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第二十三章
後ろの3の中身
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用意が済んだ部屋へ荷物を置いた俺は、努力して苛々を隠しながらザ・ウォーマー・ワンの廊下をナリンさんと歩いていた。
「へー1361で行きますか」
「駄目でありますか?」
魔法の作戦ボードを持ったナリンさんがそれで身を守る様に、おずおずと訊ねる。駄目だ、ささくれた心がが隠せてないな。
「いえ、ぜんぜん駄目じゃないです。伝えていた通り、今回はみなさんにお任せしているので」
俺はそこまで言った後、
「信じてますから!」
と笑顔で付け足した。今の俺たちは念のため日本語で会話している。通訳アミュレットを通していない分、声に含まれた険みたいなモノが伝わってしまったのだろう。なるべくフォローせねば。
「ありがとうございますであります。えっと、このままメンバーを話しても?」
「ええ、どうぞ」
ここはゴルルグ族提供の宿舎で、彼ら彼女らが本気になれば盗聴のち翻訳してしまえるだろう。よって隠そうとしても無駄かもしれない。とは言え相手の手間を親切に一つ解決してやるのもシャクなので、俺たちは日本語を使っているのだ。
「GKはボナザ、3バックは左がガニア、真ん中がクエン、右がリストの予定です」
「ほう。3名とも俺の予想と違いますね。やりますね!」
俺がそう褒めるとナリンさんは初めて笑顔になった。これはお世辞ではない。普通に考えれば昨シーズンは右CBでスタメンだったガニアさんが右、左が器用なクエンさん、真ん中が文字通りリベロなリストさん、と配置するのが自然だろう。そこには明確な意図がある筈だ。
「理由は三つあるであります。説明しても良いでありますか?」
「はい! 是非ともお願いします!」
俺が頷くとナリンさんの笑顔は更に明るいものになった。
「一つにはインセクター戦で見せたガニアのプレイであります。可変時には3バックの左に入って良いプレイをしていましたし、引き続き同じポジションで起用して信頼している事を示すのが良いでしょう」
ナリンさんは魔法ボードでインセクター戦の動画をいくつか流しながら説明する。そう、あの試合で長身エルフ妻DFは左SBとして出場したが、事実上の動きは3バックの左だった。
そこで彼女が長距離のパスや絞っての守備に良いモノを見せたのは事実だ。しかしそれ以上に、ガニアさんにあの位置での経験と自信を積んで欲しいとの願いがナリンさんにはあるのだろう。
「ナリンさんは本当に選手の気持ちを考えてくれてますね! ありがとうございます! 俺も異論ないです」
「そんな! 自分はショーキチ殿に依頼された事をやっているだけで……さ、二つ目に行くでありますよ!」
ナリンさんは俺の言葉に耳を赤くしながら作戦ボードでバタバタと顔をあおった。エルフ族たちと付き合って数ヶ月になり分かった事がある。彼ら彼女らは耳に感情が現れ易く分かり易い。漫画などでたまにエルフとのラブコメがあって、鈍感系主人公がエルフ女性の想いに気付かない展開などがあるが、そいつは相当ボンクラと言って差し支えないだろう。
「くっく、クエンでありますが! まだパスや指示に消極的な面があるであります。リベロにリストを置くと彼女に頼ってしまうかもしれません」
そんな話をしている間に、俺たちは中庭を見下ろせる廊下へさしかかった。今はある目的があって移動中なのだ。
「なるほど。お、綺麗~」
俺は話を聞きながらも少し足を止め、廊下の窓からライトアップされた庭を見渡した。夜空は例の半透明なドームに遮られ美しい星空、という程ではない。その代わり庭のそこかしこにLEDっぽい外灯が備え付けられ、緩やかにグラデーションして色を変えながら草木や道を照らしている。
「チャンスにはもっと大胆に、危険を冒してでも攻めのプレイを……」
と俺の後方で話を続けるナリンさんの言葉も途切れた。自然や魔法の灯りによる美ならエルフである彼女にもお馴染みなんだろうが、これは科学の力による美しさだ。圧倒されても仕方なかろう。
「ロマンチックですねー」
と言いながらも俺は中庭をくまなくチェックする。どこにも奴らの姿はない。
「いませんね!」
「ひゃあ!」
振り向くと思ったより近くにナリンさんがいて、運動神経の良いデイエルフはしなやかに何mも後方へ飛び退いた。
「うわ、びっくりした! どうしました?」
「いえ、確かにそれはいけない……いえ、いないでありますね」
どうやらナリンさんも窓に近寄り見てみてくれていたらしい。これは驚かせて悪かったな。
「話の腰を折ってすみませんでした。そうですね。クエンさんに統率の経験を積んで貰いましょう。じゃあ歩きながら、最後の三つ目を」
「はい。リストに関してはゴルルグ族チームも最も注目を集めている所であるでしょうから、敢えて攻撃には出さず守備専門でロイド選手をマークして貰うであります」
ナリンさんは歩き出した俺の追いつき、名前の挙がったロイド選手の映像を流した。
「うーん、確かに彼女は強敵ですもんね……」
その動画の中でロイド選手は何度も空中戦に挑み、ヘッドで的確なボールを味方に落としていた。いわゆるポストプレイというヤツで、それがゴルルグ族の攻めの要、かつ彼女にしかできないプレイなのだ。
