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第二十一章

後押しとは

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 ド滑りやん……。バートさんの暗い顔にマジでチームの失点よりもショックを受けつつ、アローズのキックオフで再開した試合の方も見る。2週間も待たせたホームの試合でサポーターに腰の引けた様子はみせられない。緑のユニフォームをまとった勇者たちは再び果敢な攻めにかかっていた。
 それが更なる崩壊を呼ぶとも知らずに。
「ただいまの得点はトロール代表9番、ムーイング選手のゴールです」
 ノゾノゾさんの不機嫌なアナウンスが流れる中、アガサさんがサイドへ展開したボールがリーシャさんに繋がり、アローズ屈指のファイターはこの試合で初めて良い形の一対一を迎えていた。
「行け! ぶち抜け!」
 老公達の熱い声援が聞こえた訳ではないだろうが、リーシャさんは軽くフェイントをかけて対面のトロールの重心を動かすと、その逆をとって一気に縦にボールを押し出す。
「向こう……中揃ってる……そう!」
 トロールDFは高く堅いブロックをゴール前に築いている。単純に中へクロスを入れても駄目だ。リーシャさんは少し更に外へドリブルを入れた後、自分より内側を走ってきたポリンさんへ柔らかいパスを出した。
「シュートじゃ!」
「よし、ああ、惜しい!」
 ポリンさんがその優しい性格からは想像もつかないほど鋭いシュートを放った。それはトロールDFを迂回するように曲がって落ちてゴールに吸い込まれ……る様に見えたが、ボールの上半分がゴールバーに当たり高く跳ね上がって落ちる所をGKにキャッチされた。
「今のはナリンの?」
「ああ、従姉妹の子だ。まだ幼かった筈じゃがやりおる!」
 エルフのお爺さま達も大興奮だが、俺も内心ではエキサイトしていた。今のはナリンさんにだけ教えたインナーラップ――主にSBが前の選手を追い越す際に、その選手の外側のサイドライン方向ではなく、内側を走っていく攻撃だ。オーバーラップの逆だからアンダーラップと言う説もあるが、俺が地球にいた時はどちらが正解か決着はつかなかった――の攻撃だ。外を走ればパスは受け易いが、その後の攻撃は角度がなく主にセンタリングに限られる。だが内側で受ければそこからシュートを撃つことも、短いパスで崩すこともできる。攻撃の選択肢が広がる訳で、守りを固めるチームでも防ぐ事は難しい。
 ナリンさん始めコーチ陣は、偽の俺の手紙と本物の俺が以前から伝えていた事をベースに、不利ながらも勝利を狙っている。こんなに嬉しい事はない!
「あ、やべ……!」
 しかし好事魔多し。高い位置でボールを掴んだGKは、その腕を降ろす事なくそのまま前へ振る。オーク代表のペイトーンさんを軽く凌駕する豪腕から放たれたそれは、シノメさんの頭上を越え先ほど得点を上げたムーイング選手の頭上へ到達する。
「パリス……痛い!」
 その直後に映し出されたシーンは、実はありきたりと言えばありきたりなシーンだった。FWムーイング選手ととDFパリスさんが空中で競り合い、DFがFWの後頭部に強烈に額をぶつけたのだ。
 ただそれが普通と違うのは、相手がトロールと言うところ。柔らかい皮膚を持つ洞窟の巨人の身体で数少ない堅い部分が頭部だ。更に言えば身長差もあったのでムーイング選手はほぼジャンプしていない。パリスさんは全力で飛び上がり、力を込めて頭を振った。
 結果パリスさんは頭を抱えて倒れ込み、トロールのCFは何事もなかったかのように後ろに擦らしたボールを追って反転して走り出した。
「審判止め……ないんか!」
 頭部を強烈に打った場合は、審判の判断で直ちに試合を止める事がある。ボナザさんの場合がそうだった。だがあの時は得点が入って試合の流れも止まったし、何よりここは異世界。今まで何度か経験してきたが、人間や亜人の命の値段が安い!
「誰か止めろ!」
 それこそデニス老公会の誰か――まだ俺はバートさんジャバさんウォジーしか名前を知らない――が独走するトロールFWを見て叫ぶ。だがガニアさんは相方の負傷で足を止めてしまっており、両SBのポリンさんティアさんは攻撃に出ている。本来、片方が上がれば片方が下がる、古くは井戸の『釣瓶の動き』と言った決まりだが、今は守られてなかった。
 ホームの熱狂に押されたかそれともそういう指示か。それは帰国後、各員にヒアリングしてみないと分からない所だ。だが今、確実に分かるのは……トロールはここで手を、いや足を止めるチームではないという事だ。
「『相手チームの誰かが痛んで倒れている時』だっけ?」
「ええ」
 バートさんにもそれが分かった、というか俺が言った事を覚えていたらしい。そこはやはり元選手だな。
 そんな事を言っている間にムーイング選手がボナザさんを引きつけて横にボールを流し、相棒のFWががら空きのゴールへボールを流し込んだ。
 前半35分。0-2。
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