上 下
435 / 624
第二十四章

水でも被って反芻なさい

しおりを挟む
 シャマーさんをTOP下、司令塔の位置へ置くことになったのはタッキさんの意見――昨シーズンから控えチームで一緒にプレイする事が多くやり易かった――を聞いたからであった。
 そもそもシャマーさんは地頭が良くサッカードウIQも高いのでどんなポジションでもこなせる。ただ他者を罠にしかけるのを好むという性質上、守備的な位置の方が向いているというだけだ。そのアイデアと万能性は攻撃の面でも生かせる筈だ。
 で、タッキさんと相性が良く、色んなプレイが出来るシャマーさんをFWの近くへ置けば面白い効果が上がるのではないか? そう期待してピッチへ送り出したのだが……。
「はっきり言って、ロイド選手にリストをぶつける、という選択以上のミスかもしれないであります」
 コーチの分担で言えばジノリコーチが守備寄りでナリンさんが攻撃寄り。と言うわけで代表して美貌のエルフが口を開いた。
「そうなんですか!? いつもはDFラインからでも上手くドリブルで持ち上がって面白いパスを出している印象なんですが」
「確かにそうであります。しかし前にいると、そもそもボールを持てない様でありまして」
 ナリンさんがそう言う矢先で、ちょうどシャマーさんへパスが入った。今日はタッキさんの1TOPなので相手DFは余り気味だ。TOP下のシャマーさんまで躊躇う事なくDFがつく。
 そのDFはボールを受けたシャマーさんの背中に強く当たり、背後からの激しいプレッシャーで彼女を押し潰すとあっさりとボールを奪った。
「倒されたじゃんファウル! ……じゃないよな。さすがに簡単に倒れ過ぎだ」
 俺は副審さんへアピールをしかけて、すっと言葉を収めた。同意するようにナリンさんとジノリコーチが口を開く。
「ええ。せめてもう少し踏ん張らないと、逆にシミュレーションを取られかねないであります」
『あそこで容易に奪われると、攻め上がりかけたルーナと守備に残ったアガサ、ガニアの負担が激しいぞい!』
 それもそうだ。普段なら名演技で相手FWのファウル&イエローさえ誘発するシャマーさんだが、今日は逆に自分が貰いそうだ。ついでジノリコーチの翻訳を聞いて俺は考え込む。
 普段CBをしているシャマーさんがボールを持つシチュエーションと言えば相手から奪うとか、他のDFやシュートをキャッチしたGKからパスを受ける状況だ。そこに『受ける為の工夫』的なモノはあまりない。
 だが攻撃的なポジションの選手は違う。たいていの場合、相手DFがマークについてきるのでそのマークを振り切ってフリーになるか、或いはDFを背負って――これは用語的な意味での背負うであり、実際におんぶ抱っこする訳ではない。DFを自分の背中でブロックするという意味だ――ボールを受ける必要がある。
 今日、慣れぬ攻撃的な位置へ入ったシャマーさんにはその工夫があまり見えない感じだ。特にDFを背負う方。テクニックや身体の強さが足りない訳ではない筈だが、背中から当たられた時のこらえ性が無さ過ぎる。
「おおう、また!」
「ピピーッ!」
 再びDFが背後からチャージし、シャマーさんがボールを抱えながら倒れ笛が鳴った。
「これは!?」
「どっちでありますか!?」
 俺とナリンさんは慌ててスタジアム上部のドラゴンさんを見る。
「エルフボールで再開」
 そのドラゴンさんが魔法で増幅された声で告げる。良かった。幸い今回は相手DFのファウルをとってくれたが、自己判断でファウルと思ってボールを手に取るとハンドリングの反則を取られることもあるのだ。
「ショーキチ、アレはダメだ」
 プレースキックのポイントへ向かう途中でルーナさんが立ち止まり、ライン際にセットされたドリンクのボトルを拾いながら言った。
「え? 何が? あ、ナリンさんはシャマーさんの様子を」
「ラジャーであります!」
 今はルーナさんがこちらサイドにおり、クラマ殿の血を引く彼女は日本語が話せる。俺はナリンさんにシャマーさんの状態確認を依頼し、ハーフエルフの言葉に耳を傾ける。
「シャマーはずっとあんな感じで腑抜けてる。バックチャージの度に、たぶんショーキチのバックハグを反芻して」
「はぁ!? バックハグの反芻!?」
 俺は思わず大声を出し、それを抗議と受け取ったか第4審判さんが抑えて、とジェスチャーする。
「あ、すみません。え? バックハグって、俺はそんなこと……」
「してたよね? 更衣室で」
 俺は第4審判さんに会釈しルーナさんの方へ向き直す。ええとバックハグだが、やってたかやってなかったか? と言えば7対3くらいでやってたかなあ。暴れるシャマーさんを背後から抑える為だけど。
「じゃあ背後から抱え込まれた時にふにゃ、となるのは……」
「ショーキチのせいだよ」
 ルーナさんが飲み終わったボトルを俺に投げながら言う。俺の責任か? 水でも被って反省しなさいという意味か? でもまあ、ハグをすると出るのはオキシトシンの方で、ボクシングやサッカーの様な激しいスポーツに関係するテストステロンとは逆の方向性だ。
 ってまたボクシングの話してる!?
「ショーキチさえ良ければ闘魂注入するけど?」
 ルーナさんはそう言いながら丸太の様に太い足でトントン、と地面を蹴った。その仕草で俺は何となく察する。彼女は別に顔面を殴ったり張り手したりするのではない。もっと恐ろしい事をするのだ。
「くれぐれも70%……いや30%くらいの出力でお願いします……」
「りょーかい」
 悪魔の左足を持つSBは短く答えるとゆっくりとポイントの方へ向かってステップを刻み始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

