上 下
438 / 624
第二十五章

早いタイカン

しおりを挟む
 シャマーさんが負傷しながら獲得したCKを、アローズは残念ながら生かす事が出来なかった。彼女は特別、空中戦が強い選手という訳ではないがセットプレーではスクリーン役を非常に上手くこなすタイプであったし何よりキャプテンだ。
 精神的主柱がすぐそこで倒れているという光景が選手達に動揺を与えた事は間違いなかった。そこは、チームに平静をもたらす事ができなかった我が身の非才を嘆くしかない。
「ピー!」
 CKをゴルルグ族が難なく跳ね返し、ボールがまだ空中にある間にドラゴンの審判さんが器用に笛を吹き、そのまま空中の球体を爪で掴んだ。前半終了だ。俺は笛の音がまだ空に漂っている間に芝生の上に駆け出し、ピッチの角を大きくショートカットしてシャマーさんの元へ向かう。
「どうですか!?」
『シャマーの負傷はどう!? 後半に間に合う?』
 何も言わずともナリンさんは共に走り俺の言葉を通訳してくれた。いつか礼を言わねば、と心に記しつつ様子を伺う。
「うわ……」
 スパイクを脱がされたシャマーさんの足首は大きく腫れ、いつもの倍くらいに膨れ上がっている。そしてまだピッチに横たわったままの顔は苦悶に歪んでおり、その目は俺の顔を認識しても軽口一つ叩かなかった。
「骨はいってなさそうですが、治療魔法をかけても後半は無理そうとのことであります……」
「そうですか。とりあえず万全の治療を! 早く運びましょう!」
 俺はそう言って医療班が持ち込んでいた担架の端を掴み、シャマーさんの身体のすぐ横へ並べる。そしてごめん、と囁きつつ彼女の肩に手を差し込み動かそう……としてその手を掴まれた。
『なに……やってんのショーちゃん。みんなが……指示を……待ってるでしょ? 早く更衣……室へ行って……』
「え?」
 ドーンエルフは痛みに食いしばる歯の隙間から途切れ途切れに何かを言い、更に数言付け足した。デイエルフのコーチはその言葉を通訳するのに躊躇っていたが、キャプテンに促され辛そうな声で語り出す。
「自分は良いから早くチームに指示を出してこいと」
「いや、それはそうだけど……」
「今回のケースなら着替え中に入る良い口実になる、とも」
 ナリンさんが目に涙を浮かべ、しかし口元は微妙に笑いながらそう告げた。
「なっ! 馬鹿! ……分かったよ」
 美貌のコーチの複雑な表情と気持ちが一発で分かった。と同時にキャプテンの想いもだ。
「行ってくる。まあ更衣室は後だけど」
 俺はそう言いながらシャマーさんの視線を追い、その意図を読んで彼女の腕からキャプテンマークを外した。
「これを彼女へ渡してからになるしね。じゃあしっかり治療して」

 ナリンさんに幾つかの指示を出して、俺は彼女と分かれて別のルートを走る。彼女はロッカールームへ、俺は控え選手のウォーミングアップルームだ。
「見てた。行けるよ。どっち?」
 中へ入ってきた俺の顔を一瞥してリーシャさんがそう言う。そっか、別のモニターがある部屋で状況は把握済みか。
「TOPに入って貰うよ。ビア選手がついてくると思う。なるべくスペースでボールを受けて」
 彼女とアイラさんをそれぞれ利き足のワイドに置き、センタリングを徹底して入れまくる方法もなくはない。しかしセンターにいるのがタッキさんだけでは心許ないし、ミノタウロスとは違う意味で視野が広い――あちらは目の位置が良く、ゴルルグ族は単純に頭と目の数が多い――蛇人にはサイドからのクロスはあまり有効ではなだろう。
 であるならばリーシャさんにはゴールに近い場所で動き回り、或いはパスのターゲットになって貰う方が良さそうだった。
「45分、我慢できなくて危なかったらいつでも言ってくださいねリーシャ姉様! エルエルも出ます!」
 出る、ってどっちの意味だろう? とちょっと不安になりつつも、力強く宣言するエルエルを俺は頼もしく思った。
「ありがとう、でも必要ない。90分でも走りきって、点を奪ってくる」
 もっと頼もしい声でエルエルの先輩が言った。いやリーシャさんどう考えても90分は無いから! それだとアディショナルタイム45分くらいになるぞ!?
「そっか。じゃあもし交代するならこれを誰に渡すか? は決めなくて良いね」
 だが俺は別の事を口にして、彼女にあるモノを渡した。
「そ、それは!」
 リーシャさん自身よりユイノさんが先に驚きの声を上げる。
「そう、キャプテンマーク。試合が終わるまで着けてて、終わったらシャマーさんへ返して」
 まさかこんな早くにリーシャさんへ託す事になるとは思っていなかったが、という気持ちは隠して俺は言った。
「こんな事態でもなければ渡さなかった、て顔してる」
「げ!」
 隠せてなかった。
「そんな事ないよ!」
「そうです! リーシャ姉様、お似合いです!」
 と、俺が何か墓穴を掘る前にユイノさんとエルエルが否定する。良いフォローだ、と思い両者の顔を見るが真剣だ。本心か!
「ふん、冗談よ。ロッカーアウトの号令は無しの方が良い?」
 どっちでも良いけど? という表情でリーシャさんは軽く笑いながら俺に質問してきた。
「うん、それは他の選手にでもやって貰う。リーシャさんは先に出てここの芝生を確認して」
 彼女たちはずっとこの隔離エリアでしかアップをしていない。慣れぬ声かけをするよりも、このスタジアムの空気に慣れる事を優先した方が良いだろう。
「分かった。じゃあ……」
 彼女は左腕――キャプテンマークを巻いた方の腕だ――を持ち上げ、握った左拳の甲を見せた。俺、ユイノさん、エルエルもそれに倣い互いの甲を軽く打ち合わせる。
「行こう。逆転しようぜ!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

貴方に側室を決める権利はございません

章槻雅希
ファンタジー
婚約者がいきなり『側室を迎える』と言い出しました。まだ、結婚もしていないのに。そしてよくよく聞いてみると、婚約者は根本的な勘違いをしているようです。あなたに側室を決める権利はありませんし、迎える権利もございません。 思い付きによるショートショート。 国の背景やらの設定はふんわり。なんちゃって近世ヨーロッパ風な異世界。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様に重複投稿。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

処理中です...