「想像以上に頭が良い選手であります」
ナリンさんが加えたコメントに、俺は思わず笑ってしまった。
「へー1361で行きますか」
「駄目でありますか?」
魔法の作戦ボードを持ったナリンさんがそれで身を守る様に、おずおずと訊ねる。駄目だ、ささくれた心がが隠せてないな。
「いえ、ぜんぜん駄目じゃないです。伝えていた通り、今回はみなさんにお任せしているので」
俺はそこまで言った後、
「信じてますから!」
と笑顔で付け足した。今の俺たちは念のため日本語で会話している。通訳アミュレットを通していない分、声に含まれた険みたいなモノが伝わってしまったのだろう。なるべくフォローせねば。
「ありがとうございますであります。えっと、このままメンバーを話しても?」
「ええ、どうぞ」
ここはゴルルグ族提供の宿舎で、彼ら彼女らが本気になれば盗聴のち翻訳してしまえるだろう。よって隠そうとしても無駄かもしれない。とは言え相手の手間を親切に一つ解決してやるのもシャクなので、俺たちは日本語を使っているのだ。
「GKはボナザ、3バックは左がガニア、真ん中がクエン、右がリストの予定です」
「ほう。3名とも俺の予想と違いますね。やりますね!」
俺がそう褒めるとナリンさんは初めて笑顔になった。これはお世辞ではない。普通に考えれば昨シーズンは右CBでスタメンだったガニアさんが右、左が器用なクエンさん、真ん中が文字通りリベロなリストさん、と配置するのが自然だろう。そこには明確な意図がある筈だ。
「理由は三つあるであります。説明しても良いでありますか?」
「はい! 是非ともお願いします!」
俺が頷くとナリンさんの笑顔は更に明るいものになった。
「一つにはインセクター戦で見せたガニアのプレイであります。可変時には3バックの左に入って良いプレイをしていましたし、引き続き同じポジションで起用して信頼している事を示すのが良いでしょう」
ナリンさんは魔法ボードでインセクター戦の動画をいくつか流しながら説明する。そう、あの試合で長身エルフ妻DFは左SBとして出場したが、事実上の動きは3バックの左だった。
そこで彼女が長距離のパスや絞っての守備に良いモノを見せたのは事実だ。しかしそれ以上に、ガニアさんにあの位置での経験と自信を積んで欲しいとの願いがナリンさんにはあるのだろう。
「ナリンさんは本当に選手の気持ちを考えてくれてますね! ありがとうございます! 俺も異論ないです」
「そんな! 自分はショーキチ殿に依頼された事をやっているだけで……さ、二つ目に行くでありますよ!」
ナリンさんは俺の言葉に耳を赤くしながら作戦ボードでバタバタと顔をあおった。エルフ族たちと付き合って数ヶ月になり分かった事がある。彼ら彼女らは耳に感情が現れ易く分かり易い。漫画などでたまにエルフとのラブコメがあって、鈍感系主人公がエルフ女性の想いに気付かない展開などがあるが、そいつは相当ボンクラと言って差し支えないだろう。
「くっく、クエンでありますが! まだパスや指示に消極的な面があるであります。リベロにリストを置くと彼女に頼ってしまうかもしれません」
そんな話をしている間に、俺たちは中庭を見下ろせる廊下へさしかかった。今はある目的があって移動中なのだ。
「なるほど。お、綺麗~」
俺は話を聞きながらも少し足を止め、廊下の窓からライトアップされた庭を見渡した。夜空は例の半透明なドームに遮られ美しい星空、という程ではない。その代わり庭のそこかしこにLEDっぽい外灯が備え付けられ、緩やかにグラデーションして色を変えながら草木や道を照らしている。
「チャンスにはもっと大胆に、危険を冒してでも攻めのプレイを……」
と俺の後方で話を続けるナリンさんの言葉も途切れた。自然や魔法の灯りによる美ならエルフである彼女にもお馴染みなんだろうが、これは科学の力による美しさだ。圧倒されても仕方なかろう。
「ロマンチックですねー」
と言いながらも俺は中庭をくまなくチェックする。どこにも奴らの姿はない。
「いませんね!」
「ひゃあ!」
振り向くと思ったより近くにナリンさんがいて、運動神経の良いデイエルフはしなやかに何mも後方へ飛び退いた。
「うわ、びっくりした! どうしました?」
「いえ、確かにそれはいけない……いえ、いないでありますね」
どうやらナリンさんも窓に近寄り見てみてくれていたらしい。これは驚かせて悪かったな。
「話の腰を折ってすみませんでした。そうですね。クエンさんに統率の経験を積んで貰いましょう。じゃあ歩きながら、最後の三つ目を」
「はい。リストに関してはゴルルグ族チームも最も注目を集めている所であるでしょうから、敢えて攻撃には出さず守備専門でロイド選手をマークして貰うであります」
ナリンさんは歩き出した俺の追いつき、名前の挙がったロイド選手の映像を流した。
「うーん、確かに彼女は強敵ですもんね……」
その動画の中でロイド選手は何度も空中戦に挑み、ヘッドで的確なボールを味方に落としていた。いわゆるポストプレイというヤツで、それがゴルルグ族の攻めの要、かつ彼女にしかできないプレイなのだ。
「想像以上に頭が良い選手であります」
ナリンさんが加えたコメントに、俺は思わず笑ってしまった。
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