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第二十一章

トロール戦と交渉の終焉

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 その後はかなり辛いシーンが訪れる事となった。まず頭部を負傷したパリスさんは下がり、交代選手としてタッキさんが入る。担架で運ばれる勇気ある選手パリスさんへ無事を祈る拍手が送られたが、治療用の布で顔面を覆って運ばれる彼女の様子はなかなか痛々しいものだった。
 そしてトロールチームと因縁があるモンクがFWにはいるとそこから玉突き的にエオンさんが左MF、ツンカさんが左SB、ティアさんがCB……とポジションを移動した。
 その大きなポジション変更にバランスを崩したアローズはプレスを効果的にかけられず、ボールを回すトロール代表に振り回され続けた。それでもなんとか前半をそれ以上失点せずに凌ぐが、後半は完全にトロールペースで試合が進み、例のタイミングでの攻撃が悉く成功。後半25分と41分に追加点、あとやはり小競り合いを起こしたタッキさんにイエローカードが出て試合終了。
 アローズは開幕5戦目にして初黒星を喫する事となった……。

「リーシャさんが常に裏を狙って相手のラインを押し下げます。もちろん、ポリンちゃんとタイミングが合えば一発でとっても良い。主要な目的は2列目の3名のスペースを与える事です」
「さっきのタイミングでセンタリングが上げれなかったのかって? いや、エオンさんは一度切り返すのでどうしても遅れますね」
「ヨンさんの仕事はDFラインの前で起点となること、守備の強度で不安があるアガサさんポリンちゃんの分も走る事です」
「タッキさんとアガサさんの相性は悪くないです。あの陰で肘打ちされてなかったらパスに追いついていた筈です」
「WBがボランチ横へ絞るのは中央を閉める為です。サイドなら相手に走られても良い」
 そんな中でも俺は自分が考える布陣の説明と差し込まれる質問への回答、そしていま行われている試合の現象についての解説を続けた。
 そして……
「今回は負けたが、お主が直々に指揮していれば勝てたと思うか?」
 試合終了を見届けて、ジャバさんが無念のため息を吐きながら俺に訊ねた。
「指揮、だけでは無理ですね」
 実の所、今現在の力関係ではトロールは10回やって8回負ける――と思っている事はごく少数にしか打ち明けていない。モチベーションに関わるからね――相手だ。仮にいま説明したプラン通りに動いても、だ。とは言えここでのプレゼンテーションはったりはこの先の俺の境遇を変えるかもしれないモノだ。俺は自信満々に続けた。
「ですが1週間、これに向けて準備できれば勝ち目はあります。ありました。あとここでも説明はできませんが、まだ明かしていないセットプレイも幾つかあります。トロールは機敏ではないしファウルも多いチームです。FKの機会も多いですから」
 俺がそう言うと、ジャバさんでもウォジーでもないデニス老公会のエルフが――そろそろ名前を聞きたいような、もうどうでも良いような――縋るように言った。
「今すぐお主を解放してチームに戻せば、その作戦で次のゴルルグ族に勝てると思うか?」
「いや、ゴルルグ族にはまた別のやり方になると思いますが」
 俺は少し微笑んでそのエルフに期待を持たせた上で、続けた。
「お断りします」
「なっ!?」
「サッカードウは相手あってのモノです。だから相手によって毎回やり方は違います。互いの持てる力と知恵を振り絞ってぶつかって、勝ったり負けたりする競技です。と言うか全ての力を出さなければ相手に失礼だ」
 言っている内容は1週間前の会談と大差ない内容だ。だが実際にデイエルフだけの布陣で挑んで敗戦したこと、そして自惚れて良ければ俺が試合中に見せたサッカードウへの姿勢がその言葉に説得力を与えていた。
「良いですか? 『全ての力』です。デイエルフだけの力ではありません。全エルフ、そしてアローズスタッフである全種族の力です。そもそも俺はアローズの、エルフ代表の資格として一番重要なのは『エルフチームの為に全てを捧げ、最後まで戦い続ける心』を持っているかどうか? だと思っています。ナイトエルフだデイエルフだとか、何処の名家の血筋だとかは関係ありません。ですから貴方たちの言う選抜方法で選んだ選手だけで闘うつもりもありません」
 本当ならここまでで良い筈だった。だが次の言葉を足してしまったのは俺の若さだろう。
「そもそも何故パリスさんをスタメンに入れたんですか? 負傷交代するまででもプレイはボロボロだったじゃありませんか! 当たり前です。俺を誘拐する為の騒ぎに一枚噛んでいたんだから、まともなメンタルでプレイできる訳ないでしょう! 彼女に怪我をさせたのはアンタたちだ!」
 話している間に自分の言葉で感情が高まってしまうという現象があるだろう。今の俺がまさにそれだった。
「パリスさんが許しても俺はお前たちを許さない。だがもしまともな心があるなら今すぐ彼女の所へ飛んでいって、謝罪して彼女を全力でサポートしろ! そうしたら考えてやる」
 いつもガニアさんにくっついて動いていて影が薄いが色んな意味でチームを支えてくれて、最近は少し俺にも打ち解けてくれてきたパリスさんの顔が思い浮かんだ。あとミノタウロス戦後の謝恩会で俺を抱き締めてくれた時の姿も。
「ショーキチさん……」
 怒鳴る俺の手を後ろからバートさんが掴んだ。見ると彼女の眼に涙が浮かんでいる。しまった、彼女まで泣かせる気はなかった。
「少し、時間をくれないか? 考えさせてくれ」
「食事でもとってきたらどうだ? バート、食堂へ案内すると良い」
 デニス老公会の面々の声も弱々しかった。途端に自分が老人に大人げない言葉を投げた若者に思えてくる。
「ええ。ショーキチさん、こっちへ」
 徐々に頭が冷えて自分がとんでもなく空気を悪くした事が実感として襲ってきた。俺は逃げ出すような気持ちでバートさんに続いてその部屋を出た。
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