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第二十八章
空気と人気の力学
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再び曲がるボールの話。そんな種類の球種を蹴るのは投げるよりずっと難しい。ボールに回転をかけるには、足先で擦り上げるようにしながら蹴り出す必要があるからだ。専門用語で言えばインサイドからインフロントにかけて、もう少し砕けた言い方をすれば足の内側の側面から足の甲の親指と人差し指付近の正面を使い摩擦力を最大限に生かして、という蹴り方になる。
そしてその部分を使う以上、回転の方向が決まり自ずと曲がる方向も決まる。キッカーが真上から見て半時計回りに回転するボールは同じくキッカーから見て左の方へ曲がる。CKの場合、右足でボールを蹴る予定の選手がコーナーに立ち中を見ればゴールが右で自陣は左。つまりボールは左に曲がりながらゴールから遠ざかって行く事になる。
……普通の場合は、だ。だが今回ポリンさんはボールを右に曲げおそらくは直接ゴールを狙った。何故そんな事ができるのか? 実は彼女、時計回りの回転をし右に曲がるボールを右足でも蹴れるのだ。
その時に使うのは右足のアウトサイド。言い換えると足の外側の側面、薬指と小指の根本の甲の部分だ。足の形や大きさは人によって、エルフによって異なるが一般的に言えばその部分は堅く狭い。また通っている神経が少ないのか触覚も感じ難く、感覚を掴むのも一苦労だ。
故にそんな場所を使ってボールを蹴るのは非常に難しい。簡単なパスですら失敗する事があるしアウトサイドのパスには少し気取った所もあるし、状況によっては禁止される――監督や部活の先輩が怒るのだ。色気付くんじゃねえ! 普通に正確にボールを蹴れ! って――事もあるくらいだ。
しかし、ポリンさんはそこを使って回転をかけ、右に曲がるボールを蹴った。CKでそういう蹴り方をする選手はまずいない。Jリーグで言えば昔ガンバ大阪にいたマルセリーニョ・カリオカ選手がそんなCKを蹴るのを映像で観た事があるが、それくらいだ。この異世界のサッカードウではまず初めての選手と言っても良いだろう。
だからポリンさんのキックはペティ選手の裏をかき、殆ど直接ゴールする所まで行った。セットプレイの仕込みとして他の選手の位置関係も大いに貢献した所ではあるが、大部分は彼女の天性と練習のたまものだろう……。
「……こんな感じで彼女はとても凄い事をしたんです」
空気力学等は省略したがそんな説明を終えると、アリスさんはポツリと呟いた。
「そうなんですか……。でもこれって酷くないですか!?」
え? 何がですか? と問い返す事さえ出来ず俺はポカンとする。
「私はショーキチ先生に聞いたからそれが分かったけど、みんなは知らないじゃないですか! ポリンちゃんの頑張りを! 今だって……」
『ただいまの得点は……エルフ代表チーム、背番号8! エオン選手!』
そう言って張り上げた声にノゾノゾさんのアナウンスが重なった。
『ゴールを決めたのは?』
『『エオン!』』
恒例のコール&レスポンスが響く。
『可愛い格好良い』
『『エオン!』』
『完璧で究極の?』
『『ゲッター!』』
『ありがとう! アイシテル!』
何度も繰り返されノリノリで楽しんできたそれに、今回アリスさんは参加しなかった。
「みんな、ポリンちゃんじゃなくて得点したぶりっこの名前ばっか呼んでる……」
「いやまあ、あのエオンさんが泥臭いダイビングヘッドをしてくれた事も個人的には嬉しいんですが」
俺は苦笑しつつ言った。冗談抜きで『髪型が乱れるから』と言ってヘディングを嫌がるし、逆に単純に繋げば良い所でノールックアウトサイドパスをして相手にパスしてしまったりもするエオンさんが、あんなプレイをしてくれたのだ。本当に嬉しい。
