458 / 648
第二十六章
朝食には重い話
しおりを挟む
翌朝。いつもの様にクラブハウスのトレーニングルームで筋トレを終え、食堂で朝食を取っている俺の元へムルトさんがやってきた。
「おはようございます、監督」
「おはようございます、会長。えっと、バード天国の書類は今日の夜までには……」
小脇にたくさんの書類を抱えた長身のデイエルフへ、俺はこわごわと朝の挨拶をする。
「その件ではございませんわ。次の試合の事です。私、出ますから」
ムルトさんはそう言いながら書類と逆側に持っていたトレイをテーブルへ置き、椅子に座る。
「えっ?」
「もちろん、監督の選択次第ですけど」
俺の間抜けな声にムルトさんは眼鏡越しの一瞥をくれて言う。
「あ、いえ、それは助かりますが。なんか意外ですね、自分から」
ツンケンさえしていなければもっと人気出るだろうなあ、と思いながら俺はムルトさんの美しい顔を見つめる。彼女はアローズの会計の長で、厳しいチェックと氷のような態度からほとんどの職員から恐れられているのだ。
「まあ。シャマーがああですし……」
ムルトさんは照れたように顔を背けて言った。この生真面目な彼女を恐れない数少ない存在がシャマーさんだ。いや恐れないどころの話ではない。堅物のデイエルフと奔放なドーンエルフは幼なじみであり、若い頃から高い頭脳で鳴らした天才同士であり、口車でアローズへ加入させられた被害者と加害者という関係でもあるのだ。
「確かに。助かります」
俺は頭をさげつつ言った。シャマーさんは足首の負傷、パリスさんは回復途上、リストさんは自信喪失……とアローズのDFラインは現在ややピンチである。空中戦の得意なハーピィ相手の試合に、この高身長かつ慎重なCBが参加してくれるのは非常にありがたい。
「と言いつつシャマーさんの最新の状態を知らないんですが。そんな感じなんですか?」
「あら? お見舞いへ行ってませんの?」
今度は俺から質問すると、彼女は意外そうな顔で見つめ返してきた。
「帰国時までは一緒でしたが、後は忙しくてスタッフに任せてて……」
「冷たいですのね。そういう仲ですのに」
「いや、俺達は……」
と否定しようとして、一括で言うと『冷たい』の部分まで否定してしまう事に気付いて言い淀む。ムルトさんに言われるのは驚きだが、確かに帰国後一度も顔を見せていないのは冷酷だ。
それに彼女には、監督室で俺がシャマーさんと、その、親密な触れ合いをしている所を見られてもいる訳だし。
「寂しさを紛らわせる目的もありますが、無理させない為にも会いに行って伝えて下さい。『ハーピィ戦はムルトが出るから大丈夫だ』と。話はそれだけです」
彼女はそう言うと、殆ど食べてない食物が乗ったままのトレイを手に取り立ち上がった。まさかその為だけに来たのか? クールに見えるムルトさんだけど、シャマーさんの事が絡むと少し違う面が見えるんだな。
「分かりました。返す返すもありがとうございます。あっ! 実はこちらからもお話が……」
俺がそう言うとムルトさんは眉を潜めて座り直した。ダリオさんの時も思ったが、眼鏡美人が困り眉になると妙にエッチだな。グラマラスな姫様とスレンダーな会計さんでそれぞれ良さがあり、甲乙つけがたい。
「何かまた不埒な事を考えていらっしゃいます?」
「はい、ごめんなさい! いえ、違います!」
心を読まれたかと思ったが、ムルトさんが言う『不埒な事』とは主に出費が嵩む様な行いの方だ。そしてそれは概ね合っている。ムルトさんは小胸(しょうむね)な方だけど。
「えっとですね。次のハーピィ戦に、スカラーシップでお世話になっている学院の生徒さんたちを無料招待したいなー、と」
「まあ!」
俺の計画を聞いてムルトさんの眉が咎めるように跳ね上がった。
「いや、そんなに良い席じゃなくても良いんですけど……」
