上 下
418 / 624
第二十三章

マフィアではない蛇頭の話

しおりを挟む
 千葉や日本代表も率いた故オシム監督は非常に背が高かった。それである時、日本人の記者に
「ヘディングは得意でしたか?」
と訊ねられ
「ヘディングよりも頭の中身を使う選手でした」
と応えた、という逸話がある。
 ではロイド選手はどうか? 実は彼女、両方の意味で頭が良いCFなのだ。

 まず大ざっぱに彼女の外見を描写すると身長は190cmくらいでで体重は恐らく90kg以上。ゴルルグ族の女性にしてはかなりの長身かつ筋肉量の多い体格だ。
 見た目は人間にかなり近く、黒髪ショートカットで美人と言っても過言ではない顔立ち。そして体表に鱗は殆ど無い。見える部分では顔と肩の一部にあるだけ。但しそれもどこまでが本物か分からない様子だ。
 本物とはどういう事か? 実は彼女、全身にタトゥーが入りまくっているのである。それも文字や図形ではなく、精巧な蛇が描かれた入れ墨が、だ。
 いや実際、和式のタトゥーでも蛇やら竜やら鯉やら鱗のある生物はメジャーな題材ではある。だが
「蛇人間ゴルルグが蛇のモンモン入れるんかい!」
と心の中で思わず突っ込みたくなる。
 あとピアスが耳や唇にいくつか。地球なら試合前に審判さんから外させられるケースだが、ここは異世界。その辺りは無頓着に着用したまま試合へ出続けている。
 まあウチのティアさんだってそうだしね。と言うか短髪にピアスにパンクな外見はあの好戦的SBと被っている気がする。
 そうそう被っていると言えば。『隠れ頭脳派』な所も被っている。ロイド選手、ついでにティアさんもそんな見た目でありながら非常に頭の回転が速く、サッカーIQの高いプレイをするのだ。
 ティアさんは強気一辺倒に見えてオーバーラップのタイミングを非常に良く見ているし、ファウルされて怒って相手に突っかかるのもTPOを考えてやっている。例えばチームが勝ってる時は積極的に行って無駄に時間を使って相手を苛々させるが、負けている時はさっと下がるとか。そのずる賢さがたまに手抜きの方へ出てしまうのは玉に瑕だが。
 一方、ロイド選手も一見した所は最前線にいてハイボールに身体を張るだけのFWに見えるが、ジャンプのタイミングやDFへの身体の当て方、前を向いた味方へ落とすボールの質を非常に研究している。裏に欲しい選手、足下で受けたい選手と言った味方の性質だけでなく、積極的にインターセプトを狙うDFが近くにいたら遠い方へ……と対戦チームの選手の性格まで覚えているようなのだ。
 それらがロイド選手の『頭が良い』の片方の部分。ついでに言えばナリンさんの『想像以上に』もそこへ――見た目と頭脳のギャップという意味でね――かかる。もう片方は……純粋にヘディングが上手いという意味だ。ゴルルグ族チームで最強と言っても良いだろう。何故なら……

「ああ、お客様!」
 ロイド選手へ思いを馳せていた俺に、廊下の角から飛び出してきたゴルルグ族のコンシェルジュさん――ホテルにいる執事さんだ。ドワーフ代表の宿舎でお世話になったコーディネーターさんみたいな存在だな――が日本語で声をかけてきた。
「ひっ、あ、コンシェルジュさん」
 俺は上げかけた悲鳴を必死に飲み込んでなんとか笑顔で応えた。悲鳴が出そうになったのはゴルルグ族のコンシェルジュさん――長いな。ゴルコンさんで良いか――の剣呑な顔が急に飛び出たからで、それでも頑張って微笑みを浮かべたのは彼女に頼んでいた事があったからだ。
「お探しの件、発見しました!」
 ゴルコンさんも笑顔で俺に良い報告をする。ゴルルグ族の表情が分かるのか? というところではあるが流石に彼女はサービス業、蛇そのものの顔面と鋭角な頭部を持っているが、それでも暖かさを感じる対応ができている。
 そう、鋭角な頭部。

「頭が三角な蛇は毒蛇、丸いのは無毒」
というのは誤ったトリビアで実際は柔らかい外見で毒を持つ蛇もいる。ただいずれにせよ俺が気にしているのは毒の有無ではない。頭の形だ。
 ゴルルグ族はかなり個体差の多い種族ではあるが、サッカードウ代表選手の多くは蛇の頭部を一つ、ないし複数もつ。
 そして蛇の頭部というのは……ヘディングに向いていない。何故ならヘディングという行為はほぼ額で行われるものだが、蛇にはその額があまりないからだ。更に言えば複数の頭部は周囲の状況確認の点では有利に働くし自分一人で相談ができるのも便利だろうが、ボールを額に当てる際に頭部が二つ以上あると純粋に邪魔だしどんなイレギュラーバウンドするかも分からない。
 ここで話がロイド選手に戻る。前述の通りロイド選手はゴルルグ族のサッカー選手には珍しく人間的な見た目をしている。故に彼女がチーム最強のストロングヘッダー、ヘディングの名手であり、前線でロングボールのターゲットを担える唯一の選手なのだ。

「どこですか!?」
 そんな事を考えつつも、俺はゴルコンさんに問い返す。どうやら俺の方のターゲットを彼女が見つけてくれた様なのだ。
「搬入口の方でした! どうぞこちらへ!」
 親切な蛇人はそう言って前を歩き出す。俺とナリンさんは目を合わせ頷くと、すぐそれに続いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

今世ではあなたと結婚なんてお断りです!

水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。 正確には、夫とその愛人である私の親友に。 夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。 もう二度とあんな目に遭いたくない。 今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。 あなたの人生なんて知ったことではないけれど、 破滅するまで見守ってさしあげますわ!

魔王城のグルメハンター

しゃむしぇる
ファンタジー
 20XX年 正体不明のウイルスによって世界は恐慌状態に陥った。政府の打ち出した感染対策である大規模なロックダウンや人流制限により、職を失い世にあぶれる人々が溢れた。  主人公の瑞野 カオルもその一人だ。今まで働いていた飲食店が閉店し、職を探していた彼のもとに、強盗に遭いそうになっている老人と鉢合わせる。  その老人を助けたカオルは徐々に数奇な運命に巻き込まれていく。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

文太と真堂丸

だかずお
歴史・時代
これは、とある時代を生きた、信念を貫いた人間達の物語である。 その時代、国、人々は冷酷無比、恐ろしい怪物達を率いる大帝国と言う軍勢に支配されつつあった。 逆らう者など皆無、人々の心は絶望と言う名の闇に侵食されつつあった。 そんな時代に奇妙な縁の中、出会い、繋がっていく者達 お互いを大切な生命と認識する彼らは、絶望と言う名の巨大な闇に立ち向かう。 そこで待ち受けるのは、想像を絶するほどの恐怖、裏切り、愛する仲間の死、人間と言う心の闇 彼らは魂から抉り出される闇と立ち向かっていく。 これは人間と言う、己の心、精神、信念に向き合い、自らの魂である刀と共に、友情と愛に生きた人間達の、心震わす魂の物語である。 (現在こちらの作品の続きはAmazonでの販売、もしくは、Amazonの読み放題で読めるようになっています、Kindleアンリミテッド登録中の方は無料で読めるようになっているので是非見て下さい。Amazonのサイトにて、こちらのタイトルを検索して頂けると読める様になっています)

どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら

風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」 伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。 男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。 それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。 何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。 そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。 学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに! これで死なずにすむのでは!? ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ―― あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?

処理中です...