの勝負――も提示した方が良いのではないか? と思ったのだ。
『なるほど、それはそうね。私の力無しじゃあの高慢な猫どもには勝てないか。よく分かっているじゃない!』
リーシャさんは翻訳を聞いて再度頷き、俺の肩を軽く殴ってベンチの方へ歩いて言った。その背を見届けてからナリンさんがリーシャさんの言葉の内容を伝えてくれる。
「はは……。単純で助かると言うか頼もしいと言うか……」
俺はそれを聞いて乾いた笑いを浮かべるしかなかった。実の所、猫族との試合は勝ち目がほぼ無い。現状の戦力差は絶大で、リーシャさんの頑張り程度でどうにかなるモノではないのだ。
が、それを今、正直に言っても何の得にもならない。俺に出来るのはそういった事も含めて上手く利用して行くだけだ。
たぶん、こういう考え方になったのはサッカードウの監督をしているからだろう。サッカードウは理不尽な事が大量に起こり、止まる事無く進んでいく。一つ一つの事について嘆いている暇はない。素早く分析し、それを有効的に利用できるか考え、対策も講じる。それしかない。
それをずっと続けていて運も味方すれば……試合に勝つかもしれないし、一つでも上の順位でリーグ戦を終える事ができるかもしれない。答えが出るのはずっと後の事だ。
「あ、頼もしいと言えばリストさんですが! もう精神面で復活してますかね?」
俺はゴルルグ族戦でPKを外して以来、イマイチ調子の上がらないナイトエルフの事を訊ねた。
「どうでしょうか? 前に話した時は『最近、ナリショーの供給が足りないでござるが、我々は土の栄養が少ないほど甘くなるトメィトゥの様な存在でござる』と言っていたでありますが……」
しかしナリンさんの返答は明確なものではなかった。うん、詳しくはないけどたぶんそれサッカードウとはぜんぜん関係ない事を言ってるね!
「とりま伝令役からは外して貰ったんですよね?」
「はい、ヨンに任せたであります!」
俺たちはそう語らいつつ、選手交代後のチームを確認する事にした……。
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