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第二十章
ターンエンド
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『やっちゃったぁ!』
立ち上がり歓喜の疾走を始めたエオンさんにリーシャさんが抱きつき、地面へ引きずり倒す。
『エオン! あんたがスライディングするなんて!』
『わかんない! なんか、いけそうで!』
なんと……! 得意の華麗なドリブルも、最近トレーニングを始めたノールックパスやシュートも全く関係ない形でエオンさんが得点を上げてしまった!
「エオン、良く中へ入ったであります!」
『ニャリン! さっそく君たちの特訓の成果が出たじゃないか!』
当のエオンさんよりも嬉しそうに飛び上がるナリンさんに何か言いながらニャイアーコーチが抱きつく。
「シノメさん! クエンさん! ナイス!」
俺はボランチコンビを探して声を送った。縁の下の力持ちな彼女たちは、得点者ではなくリストさんへかけより祝福中だ。そういう所にも性格が出るな。
『てへへ』
『どもっす!』
名前を叫んだだけなので意味は通じたのであろう、両者はそれぞれの反応を返した。シノメさんは期待通り、クエンさんはある意味で期待以上の働きをした。
元はCBなクエンさん、ここまでマイラさんとコンビを組む事で攻撃については彼女に任せる部分が多かったが、今日は相棒がシノメさんだ。どちらも守備に持ち味がある選手だが強いて言えばクエンさんの方がパスが出せる。
「自分がやらねば!」
という意志のもと、リストさんに上手く繋いでくれた。得点者のエオンさんと同じく『脱マイラ』が進んでいるな! いやあのお婆さん引退する訳じゃないけどさ。
『拙者は拙者は!?』
「あーはいはい、良くやったね!」
皆と自陣に戻り際、リストさんが盛んに自分を指さしつつ俺の前で足踏みをする。俺は苦笑しながら彼女と右手でハイタッチし、左手で頭をクシャクシャとやった。
シザースフェイントにラボーナ。一見すると派手なだけで無駄な魅せ技だ。しかしそれらを駆使する事で、リストさんはエオンさんがゴール前まで詰める時間を稼いだのだ。
それでもギリギリだったが。本当に計算してやったかは不明だが。
「しかしそうなると……」
リストさんの後ろには順番待ちをするようにダリオさんが待っていた。しかも時間を省略する為か、既にやや前傾姿勢で頭を差し出している。そうだ、誰か褒めたら全員褒めないといけない。
「いやまあ陰の殊勲者ですけど」
と言うかエルフの民にとって主君でもあるだろ! ……と思いつつ彼女も試合の中では姫ではなくいち選手だ。俺はため息をつきながらリストさんから手を離し左腕で10番の頭を抱え、右手でナリンさんを呼び寄せる。
「ダリオさんここまで良い働きでした。カーリー選手の見張りはこれで結構です。リストさんとポジションを変えて、左MFに入って下さい」
俺の説明をナリンさんがダリオ、リスト両名に伝える。彼女の通訳を聞く間に選手達の顔が真剣なものに変わっていく。
そうだ、1点獲っただけだ。まだまだ試合はこれからだ。
ゴブリン代表との試合の難しい所は『ここ』だった。彼女たちは失点をしても落ち込んだりはしない。ゴブリンサッカードウにおいて失点はターンエンドの合図でしかないからだ。
『よシ! 次はあたしらの番だゾ!』
と誰か――まあ十中八九、カーリー選手だが――が声をかけるだけでメンタルの問題は解決する。
「「ゴーブゴーブゴーブ!」」
それは観客席も同じだった。屋台でゴブナイリーグ、もとい国内リーグの試合を観た時は失点で少し意気消沈していたゴブリンサポーターも、今は原色の布を振り立て自分たちのセレソンに声援を送っている。
逞しくなったのね……まあ原因の幾つかは俺だが。
「あーやっぱりか」
感慨に浸る間に試合が再開し、案の定ボールはかなり後方に待つゴブリベロに廻る。
「対策をとったでありますね」
「カー監督も考えましたね」
カーリー選手はGKと同じくらいの深さに位置し落ち着いてチーム全体を、そしてこちらの動向を見守っていた。カー監督はここまでの10分でこちらの意図を読みとり、もしダリオさんが深追いしたらその背後のスペースを使えるポジションを取るよう指示したのだ。
恐らく俺たちが先制点を祝っている間に。やはり代表監督ともなるとバカではない。
『蹴ってくるぞい!』
ジノリ台の上でドワーフが叫ぶ。彼女の言葉通り、カーリー選手は少し助走を取って長いボールを蹴った。狙いは前線のイグダーラ選手だ。
『クリアー!』
シャマーさんがムルトさんへ指示を出す。オフサイドは取れない。なぜなら前線のホブゴブリンが位置するのはハーフラインよりゴブリンゴール側だからだ。
こちらは相手がボールを下げたらその分、半ばオートマティックにラインを上げるようにしている。しかし限界点はある。それがハーフラインだ。それより先ではルール上オフサイドがなくラインを上げてもリスクが大きい。実際の運用上はさらに安全マージンを取って、自陣センターサークルの頂点までを目安にしている。
『問題ありません!』
ムルトさんがイグダーラ選手に競り勝ちボールを跳ね返した。ここまで彼女が対戦してきたオークやインセクターの大型CFに比べればまだイージーな相手だ。
しかし、だ。ふわりと戻ったボールの先にはクレイ選手が待っていて、そのボールの落ち際を足で下から思いっきり叩いた!
