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第二十七章

湯気を上げる船

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 戦術面よりも体調面の収穫が多かったスパイ活動を終え日が変わり、試合当日の朝を迎えた。今回、俺はベンチ入りできないとはいえホーム試合の時のルーチンは一緒だ。
 起きてクラブハウスへ着いたらジョギングや筋トレで軽く汗を流し、シャワーを浴びてから朝食を取る。コーチ陣と軽い打ち合わせをし、スタジアムへ向かう準備をする。
 その間――もちろんシャワー中を除く――に所々で選手のメンタルを観察し必要であればコミュニケーションをとって緊張を和らげる。今回は頭部の負傷から復帰し控え選手に入るパリスさんと、前節のPK失敗をまだ引きずっているリストさんと話す時間が長かった。
 どちらも大事な戦力ではあるが、それ以上に浮かない顔をしているエルフ女性を放っておけなかったというのもある。パリスさんにはレイさんの学院生活についての情報を、リストさんにはバード天国のスタジアムステージまで進んだテル君とビッド君という彼女が萌えそうなコンビの情報を話して――よく考えたらどちらも似たような話しだな!――いくらかの笑顔を引き出せた。
 そうこうしている間に昼前。今日の試合は14時開始なので午前中にクラブハウスで軽食を取り、着替えて船でスタジアムへ向かう。選手たちは試合前だし船にも乗るのであまり腹には詰め込まない。あ、あとスーツを着た時のお腹のラインも気になるらしい。
 エルフの皆さんって基本スレンダーなのにな。あとサッカードウ選手というアスリートなのにな。やっぱりそこは女の子なんだな……。

「頼むぞー! 今日こそ勝てーっ!」
「リーシャさまー! 蹴って!」
「せーの、『ポリンちゃーん』!」
 水路の脇に居並ぶ観衆が口々にそんな事を叫ぶ。俺たちの乗った船はスタジアムに直接繋がる水路の最後の部分に差し掛かり、大勢の声援を受けていた。
「連敗中だと言うのにありがたいっすね!」
「だからこそ声援を送りたいってことだ。……まあ声援が送りやすくなったというのもあるが」
 感極まってそう漏らす俺にアローズ公式移動船の船長さんが苦笑しながら答えた。
「はは、確かにそういう面もあるかも」
 俺もつられて笑う。運河沿いの応援の幟やスタジアム入り応援用席は見ない間に更に増設されていた。本来の応援席はシーズンパス早期購入者特典に全て割り振られていたが、自分たちも船上の選手へ声援を送りたい! との声が多く集まったので新たに設けられたのだ。もちろんシーパス購入者が不満に思わないよう、位置はかなり差別化されているが。
「船の利用者も右肩上がりでな」
 今度は混じりけ無い、純粋な笑顔で船長さんが言う。もうけられた、と言えば船もかなり儲けられているのだ。今までもアローズが利用する日以外は遊覧船として営業していたが
「あのアローズの公式移動船で!」
と宣伝に力を入れた結果、申し込みが殺到し今やキャンセル待ちが数年単位――エルフの感覚では余裕で待てるのだろう――状態。今まで通りの遊覧に加え会議に会食、誕生日パーティーに結婚式にと大忙しらしい。
 はい、もちろん俺の入れ知恵です。何せ日本には屋形船という文化があるから……ではない。俺の脳裏にあったのは関西が誇るマザーレイク、琵琶湖の上を走るミシガンという遊覧船の姿だ。
 滋賀県とミシガン州の友好を祈念して名付けられたその船は、外見は古きアメリカ南部の外輪船だが内部は立派に現代の船でありトイレや食事の設備も充実。関西の近隣の学生にとって社会見学や修学旅行で馴染みがあるのだ。懐かしいなあ。
「上に来る選手も増えたものだ」
 異世界の住人どころか関西以外の日本人も置き去りな感傷に浸っていた俺に、船長が続ける。彼に促されて見た先には船縁の椅子に座りサポーターに手を振る選手たちの姿があった。
「そうですね。俺からは何も言ってませんが」
「宣伝としてはありがたいが、大丈夫なのか?」
 船長は複雑な表情でそう言った。確かにスタジアム入りの時は試合へ向けて集中力を高める大事な時間ではある。音楽を聞きながらテンションを上げる、目を瞑ってイメージトレーニングをする、ただ静かに心を休ませる等を行う選手はまあまあいる。特に生来の狩人、デイエルフの皆さんはそういう傾向が高い。
「大丈夫です。移動は自由にしてますんで」
 俺は船長が気に病まないよう、にこやかに言った。試合前のこの時間は個人個エルフの時間なので俺からは特に指導していない。そもそも集中力の高め方は人それぞれエルフそれぞれだし、あまり前から入れ込むと疲れるのでずっと遊んでいて、直前にぱっと切り替えるタイプも多い。お察しの通り、騒乱の中でも一気に集中力を高めて呪文を詠唱できる魔術師、ドーンエルフの皆さんがそっち寄りだ。
「そうか! なら良かった。また到着直前に連絡するよ」
 俺の顔を見て納得した船長は肩を叩いてその場を去った。入れ違いにエオンさんがやってくる。ほう? 普段はファンサービスに熱心な彼女がここまで下の船室にいたか。珍しいな。
「何を話していたのっ? プロデューサーさん?」
「ああ、ファンが増えたなーって。あとプロデューサーじゃなくて監督です」
 いやまあこの運河や船の運用については監督というよりPさんだが。
「ふふん! 今日はもっと増やしてやりますぅ! WillU目当ての子も奪っちゃうんだからっ!」
 俺の返答を聞いたエオンさんは鼻息荒くそう宣言すると、船尾の方へ走って行って遠ざかるファンに最後まで手を振りにいった。
 そう言えば彼女もアイドル兼業だし、今日は特別な仕掛けもあったな。
「アレ以外にエオンさんも出せる展開になりゃ良いんだがなあ」
 俺はそう呟きながら、彼女と同じく船尾の方へ向かった……。
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