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第二十八章
高い低い
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「交代選手の役割はアリスさんもメモしてくれていた通りです。その一つ目、『悪い流れを変える』でなかったのは一目瞭然ですよね? むしろ悪くなったんだし」
俺はその項目をボードに書いてすぐに斜線で消した。その勢いにアリスさんも思わず吹き出す。
「二つ目の『下がった運動量を取り戻す』ですが、これはちょっと傍目には難しいです。ただ普通に考えればまだ前半しか終わってないし、リーシャさんもレイさんも若いです。特にレイさんなんか学校でもずっと元気でしょ?」
何度が見学した学校での様子を思い出しながら俺は問う。初めて会った頃のような『薄幸の美少女』はどこへやら……。今の彼女は陽キャ関西弁少女である。
「そうですね! 元気おっぱい!」
アリスさんも何かを思い出したかのように笑いながら答えた。
「ええ、元気お……いっぱいですよね?」
「ちっ……!」
一転、悔しそうな顔のアリスさん。おい、何を罠にハメようとしてんだ? 女の子に下ネタを言わせようとするオッサンか?
「そしてご存じではないでしょうが、ぶらっことポンキュボン、エオンさんとツンカさんは運動量ではリーシャさんレイさんに劣ります。つまり運動量の補填でもありません」
「ぶりっことボンキュボンですよショーキチ先生!」
いやどっちでもええわ! 俺はアリスさんの指摘にただ頷いて続ける。
「となると残りは『相手の反撃の芽を摘む』です。これには方向性が大きく分けて二つあります。一つはより攻撃の圧を高めて押し切ってしまう。もう一つは相手の攻撃の要となる選手を押さえる」
俺はボードに芽を摘むと書いて、そこから二本の枝を伸ばしながら説明した。
「簡単に言えば攻め勝つか守り抜くか。今回はどちらだと思いますか?」
「えっ、ここでいきなり問題ですか!? うーん、どっちかなー?」
俺の不意打ちに驚いたアリスさんだが、すぐに楽しそうに考え込み始めた。
「どっちの子も可愛いくてスタイル良くてで陽キャだから、普通に考えれば攻め勝つ方。でも大親友の彼女の連れとして紹介されたら美味しいパスタを作って家庭的になりそうだし守備かも……」
どういう理屈よそれ!? と思ったもののアリスさんの言う事も分からないではない。見た目に反しエオンさんは――アローズの熱烈サポーターにして大物芸能人の息子ジャックスさん情報によると――仕事や親戚回りの付き合いをしっかりする子らしいし、ツンカさんも実家が食堂だ。どちらも家庭の事をしっかりして料理も作りそう。
「待てよー? レイちゃん『ショーキチにいさん策士やし、色んな仕掛けを張り巡らすタイプやねん』って言ってたなあ。……ということはこの設問そのものが罠だ!」
いやレイさん何て紹介してるの!? あとアリスさんもレイさんの物真似が上手だな。
「分かりましたっ! 答えはどちらか一つじゃない、両方でしょ!?」
アリスさんはそう叫ぶとビシッ! と両手の人差し指を俺に向けた。問題の中身ではなく出題者の性質を考慮して回答するなんて正しくないぞ! 正しくないんだけど……
「くっ、正解です……」
俺は悔しさを滲ませた口調で言った。
「やりーっ!」
