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第二十三章

ブレー面会

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 フレーメン反応、という生理現象がある。かつて奥寺選手が所属したブンデスリーガの名門――それはブレーメンだ――ではない。ほ乳類がある種の匂いに反応して唇を上に上げてより詳しく嗅ごうとする行動だが、猫や犬がやると笑っているようにも見える動作だ。
 今、俺の前でゴルルグ族たちがやっているのもその動きかもしれなかった。或いは、やはりただ単に笑っているのかもしれない。
「あ……わ……わ……!」
 一方の俺は匂いを嗅ぐでもなく笑うでもなく、アホの様な顔で固まっていた。面会だ、と言われ獄吏に連れて来られた『監獄の面会室』という場所にまったくそぐわないバグのような存在、身体にぴったりとまとわりつくタイトな黒のワンピースに赤い眼鏡という戦闘力高そうな姿のダリオ姫に、みとれていたからである。
『ショウキチさん、こちらを使って下さい』
 ダリオさんは身振りで二人の間にある受話器を指さす。なんとこの面会室、映画で見るアメリカの刑務所にあるような、透明なアクリル板で仕切られていてテーブルと椅子があって固定電話の受話器の様なモノで通話できる作りになっている。
「ダリオさん!? 助けに来てくれたんですか!?」
 俺はあの時の『外に電話できないか?』というジェスチャーが通じたのだろうか? と思いながら機械越しにダリオさんに問いかけた。
「ええ。身元引き受け者として名乗り出て、今は手続きをして貰っています」
 少し雑音が混ざっているが、ダリオさんもそれを手にし落ち着いた声で返す。通じる、と言えば言葉も分かる状態になっていた。この通話器、翻訳機能もついているのか。
「本当ですか!? しかし……いくら何でも早過ぎませんか? どうやってここに?」
 今の時刻は――相変わらず腹時計頼みだが――恐らく夕食時である。昼頃に連絡が行ったとしてもそこからグレートワームへの入国申請をして移動をして身元引き受けの申請もして、て無理じゃないか?
「実はショウキチさんとシャマーを見送った直後に、レイから聞いたのです。あの娘が貴方に持たせた『お土産』について、ね?」
 エロい赤眼鏡越しにウインクしながら、ダリオさんはそう言った。なるほど、それでこの事態を想定して早く動けたという事か。
「それはまたなんと言うか……ありがとうございます……」
 レイさんのお土産と言えばダリオさんが今つけている眼鏡もナイトエルフが姫様の為に選んだブツだったな、と思い出しながら頭を下げる。
「それに私、一応王族なので。移動には融通が効くんですよ? ふふ」
 そう笑って舌を出すダリオさんはお茶目でエッチで色々とダメな感じだった。なんだろう、監獄という特殊な環境が人をムラムラとさせるのか、純粋に彼女の実力か……。
『ダリオ姫。疑う訳ではありませんが、一つ、確かめたい事がありまして……』
 俺が不埒な事を考えているところで、ダリオさん側の部屋に2匹のゴルルグ族が現れ、手前の方が何か声をかけた。
『なんですか?』
『この下着が貴女のモノであるという確証が得られないと、その人間の釈放は認められないと上が申しておりまして……』
 声をかけた方が例のレイさんのブラジャーを手に、後ろの方を指さして言っているようだ。言葉が通じている所を見ると、エルフ語か? 相手が王族だと気を使うんだな。
「ダリオさん、どうしたんです?」
「あの下着が私のモノであると証明しなければならない様です」
 ダリオさんは目をぐるりと回してあのブツを示しながら言った。
「証明」
 証明とはつまり?
『分かりました。着て見せれば良いですか?』
『え、ええ……』
 俺が思考停止している間にダリオさんは何かゴルルグ族さんと会話を交わした。
「良かった、着用して見せれば分かって貰えるようです」
 ダリオさんはほっとした様子で胸に、大きな胸に手を当てながら会話の内容を報告してくれた。
「着用して見せる!?」
「ええ」
「だ、駄目ですよ! こんな所で……そんな!」
 俺はそう言って片手で目を隠し、その手がバルタン星人の様になっている事に気づいて慌ててハサミを閉じた。
「もちろん別室で、女性だけの前で、ですが」
 そりゃそうか。その言葉に納得して手を降ろすとダリオさんはいつの間にかアクリル版のすぐ近くまで顔を近づけていて、そっと囁いた。
「もしかして見れると期待しました? ……えっち」
「ちが、違います!」
 俺が顔を真っ赤にして否定すると、ダリオさんは受話器をテーブルに置き指でその表面を撫で、俺に微笑みを送って部屋を出ていった。
「言ってた通り来たな!」
「しかしお前、あんな暖かそうな女房がいるのに、愛人まで作ってこの街へ浮気チョメチョメ旅行に来てたのか! すげえな!」
 ダリオさんや他のゴルルグ族が出て行ったのを見て、別の双頭のゴルルグ族が椅子に座り受話器を使って話しかけてきた。たぶん牢屋番をしていた奴だ。言葉が分かるという事は、やはりこの機械に翻訳能力があるのか。アクリル版といい、やはり蛇人たちはこの異世界とは違う文明の様だ。
「いや、そういう訳では……」
「ちょっと待て! 着替えが始まったようだぞ?」
「俺、エルフ語は分かるんだ! 実況してやる!」
 俺が戸惑う間にダブルヘッド氏は受話器を代わる代わる持って一方的に話し続けた。
「ほうほう。『確かに収まっておりますが、随分と窮屈な様ですな?』だってよ!」
「人間やエルフは大変だな! おっぱい、て奴で授乳して子供を育てるんだよな!」
「そんで、『これは夫の趣味です。ちょっと小さめの下着からはみ出しているのが好きなんです』とな!」
「へー! お前、そんな趣味か! 俺たちは細身が好きなんだが」
「まだあるぞ。『詳しくはないが、やや子供っぽくないか?』『それも夫の趣味です。コスプレ感が出て良い、て』」
 ダリオさんなんて設定を!? 
「お、なんだ? 机につっぷして?」
「反省しているのか! 良い事だ。女房とその態度に免じて、許してやろう。別に俺たちに権限ないけど」
 そんな彼らを無視しながら、俺は机に潰れていた。
「(何か考えるんだ!)」
 円周率……はπなので駄目だしWとかXとかYとか……も絵に見えて駄目だし、数学は諦めて半裸……般若心経を思いつき、心の中で唱えている間にどうやら事が終わり、ダリオさん達が帰ってきた。
「釈放だってよ! 後ろのドアから出てこっちへ来いよ!」
「良かったな! これからはどっちも大事にするんだぞ!」
 そう言うと双頭のゴルルグ族は片手で受話器を置き、逆の手をアクリル板に当てた。
「はあ、どうも……」
 何が悲しくて『面会の最後にアクリル板を挟んで手と手を合わせるやつ』を今日、初めて会った蛇人とせにゃならんのだ!? と思いつつも彼らの期待するような目に逆らえず、俺は手を重ねてからその部屋を去った。
 ともかく、これで俺は自由の身だ。たぶん。
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