「ポリンさんが凄く真面目に練習をしてアレを蹴れるようになって、今の得点に大きな貢献をした事はチームの皆が知っています。そもそも努力を知っているからこういうセットプレイを計画したんだし。だから選手たちもポリンさんも祝福していたんですよ。優しい子たちです」
レイさんの忍者ゴールの時は俺とレイさんだけの成果、みたいに言ってたアリスさんがこんな事を言うようになったんだ。観戦初心者の成長はやいな! と思いながらそう説明を締めた。
「そうか……。ショーキチ先生は良い指導をして良いチームを作っているんですね」
アリスさんは胸に手を当てポツリと呟く。今日一、真剣な顔だ。なんか照れるな。
「そういう背景を知らない観客が、分かり易く得点者を褒めるのは仕方ない事ですよ。その分、俺たちがポリンさんを褒めましょうよ? クラスのみんなも」
照れくさくなった俺は矛先を逸らすように、生徒さんたちへ視線を送った。その意図を察したアリスさんは力強く頷くと観客席を回ってポリンさんへの声援を促す。
『ポリン、格好良かったよー!』
『次は入るよ!』
試合はもう再開され彼女が聞いている暇は無いが、クラスメイトたちはポリンさんへ向けて口々に何かを叫んだ。微笑ましい光景だ。
「俺もロッカーで後で褒めるけど……」
だけどやはり、ポリンさんがその称賛をじっくりと聞く時間が無いのは寂しいな。じゃあ作るしかないか。
「アリスさん、すみませんがこれを」
俺はボードに指示を書き、先生に翻訳を頼んだ。
「はいはい! でもこんなに圧勝しているのにまだ何かするんですか? 貪欲ですね~」
「ええ、俺はかなり欲深い人間ですので」
ニヤリと笑ってボードを渡し、ピッチへ視線を戻しながら彼女がメモにエルフ語で書き写すのを待つ。
「ん? これって……ショーキチ先生!?」
「はい?」
俺は指示の結果で起こる事象を脳内でシミュレーションしていて、やや上の空だった。それで彼女の行動を止められなかった。
「これって……ポリンちゃんと私たちの為ですよね? 優しい! 好き!」
そう言いながらアリスさんは俺の頭を掴み、その大きな胸に力一杯抱き寄せてきた! これは……MMだ!
そしてその部分を使う以上、回転の方向が決まり自ずと曲がる方向も決まる。キッカーが真上から見て半時計回りに回転するボールは同じくキッカーから見て左の方へ曲がる。CKの場合、右足でボールを蹴る予定の選手がコーナーに立ち中を見ればゴールが右で自陣は左。つまりボールは左に曲がりながらゴールから遠ざかって行く事になる。
……普通の場合は、だ。だが今回ポリンさんはボールを右に曲げおそらくは直接ゴールを狙った。何故そんな事ができるのか? 実は彼女、時計回りの回転をし右に曲がるボールを右足でも蹴れるのだ。
その時に使うのは右足のアウトサイド。言い換えると足の外側の側面、薬指と小指の根本の甲の部分だ。足の形や大きさは人によって、エルフによって異なるが一般的に言えばその部分は堅く狭い。また通っている神経が少ないのか触覚も感じ難く、感覚を掴むのも一苦労だ。
故にそんな場所を使ってボールを蹴るのは非常に難しい。簡単なパスですら失敗する事があるしアウトサイドのパスには少し気取った所もあるし、状況によっては禁止される――監督や部活の先輩が怒るのだ。色気付くんじゃねえ! 普通に正確にボールを蹴れ! って――事もあるくらいだ。
しかし、ポリンさんはそこを使って回転をかけ、右に曲がるボールを蹴った。CKでそういう蹴り方をする選手はまずいない。Jリーグで言えば昔ガンバ大阪にいたマルセリーニョ・カリオカ選手がそんなCKを蹴るのを映像で観た事があるが、それくらいだ。この異世界のサッカードウではまず初めての選手と言っても良いだろう。
だからポリンさんのキックはペティ選手の裏をかき、殆ど直接ゴールする所まで行った。セットプレイの仕込みとして他の選手の位置関係も大いに貢献した所ではあるが、大部分は彼女の天性と練習のたまものだろう……。
「……こんな感じで彼女はとても凄い事をしたんです」
空気力学等は省略したがそんな説明を終えると、アリスさんはポツリと呟いた。
「そうなんですか……。でもこれって酷くないですか!?」
え? 何がですか? と問い返す事さえ出来ず俺はポカンとする。
「私はショーキチ先生に聞いたからそれが分かったけど、みんなは知らないじゃないですか! ポリンちゃんの頑張りを! 今だって……」
『ただいまの得点は……エルフ代表チーム、背番号8! エオン選手!』
そう言って張り上げた声にノゾノゾさんのアナウンスが重なった。
『ゴールを決めたのは?』
『『エオン!』』
恒例のコール&レスポンスが響く。
『可愛い格好良い』
『『エオン!』』
『完璧で究極の?』
『『ゲッター!』』
『ありがとう! アイシテル!』
何度も繰り返されノリノリで楽しんできたそれに、今回アリスさんは参加しなかった。
「みんな、ポリンちゃんじゃなくて得点したぶりっこの名前ばっか呼んでる……」
「いやまあ、あのエオンさんが泥臭いダイビングヘッドをしてくれた事も個人的には嬉しいんですが」
俺は苦笑しつつ言った。冗談抜きで『髪型が乱れるから』と言ってヘディングを嫌がるし、逆に単純に繋げば良い所でノールックアウトサイドパスをして相手にパスしてしまったりもするエオンさんが、あんなプレイをしてくれたのだ。本当に嬉しい。
「ポリンさんが凄く真面目に練習をしてアレを蹴れるようになって、今の得点に大きな貢献をした事はチームの皆が知っています。そもそも努力を知っているからこういうセットプレイを計画したんだし。だから選手たちもポリンさんも祝福していたんですよ。優しい子たちです」
レイさんの忍者ゴールの時は俺とレイさんだけの成果、みたいに言ってたアリスさんがこんな事を言うようになったんだ。観戦初心者の成長はやいな! と思いながらそう説明を締めた。
「そうか……。ショーキチ先生は良い指導をして良いチームを作っているんですね」
アリスさんは胸に手を当てポツリと呟く。今日一、真剣な顔だ。なんか照れるな。
「そういう背景を知らない観客が、分かり易く得点者を褒めるのは仕方ない事ですよ。その分、俺たちがポリンさんを褒めましょうよ? クラスのみんなも」
照れくさくなった俺は矛先を逸らすように、生徒さんたちへ視線を送った。その意図を察したアリスさんは力強く頷くと観客席を回ってポリンさんへの声援を促す。
『ポリン、格好良かったよー!』
『次は入るよ!』
試合はもう再開され彼女が聞いている暇は無いが、クラスメイトたちはポリンさんへ向けて口々に何かを叫んだ。微笑ましい光景だ。
「俺もロッカーで後で褒めるけど……」
だけどやはり、ポリンさんがその称賛をじっくりと聞く時間が無いのは寂しいな。じゃあ作るしかないか。
「アリスさん、すみませんがこれを」
俺はボードに指示を書き、先生に翻訳を頼んだ。
「はいはい! でもこんなに圧勝しているのにまだ何かするんですか? 貪欲ですね~」
「ええ、俺はかなり欲深い人間ですので」
ニヤリと笑ってボードを渡し、ピッチへ視線を戻しながら彼女がメモにエルフ語で書き写すのを待つ。
「ん? これって……ショーキチ先生!?」
「はい?」
俺は指示の結果で起こる事象を脳内でシミュレーションしていて、やや上の空だった。それで彼女の行動を止められなかった。
「これって……ポリンちゃんと私たちの為ですよね? 優しい! 好き!」
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