立ち上がり歓喜の疾走を始めたエオンさんにリーシャさんが抱きつき、地面へ引きずり倒す。
『エオン! あんたがスライディングするなんて!』
『わかんない! なんか、いけそうで!』
なんと……! 得意の華麗なドリブルも、最近トレーニングを始めたノールックパスやシュートも全く関係ない形でエオンさんが得点を上げてしまった!
「エオン、良く中へ入ったであります!」
『ニャリン! さっそく君たちの特訓の成果が出たじゃないか!』
当のエオンさんよりも嬉しそうに飛び上がるナリンさんに何か言いながらニャイアーコーチが抱きつく。
「シノメさん! クエンさん! ナイス!」
俺はボランチコンビを探して声を送った。縁の下の力持ちな彼女たちは、得点者ではなくリストさんへかけより祝福中だ。そういう所にも性格が出るな。
『てへへ』
『どもっす!』
名前を叫んだだけなので意味は通じたのであろう、両者はそれぞれの反応を返した。シノメさんは期待通り、クエンさんはある意味で期待以上の働きをした。
元はCBなクエンさん、ここまでマイラさんとコンビを組む事で攻撃については彼女に任せる部分が多かったが、今日は相棒がシノメさんだ。どちらも守備に持ち味がある選手だが強いて言えばクエンさんの方がパスが出せる。
「自分がやらねば!」
という意志のもと、リストさんに上手く繋いでくれた。得点者のエオンさんと同じく『脱マイラ』が進んでいるな! いやあのお婆さん引退する訳じゃないけどさ。
『拙者は拙者は!?』
「あーはいはい、良くやったね!」
皆と自陣に戻り際、リストさんが盛んに自分を指さしつつ俺の前で足踏みをする。俺は苦笑しながら彼女と右手でハイタッチし、左手で頭をクシャクシャとやった。
シザースフェイントにラボーナ。一見すると派手なだけで無駄な魅せ技だ。しかしそれらを駆使する事で、リストさんはエオンさんがゴール前まで詰める時間を稼いだのだ。
それでもギリギリだったが。本当に計算してやったかは不明だが。
「しかしそうなると……」
リストさんの後ろには順番待ちをするようにダリオさんが待っていた。しかも時間を省略する為か、既にやや前傾姿勢で頭を差し出している。そうだ、誰か褒めたら全員褒めないといけない。
「いやまあ陰の殊勲者ですけど」
と言うかエルフの民にとって主君でもあるだろ! ……と思いつつ彼女も試合の中では姫ではなくいち選手だ。俺はため息をつきながらリストさんから手を離し左腕で10番の頭を抱え、右手でナリンさんを呼び寄せる。
「ダリオさんここまで良い働きでした。カーリー選手の見張りはこれで結構です。リストさんとポジションを変えて、左MFに入って下さい」
俺の説明をナリンさんがダリオ、リスト両名に伝える。彼女の通訳を聞く間に選手達の顔が真剣なものに変わっていく。
そうだ、1点獲っただけだ。まだまだ試合はこれからだ。
ゴブリン代表との試合の難しい所は『ここ』だった。彼女たちは失点をしても落ち込んだりはしない。ゴブリンサッカードウにおいて失点はターンエンドの合図でしかないからだ。
『よシ! 次はあたしらの番だゾ!』
と誰か――まあ十中八九、カーリー選手だが――が声をかけるだけでメンタルの問題は解決する。
「「ゴーブゴーブゴーブ!」」
それは観客席も同じだった。屋台でゴブナイリーグ、もとい国内リーグの試合を観た時は失点で少し意気消沈していたゴブリンサポーターも、今は原色の布を振り立て自分たちのセレソンに声援を送っている。
逞しくなったのね……まあ原因の幾つかは俺だが。
「あーやっぱりか」
感慨に浸る間に試合が再開し、案の定ボールはかなり後方に待つゴブリベロに廻る。
「対策をとったでありますね」
「カー監督も考えましたね」
カーリー選手はGKと同じくらいの深さに位置し落ち着いてチーム全体を、そしてこちらの動向を見守っていた。カー監督はここまでの10分でこちらの意図を読みとり、もしダリオさんが深追いしたらその背後のスペースを使えるポジションを取るよう指示したのだ。
恐らく俺たちが先制点を祝っている間に。やはり代表監督ともなるとバカではない。
『蹴ってくるぞい!』
ジノリ台の上でドワーフが叫ぶ。彼女の言葉通り、カーリー選手は少し助走を取って長いボールを蹴った。狙いは前線のイグダーラ選手だ。
『クリアー!』
シャマーさんがムルトさんへ指示を出す。オフサイドは取れない。なぜなら前線のホブゴブリンが位置するのはハーフラインよりゴブリンゴール側だからだ。
こちらは相手がボールを下げたらその分、半ばオートマティックにラインを上げるようにしている。しかし限界点はある。それがハーフラインだ。それより先ではルール上オフサイドがなくラインを上げてもリスクが大きい。実際の運用上はさらに安全マージンを取って、自陣センターサークルの頂点までを目安にしている。
『問題ありません!』
ムルトさんがイグダーラ選手に競り勝ちボールを跳ね返した。ここまで彼女が対戦してきたオークやインセクターの大型CFに比べればまだイージーな相手だ。
しかし、だ。ふわりと戻ったボールの先にはクレイ選手が待っていて、そのボールの落ち際を足で下から思いっきり叩いた!
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