「いえ、良い計画だと思いますわ。どうせならメインの、ベンチ上くらいにしましょう」
ムルトさんはそう言いながら書類の一つにメモを書き始める。
「ええっ!? 良いんですか? そんな良席?」
「先行投資です。未来の良客に見窄らしい席をあてがう訳にもいきません。それに、彼ら彼女らは私の後輩でもありますし」
「なっ!?」
言われて思い出し、俺はぽかんと口を開けた。そう言えばムルトさんはシャマーさんと机を並べて学んだとか言ってたっけ。
「席を仮押さえしつつ学院へアンケートを送って希望者数を確認しましょう」
「あ、すみません、そんな事まで……」
「いえ、別々に動く方が却って手間になりますから。となると……」
それから、ムルトさんは口の中でブツブツ言いながらメモをとる手を高速に動かし始めた。前も見た彼女の高速演算モードだ。
「ありがとうございます。じゃあ邪魔にならないよう……」
「どういたしまして。あ、実はこれも」
俺が頭を再度下げ去ろうとすると、ムルトさんは書類の束の中から一通の手紙を取り出し俺に渡した。
「今朝、届いていた手紙です」
「あ、どうも……」
計算しながら受け答えして物も渡せるなんて凄いな! と思いながら俺は手紙を受け取り、機械的に封を開け眼鏡をかけ文を読む。
「あーっ!?」
「どうしました!?」
書面を読んで思わず声を上げた俺にムルトさんが問う。さしもの彼女の高速モードも強制解除されたようだ。
「忘れてました……」
「何を、ですの?」
俺は中に入っていたドラゴンサッカードウ協会からの手紙をムルトさんの方へ向け呟く。
「俺、カード貰ってました。ハーピィ戦、ベンチ入りできません!」
「おはようございます、監督」
「おはようございます、会長。えっと、バード天国の書類は今日の夜までには……」
小脇にたくさんの書類を抱えた長身のデイエルフへ、俺はこわごわと朝の挨拶をする。
「その件ではございませんわ。次の試合の事です。私、出ますから」
ムルトさんはそう言いながら書類と逆側に持っていたトレイをテーブルへ置き、椅子に座る。
「えっ?」
「もちろん、監督の選択次第ですけど」
俺の間抜けな声にムルトさんは眼鏡越しの一瞥をくれて言う。
「あ、いえ、それは助かりますが。なんか意外ですね、自分から」
ツンケンさえしていなければもっと人気出るだろうなあ、と思いながら俺はムルトさんの美しい顔を見つめる。彼女はアローズの会計の長で、厳しいチェックと氷のような態度からほとんどの職員から恐れられているのだ。
「まあ。シャマーがああですし……」
ムルトさんは照れたように顔を背けて言った。この生真面目な彼女を恐れない数少ない存在がシャマーさんだ。いや恐れないどころの話ではない。堅物のデイエルフと奔放なドーンエルフは幼なじみであり、若い頃から高い頭脳で鳴らした天才同士であり、口車でアローズへ加入させられた被害者と加害者という関係でもあるのだ。
「確かに。助かります」
俺は頭をさげつつ言った。シャマーさんは足首の負傷、パリスさんは回復途上、リストさんは自信喪失……とアローズのDFラインは現在ややピンチである。空中戦の得意なハーピィ相手の試合に、この高身長かつ慎重なCBが参加してくれるのは非常にありがたい。
「と言いつつシャマーさんの最新の状態を知らないんですが。そんな感じなんですか?」
「あら? お見舞いへ行ってませんの?」
今度は俺から質問すると、彼女は意外そうな顔で見つめ返してきた。
「帰国時までは一緒でしたが、後は忙しくてスタッフに任せてて……」
「冷たいですのね。そういう仲ですのに」
「いや、俺達は……」
と否定しようとして、一括で言うと『冷たい』の部分まで否定してしまう事に気付いて言い淀む。ムルトさんに言われるのは驚きだが、確かに帰国後一度も顔を見せていないのは冷酷だ。