アリスさんは嬉しそうに飛び跳ねる。さっき、彼女に罠にハメられかえた仕返しのつもりだったが、こちらも思い通りにはいかなかったな。
「正確に言えばエオンさんは追加点を入れてトドメを指す狙いで、ツンカさんは相手の反撃の起点を抑えるのが目的です」
俺はボードに書いた枝の横へそれぞれの名前を足した。
「が、それは上手くいかなかった。いま、私を罠にかけようとして失敗したみたいに。ですね?」
アリスさんは今日、何度目かのドヤ顔で問う。めっちゃ煽ってくるやんけこのエルフ。
「そうです。エオンさんは良い状態でパスを受ければ面白い攻めを見せる選手ですが、そこまでパスが行ってない。ツンカさんはハーピィチームが反撃する為に入れたあのカペラ選手をマークする役割ですが、あのルーキーはむしろ囮だった」
煽られはしたが、俺は平常心を保って続ける。コールセンターの業務も監督も煽り耐性が低いとやっていられない。
「囮!? じゃあショーキチ先生はハーピィチームの監督に『も』、一本取られた感じですか?」
大人げないエルフは『も』に力を込めて聞いてきた。だが実際にそうだから仕方ない。
「そうですね。カペラ選手を囮にし、ドミニク選手を下げて低い位置から起点にするとは予想外でした」
俺はハーピィチームの得点を思い出しながら言った。実際の所、ドミニク選手の配置変更がトナー監督の指示か大エースのアドリブかは分からない。しかし大きくまとめて、ハーピィチームに俺がしてやられたのは間違いない。
「むむむ! ショーキチ先生、『低い』位置とは?」
と、アリスさんが話の腰を折るような質問を差し込んできた。いや、彼女は初観戦なのだからこのレベルの言葉から疑問に思うのも当然だ。
「低い位置とは自分のチームのゴールに近い方の位置、という意味です。逆に相手ゴールに近い方は『高い』位置になります。フィールドを縦にして、登山や木登りみたいな感覚で見れば分かり易いかもですね」
俺はボードの文字を全て消し、ささっと長方形のフィールドを書いて説明の補足をする。いま俺たちがいるメインスタンドやバックスタンドからだとフィールドを横から、長方形の長い辺から見る形になっている。試合中継やサッカーゲームのデフォルト視点でもたいていは同じく横からだ。
しかし実際にプレーする選手はもちろん、長方形の短い辺を上下にした縦のフィールドの中で走り回っている。自ずとサッカー用語はそちら視点で意味が通じるモノになってしまうのだ。
この辺り、視る専の人間――かつての俺もそうだ――とは大きく感覚が違ってくる所なんだよな……。
俺はその項目をボードに書いてすぐに斜線で消した。その勢いにアリスさんも思わず吹き出す。
「二つ目の『下がった運動量を取り戻す』ですが、これはちょっと傍目には難しいです。ただ普通に考えればまだ前半しか終わってないし、リーシャさんもレイさんも若いです。特にレイさんなんか学校でもずっと元気でしょ?」
何度が見学した学校での様子を思い出しながら俺は問う。初めて会った頃のような『薄幸の美少女』はどこへやら……。今の彼女は陽キャ関西弁少女である。
「そうですね! 元気おっぱい!」
アリスさんも何かを思い出したかのように笑いながら答えた。
「ええ、元気お……いっぱいですよね?」
「ちっ……!」
一転、悔しそうな顔のアリスさん。おい、何を罠にハメようとしてんだ? 女の子に下ネタを言わせようとするオッサンか?
「そしてご存じではないでしょうが、ぶらっことポンキュボン、エオンさんとツンカさんは運動量ではリーシャさんレイさんに劣ります。つまり運動量の補填でもありません」
「ぶりっことボンキュボンですよショーキチ先生!」
いやどっちでもええわ! 俺はアリスさんの指摘にただ頷いて続ける。
「となると残りは『相手の反撃の芽を摘む』です。これには方向性が大きく分けて二つあります。一つはより攻撃の圧を高めて押し切ってしまう。もう一つは相手の攻撃の要となる選手を押さえる」
俺はボードに芽を摘むと書いて、そこから二本の枝を伸ばしながら説明した。
「簡単に言えば攻め勝つか守り抜くか。今回はどちらだと思いますか?」
「えっ、ここでいきなり問題ですか!? うーん、どっちかなー?」
俺の不意打ちに驚いたアリスさんだが、すぐに楽しそうに考え込み始めた。
「どっちの子も可愛いくてスタイル良くてで陽キャだから、普通に考えれば攻め勝つ方。でも大親友の彼女の連れとして紹介されたら美味しいパスタを作って家庭的になりそうだし守備かも……」
どういう理屈よそれ!? と思ったもののアリスさんの言う事も分からないではない。見た目に反しエオンさんは――アローズの熱烈サポーターにして大物芸能人の息子ジャックスさん情報によると――仕事や親戚回りの付き合いをしっかりする子らしいし、ツンカさんも実家が食堂だ。どちらも家庭の事をしっかりして料理も作りそう。
「待てよー? レイちゃん『ショーキチにいさん策士やし、色んな仕掛けを張り巡らすタイプやねん』って言ってたなあ。……ということはこの設問そのものが罠だ!」
いやレイさん何て紹介してるの!? あとアリスさんもレイさんの物真似が上手だな。
「分かりましたっ! 答えはどちらか一つじゃない、両方でしょ!?」
アリスさんはそう叫ぶとビシッ! と両手の人差し指を俺に向けた。問題の中身ではなく出題者の性質を考慮して回答するなんて正しくないぞ! 正しくないんだけど……
「くっ、正解です……」
俺は悔しさを滲ませた口調で言った。
「やりーっ!」
アリスさんは嬉しそうに飛び跳ねる。さっき、彼女に罠にハメられかえた仕返しのつもりだったが、こちらも思い通りにはいかなかったな。
「正確に言えばエオンさんは追加点を入れてトドメを指す狙いで、ツンカさんは相手の反撃の起点を抑えるのが目的です」
俺はボードに書いた枝の横へそれぞれの名前を足した。
「が、それは上手くいかなかった。いま、私を罠にかけようとして失敗したみたいに。ですね?」
アリスさんは今日、何度目かのドヤ顔で問う。めっちゃ煽ってくるやんけこのエルフ。
「そうです。エオンさんは良い状態でパスを受ければ面白い攻めを見せる選手ですが、そこまでパスが行ってない。ツンカさんはハーピィチームが反撃する為に入れたあのカペラ選手をマークする役割ですが、あのルーキーはむしろ囮だった」
煽られはしたが、俺は平常心を保って続ける。コールセンターの業務も監督も煽り耐性が低いとやっていられない。
「囮!? じゃあショーキチ先生はハーピィチームの監督に『も』、一本取られた感じですか?」
大人げないエルフは『も』に力を込めて聞いてきた。だが実際にそうだから仕方ない。
「そうですね。カペラ選手を囮にし、ドミニク選手を下げて低い位置から起点にするとは予想外でした」
俺はハーピィチームの得点を思い出しながら言った。実際の所、ドミニク選手の配置変更がトナー監督の指示か大エースのアドリブかは分からない。しかし大きくまとめて、ハーピィチームに俺がしてやられたのは間違いない。
「むむむ! ショーキチ先生、『低い』位置とは?」
と、アリスさんが話の腰を折るような質問を差し込んできた。いや、彼女は初観戦なのだからこのレベルの言葉から疑問に思うのも当然だ。
「低い位置とは自分のチームのゴールに近い方の位置、という意味です。逆に相手ゴールに近い方は『高い』位置になります。フィールドを縦にして、登山や木登りみたいな感覚で見れば分かり易いかもですね」
俺はボードの文字を全て消し、ささっと長方形のフィールドを書いて説明の補足をする。いま俺たちがいるメインスタンドやバックスタンドからだとフィールドを横から、長方形の長い辺から見る形になっている。試合中継やサッカーゲームのデフォルト視点でもたいていは同じく横からだ。
しかし実際にプレーする選手はもちろん、長方形の短い辺を上下にした縦のフィールドの中で走り回っている。自ずとサッカー用語はそちら視点で意味が通じるモノになってしまうのだ。
この辺り、視る専の人間――かつての俺もそうだ――とは大きく感覚が違ってくる所なんだよな……。
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