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第二十六章

朝食には重い話

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 翌朝。いつもの様にクラブハウスのトレーニングルームで筋トレを終え、食堂で朝食を取っている俺の元へムルトさんがやってきた。
「おはようございます、監督」
「おはようございます、会長。えっと、バード天国の書類は今日の夜までには……」
 小脇にたくさんの書類を抱えた長身のデイエルフへ、俺はこわごわと朝の挨拶をする。
「その件ではございませんわ。次の試合の事です。私、出ますから」
 ムルトさんはそう言いながら書類と逆側に持っていたトレイをテーブルへ置き、椅子に座る。
「えっ?」
「もちろん、監督の選択次第ですけど」
 俺の間抜けな声にムルトさんは眼鏡越しの一瞥をくれて言う。
「あ、いえ、それは助かりますが。なんか意外ですね、自分から」
 ツンケンさえしていなければもっと人気出るだろうなあ、と思いながら俺はムルトさんの美しい顔を見つめる。彼女はアローズの会計の長で、厳しいチェックと氷のような態度からほとんどの職員から恐れられているのだ。
「まあ。シャマーがああですし……」
 ムルトさんは照れたように顔を背けて言った。この生真面目な彼女を恐れない数少ない存在がシャマーさんだ。いや恐れないどころの話ではない。堅物のデイエルフと奔放なドーンエルフは幼なじみであり、若い頃から高い頭脳で鳴らした天才同士であり、口車でアローズへ加入させられた被害者と加害者という関係でもあるのだ。
「確かに。助かります」
 俺は頭をさげつつ言った。シャマーさんは足首の負傷、パリスさんは回復途上、リストさんは自信喪失……とアローズのDFラインは現在ややピンチである。空中戦の得意なハーピィ相手の試合に、この高身長かつ慎重なCBが参加してくれるのは非常にありがたい。
「と言いつつシャマーさんの最新の状態を知らないんですが。そんな感じなんですか?」
「あら? お見舞いへ行ってませんの?」
 今度は俺から質問すると、彼女は意外そうな顔で見つめ返してきた。
「帰国時までは一緒でしたが、後は忙しくてスタッフに任せてて……」
「冷たいですのね。そういう仲ですのに」
「いや、俺達は……」
 と否定しようとして、一括で言うと『冷たい』の部分まで否定してしまう事に気付いて言い淀む。ムルトさんに言われるのは驚きだが、確かに帰国後一度も顔を見せていないのは冷酷だ。
 それに彼女には、監督室で俺がシャマーさんと、その、親密な触れ合いをしている所を見られてもいる訳だし。
「寂しさを紛らわせる目的もありますが、無理させない為にも会いに行って伝えて下さい。『ハーピィ戦はムルトが出るから大丈夫だ』と。話はそれだけです」
 彼女はそう言うと、殆ど食べてない食物が乗ったままのトレイを手に取り立ち上がった。まさかその為だけに来たのか? クールに見えるムルトさんだけど、シャマーさんの事が絡むと少し違う面が見えるんだな。
「分かりました。返す返すもありがとうございます。あっ! 実はこちらからもお話が……」
 俺がそう言うとムルトさんは眉を潜めて座り直した。ダリオさんの時も思ったが、眼鏡美人が困り眉になると妙にエッチだな。グラマラスな姫様とスレンダーな会計さんでそれぞれ良さがあり、甲乙つけがたい。
「何かまた不埒な事を考えていらっしゃいます?」
「はい、ごめんなさい! いえ、違います!」
 心を読まれたかと思ったが、ムルトさんが言う『不埒な事』とは主に出費が嵩む様な行いの方だ。そしてそれは概ね合っている。ムルトさんは小胸(しょうむね)な方だけど。
「えっとですね。次のハーピィ戦に、スカラーシップでお世話になっている学院の生徒さんたちを無料招待したいなー、と」
「まあ!」
 俺の計画を聞いてムルトさんの眉が咎めるように跳ね上がった。
「いや、そんなに良い席じゃなくても良いんですけど……」
「いえ、良い計画だと思いますわ。どうせならメインの、ベンチ上くらいにしましょう」
 ムルトさんはそう言いながら書類の一つにメモを書き始める。
「ええっ!? 良いんですか? そんな良席?」
「先行投資です。未来の良客に見窄らしい席をあてがう訳にもいきません。それに、彼ら彼女らは私の後輩でもありますし」
「なっ!?」
 言われて思い出し、俺はぽかんと口を開けた。そう言えばムルトさんはシャマーさんと机を並べて学んだとか言ってたっけ。
「席を仮押さえしつつ学院へアンケートを送って希望者数を確認しましょう」
「あ、すみません、そんな事まで……」
「いえ、別々に動く方が却って手間になりますから。となると……」
 それから、ムルトさんは口の中でブツブツ言いながらメモをとる手を高速に動かし始めた。前も見た彼女の高速演算モードだ。
「ありがとうございます。じゃあ邪魔にならないよう……」
「どういたしまして。あ、実はこれも」
 俺が頭を再度下げ去ろうとすると、ムルトさんは書類の束の中から一通の手紙を取り出し俺に渡した。
「今朝、届いていた手紙です」
「あ、どうも……」
 計算しながら受け答えして物も渡せるなんて凄いな! と思いながら俺は手紙を受け取り、機械的に封を開け眼鏡をかけ文を読む。
「あーっ!?」
「どうしました!?」
 書面を読んで思わず声を上げた俺にムルトさんが問う。さしもの彼女の高速モードも強制解除されたようだ。
「忘れてました……」
「何を、ですの?」
 俺は中に入っていたドラゴンサッカードウ協会からの手紙をムルトさんの方へ向け呟く。
「俺、カード貰ってました。ハーピィ戦、ベンチ入りできません!」
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