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第二十八章

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 アリスさんといろいろ話している間も、試合は進んでいた。それも望まない方向で。実は会話の間にハーピィチームがもう1点返していたのだ。
『ただいまの得点はハーピィ代表背番号10 ドミニク選手』
 再びノゾノゾさんの不機嫌なアナウンスが流れ俺は軽く吹き出した。あのジャイアントお姉さん、かなり怒り心頭だな。
「ちょっとショーキチ先生! 笑っている場合ですか!?」
 その姿を見てアリスさんが俺の肩を叩く。まあそれが普通の感覚かもなあ。
「いや、結構うつくしいゴールだったのにノゾノゾさんあんな感じだったから」 
 そう言い訳しつつもまだ笑みが顔に残る。いま言った通りドミニク選手の得点は見事なゴールで、何本ものパスを回し左右にDFを動かし、最後にドミニク選手がセンタリングを軽く足でコースを変え――女子W杯決勝で澤選手が決めたヒールフリックを思い出させるものだ。あちらはCKだったけれど――たものだった。
「それでも……相手のゴールですよ!?」
 アリスさんはぷんすか! という表現がそのまま当てはまるような表情で俺を攻める。
「相手のゴールでも美しいものは美しいですから。ちなみにゴラッソと言うと通っぽいですよ」
 俺はまあまあ、と両手で宥めながら言う。実はこの辺の感覚、人によって違う。勝敗のある競技である以上、どちらかの選手あるいはチームに肩入れして観るのがハラハラするし盛り上がる。一方でサッカーというスポーツそのものへの興味が強い場合、誰であれどちらであれ楽しいサッカー――またこの楽しいの概念も人それぞれでやれあのチームはアンチサッカーだとウルサくなったりもするのだが――をしているなら愛でたい、という人種もいるのだ。
 この二種類はどちらが正しいとか上とかではないと思う。それぞれがそれぞれのやり方で楽しめば良いだけだ。参考までに言うとこの世界ではエルフやドワーフが前者、ゴブリンやオークが後者だ。
 意外かな? まあエルフやドワーフは家族愛や氏族愛が強く、ゴブリンやオークは闘争そのものを愛しているから……みたいな背景があるからかもしれない。
 ついでに言うと俺はもちろん、断然後者だ。
「ふーん……。あのハーピィさん達が可愛いから、鞍替えしちゃうつもりとかじゃないんですか? あっちの監督になるとか!?」
 アリスさんは疑わしそうな目でこちらを見つつ言った。
「いやいや、それは無いですよ。俺はアローズでのプロジェクトを始めたばかりですし、オファーも無いし」
 エルフの皆さんって意外とハーピィに当たりが強いよな? と思いながら俺は答える。ナリンさんには告げた通り、俺は数年かけて優勝できるチームを作るつもりでいる。一年目シーズンの四分の一程度が終わった所でそれを投げ出すつもりはさらさらない。
「それじゃあ何か策をぶちかましてチームを救いましょうよ! なんかほら、あるでしょ? 『天下三分の計』とか『三十六計』とか!」
 アリスさんは試合のパンフレットを扇状に広げて前に振りつつ言った。いや天下三分の計は領土の話だし、三十六計は逃げちゃうでしょ? このエルフ、日本の古文だけじゃなくて中国の故事も中途半端に知っているのか。クラマさん、いろいろ教えたんだな。
「うーん……。まだ3点もアドバンテージがあるのに有給中の指揮官がジタバタしちゃうのもどうかな? と。それに俺はコーチ陣とシャマーさんを信じていますし。彼ら彼女らがやってくれますよ」
 俺はそう言って軽く下をのぞき込んだ。下とはつまりアローズのベンチ付近の事であり、そこではナリンさんとジノリコーチとアカサオが作戦ボードを前に話し合い、ザック監督代行とニャイアーコーチとシャマーさんがDFラインへ声をかけていた。うん、大丈夫そうだ。
「確かに私たちエルフは人間から見たら悠久の時を過ごす種族ですけど、戦いの時は今なんですよ?」
 うんうんと頷く俺に比べ、アリスさんはまだ不安げだった。不安のあまりか訳の分からない事を言ってくる。
「え? 学院の先生って有給あるんですか? 進んでいるなあ」
「え? エルフの寿命は普通、みんな悠久ですけど?」
 お互いに顔を見合わせあって、しばらく悩んだ。有給の寿命? まあ使用期限はたいていあるけど、エルフみんな有給を至急されるのか? めっちゃ長く休めそうだな……あ!
「すみません、もしかしてアリスさんの言う『ゆうきゅう』て、凄く長い時間の悠久ですか?」
「はい。美しい日本語ですよね、悠久」
 アリスさんは手持ちのメモにささっと漢字で書いた。おうおう、たぶんこんな字だった。俺は就職後はパソコンで仕事してばかりだったので、辞書を見なければ書けないが。
「俺が言っているのは有給休暇の省略で『有給』です。美しさで言えばひけをとらない言葉です」
 俺は筆記用具を借りて隣に書き付ける。
「有給? 知らない言葉だ」
 アリスさんはその文字を見ながらブラック企業に入ってしまった友人の様な事を呟く。やめろ、悲しい記憶が蘇るじゃないか。
「さっきも言った有給休暇の省略でして。お休みだけど給料が貰える制度です」
「え? 凄い、羨ましい! そんなのあるなら私も監督になろうかな!」 
 アリスさんは目を丸くして驚く。確かに先生と監督、似た所はあるから可能性もゼロではないな。エルフさんは寿命も長いし教師に飽きたら目指しても良いかもしれない。
「すみません、嘘です実は無いんです。いや、地球の会社にはあるんですけどね。サッカードウで警告が溜まったり退場処分を受けたりした選手や監督は、次の試合に出場できないっていう決まりがあるんですよ。で強制的に休み状態になるんですが、その事を揶揄して『有給』という風習がありまして」
 アリスさんの将来に思いを馳せつつ、俺は説明を続けた。正確に言えば選手の契約には出場給などの設定があり、試合に出場しなければもちろんそれは貰えない。つまり有給とはほど遠い状状況だ。だがまあスラングなんてそんなものだ。
「なんだ、がっかり~」
「まあまあ。あ、試合が動きそうですよ?」
 俺はつまらなそうに口を尖らせるアリスさんを促してピッチの方を向いた。こちらは嘘ではない。試合は、また新たな局面を迎えつつあった。
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