今世ではあなたと結婚なんてお断りです!

水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。 正確には、夫とその愛人である私の親友に。 夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。 もう二度とあんな目に遭いたくない。 今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。 あなたの人生なんて知ったことではないけれど、 破滅するまで見守ってさしあげますわ!

魔王城のグルメハンター

しゃむしぇる
ファンタジー
 20XX年 正体不明のウイルスによって世界は恐慌状態に陥った。政府の打ち出した感染対策である大規模なロックダウンや人流制限により、職を失い世にあぶれる人々が溢れた。  主人公の瑞野 カオルもその一人だ。今まで働いていた飲食店が閉店し、職を探していた彼のもとに、強盗に遭いそうになっている老人と鉢合わせる。  その老人を助けたカオルは徐々に数奇な運命に巻き込まれていく。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

文太と真堂丸

だかずお
歴史・時代
これは、とある時代を生きた、信念を貫いた人間達の物語である。 その時代、国、人々は冷酷無比、恐ろしい怪物達を率いる大帝国と言う軍勢に支配されつつあった。 逆らう者など皆無、人々の心は絶望と言う名の闇に侵食されつつあった。 そんな時代に奇妙な縁の中、出会い、繋がっていく者達 お互いを大切な生命と認識する彼らは、絶望と言う名の巨大な闇に立ち向かう。 そこで待ち受けるのは、想像を絶するほどの恐怖、裏切り、愛する仲間の死、人間と言う心の闇 彼らは魂から抉り出される闇と立ち向かっていく。 これは人間と言う、己の心、精神、信念に向き合い、自らの魂である刀と共に、友情と愛に生きた人間達の、心震わす魂の物語である。 (現在こちらの作品の続きはAmazonでの販売、もしくは、Amazonの読み放題で読めるようになっています、Kindleアンリミテッド登録中の方は無料で読めるようになっているので是非見て下さい。Amazonのサイトにて、こちらのタイトルを検索して頂けると読める様になっています)

どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら

風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」 伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。 男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。 それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。 何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。 そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。 学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに! これで死なずにすむのでは!? ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ―― あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?

処理中です...