それに彼女には、監督室で俺がシャマーさんと、その、親密な触れ合いをしている所を見られてもいる訳だし。
「寂しさを紛らわせる目的もありますが、無理させない為にも会いに行って伝えて下さい。『ハーピィ戦はムルトが出るから大丈夫だ』と。話はそれだけです」
彼女はそう言うと、殆ど食べてない食物が乗ったままのトレイを手に取り立ち上がった。まさかその為だけに来たのか? クールに見えるムルトさんだけど、シャマーさんの事が絡むと少し違う面が見えるんだな。
「分かりました。返す返すもありがとうございます。あっ! 実はこちらからもお話が……」
俺がそう言うとムルトさんは眉を潜めて座り直した。ダリオさんの時も思ったが、眼鏡美人が困り眉になると妙にエッチだな。グラマラスな姫様とスレンダーな会計さんでそれぞれ良さがあり、甲乙つけがたい。
「何かまた不埒な事を考えていらっしゃいます?」
「はい、ごめんなさい! いえ、違います!」
心を読まれたかと思ったが、ムルトさんが言う『不埒な事』とは主に出費が嵩む様な行いの方だ。そしてそれは概ね合っている。ムルトさんは小胸(しょうむね)な方だけど。
「えっとですね。次のハーピィ戦に、スカラーシップでお世話になっている学院の生徒さんたちを無料招待したいなー、と」
「まあ!」
俺の計画を聞いてムルトさんの眉が咎めるように跳ね上がった。
「いや、そんなに良い席じゃなくても良いんですけど……」
「いえ、良い計画だと思いますわ。どうせならメインの、ベンチ上くらいにしましょう」
ムルトさんはそう言いながら書類の一つにメモを書き始める。
「ええっ!? 良いんですか? そんな良席?」
「先行投資です。未来の良客に見窄らしい席をあてがう訳にもいきません。それに、彼ら彼女らは私の後輩でもありますし」
「なっ!?」
言われて思い出し、俺はぽかんと口を開けた。そう言えばムルトさんはシャマーさんと机を並べて学んだとか言ってたっけ。
「席を仮押さえしつつ学院へアンケートを送って希望者数を確認しましょう」
「あ、すみません、そんな事まで……」
「いえ、別々に動く方が却って手間になりますから。となると……」
それから、ムルトさんは口の中でブツブツ言いながらメモをとる手を高速に動かし始めた。前も見た彼女の高速演算モードだ。
「ありがとうございます。じゃあ邪魔にならないよう……」
「どういたしまして。あ、実はこれも」
俺が頭を再度下げ去ろうとすると、ムルトさんは書類の束の中から一通の手紙を取り出し俺に渡した。
「今朝、届いていた手紙です」
「あ、どうも……」
計算しながら受け答えして物も渡せるなんて凄いな! と思いながら俺は手紙を受け取り、機械的に封を開け眼鏡をかけ文を読む。
「あーっ!?」
「どうしました!?」
書面を読んで思わず声を上げた俺にムルトさんが問う。さしもの彼女の高速モードも強制解除されたようだ。
「忘れてました……」
「何を、ですの?」
俺は中に入っていたドラゴンサッカードウ協会からの手紙をムルトさんの方へ向け呟く。
「俺、カード貰ってました。ハーピィ戦、ベンチ入りできません!」
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
裏アカ男子
やまいし
ファンタジー
ここは男女の貞操観念が逆転、そして人類すべてが美形になった世界。
転生した主人公にとってこの世界の女性は誰でも美少女、そして女性は元の世界の男性のように性欲が強いと気付く。
そこで彼は都合の良い(体の)関係を求めて裏アカを使用することにした。
―—これはそんな彼祐樹が好き勝手に生きる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる