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第二十七章

抜いたり削ったり

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 ハーピィチームの中で、バード天国の調子外れな歌にダメージを負ってなかった数少ない選手がGKのペティ選手だった。その彼女が致命的なミスを犯してガタガタになり、鳥乙女のチームは止まり木を失った小鳥のように乱れた。
 そしてその隙を、逃すようなチームを作ったつもりはなかった。
『前半で決めるぞ!』
 今日も監督代行をしてくるザックコーチ――いま思えば監督経験者の彼をスカウトしておいて本当に良かった。ここまで代行をお願いする機会があるとは思ってもいなかったけれど――がテクニカルエリアで何か叫び発破をかける。それに応え、チームもプレスのギアを上げた。
 これまでのところ、ゾーンプレスを受けた相手チームの対応と結果は大きく三つに分けられる。一つ、闇雲にボールを前に蹴飛ばし、しばしばオフサイドトラップにかかるか、誰もいないエルフ陣奥深くでGKにキャッチされボールを失う。二つ、後ろへ後ろへボールを逃がし、最後はGKが蹴飛ばしてボールを失う。三つ、前ふたつの課程のどこかで突破を試し、失敗してボールを失う。
 この中の二つ目は、実はかなりマシな方だ。確かにボールを失う事には違いがない。しかし最後尾まで下げ大きく蹴り出せば、それなりの『時間』を手に入れる事ができる。それはゾーンプレスに慣れていないこの異世界のサッカードウチームにとって喉から手が出るほどに欲しいものだ。 
 だがそのGKが不安定なプレイを見せていたら? 他の選手が彼女へバックパスを送るにも躊躇いが産まれる。その躊躇いは、せっかく手に入れかけた『時間』を失う事に繋がる。
 考え、立て直す時間を失ったチームは、ゾーンプレスの格好の餌だった。

「おおう! これが『自由を奪った状態で殴るなんて……!』ってやつですか!?」
 アリスさんが興奮した状態で訊ね、俺は苦笑しながら首を横に振った。なにせ虐待されてるのは架空の乳牛ではない。牛の号令でエルフが鳥の自由を奪った上でボールを蹴っているだけである。
 ただアリスさんの知識の偏りは酷いが、ピッチ上の攻撃の偏りも同じくらいに極端だった。端的に言えば、ずっとアローズが攻め続けていた。
 シャマーさん操るDFラインが容赦なく縦のプレーエリアを圧縮しハーピィチームを自陣に釘付けする、クエンさんとエルエルがパスやトラップの少しのミスも見逃さずボールを奪う、レイさんポリンさんダリオさんが鳥類顔負けの華麗なパス回しを披露する、リーシャさんが強気にアタックする……。
 追加点はそのドSお嬢さんによってもたらされた。

『違う! 爪のところ!』
 自分へ送られた高いロングパスがガニアさんにヘッドでクリアされ、ドミニクさんが悔しそうに何か叫んだ。この劣勢でハーピィチームが頼れるのはエルフの父親を持つこのエースであるのは読み易い事であり、そんな分かり切った状態であればマンマークに長けた人妻CBの餌食になるのは当然の帰結であった。
『リーシャねえさま!』
 そのクリアを拾ったエルエルが少しドリブルを入れて対面のトレパー選手――アホウでナリンさんが接触した方のルーキーだ――を抜き去り、リーシャさんへスルーパスを送った。この小さなダイナモから憧れの先輩へのパスルートもバレバレなのだが、混乱状態にあるハーピィチームには対応できないようだった。
『低いシュート……!』
 最高のタイミングでDFの裏へ走り込んだリーシャさんは身体を開いてボールとGKを同時に見れる姿勢になり、右足を強く振った。
『って、あれ?』
 その足はボール中心のやや上を叩き、GKの真正面へ飛んでいく。が、ドライブ回転がかかったボールはペティ選手の身体の中心へ当たる直前で縦に落ち、哀れなGKの股の下を通ってゴールへ転がり込んだ。
 前半20分、アローズに追加点で2-0!

「凄い! 凄い! 気の強そうなあの子、股間の下にボール通しましたよ! ……あんな事をして良いんですか?」
 興奮して叫び生徒さんたちとハイタッチをして廻ってきたアリスさんは、帰ってきて急に小声で聞いた。
「それはえっと、どっちの?」
 俺は眼下の光景と彼女の顔を交互に見て問う。ペナルティエリアの角あたりでエルエルがゴールを決めたリーシャさんに抱きつき、押し倒していたからだ。
「むむむ! どっちも気になるけどえーっと、あのキツイ顔の子が……」
「リーシャ選手です」
「そのリーシャ選手が、やった方です!」
 やられている事ではなくやった方か。俺はアリスさんの返答を聞いて少し考え込む。
「舐めプというか大量得点で勝ってるチームが股抜きドリブルなんかしたら報復で削られるって聞いたことがありますけど……基本的には大丈夫です」
「ほうほう。その舐めプというのは? あと削られるって、骨がですか?」
 いや骨は削らんやろ整形じゃあるまいし。あと下手な話し方をすると辞書で言葉を無限にひく状態の再現になるな!
「舐めプというのは真剣にプレイせずに相手を舐めた行為をすることです。削るの方は、相手に痛い思いをさせることです」
 自分が自ら発する中にさえ罠が潜んでいる。俺は慎重に言葉を選んでざっと説明した。舐めプについては俺もレイさんも一家言ある所だし、削るというサッカー独特の用語には
「怪我させるくらいの激しさで当たれ」
程度から
「実際にやってしまえ」
とまで意味に幅があって議論になるほどだ。だがとてもではないがそこまで説明している時間はない。誠実さと正確さと円滑さのバランスって難しい。
「へー、いろんな事を言うんですね。あ、言うと言えば!」
 俺の言葉に感心していたアリスさんは、そこで急に何かを取り出した。
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