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第十九章
抗議文書
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「ショーキチ殿、朝はそれだけですか!?」
いくつかの食品が乗ったトレイを持って俺の席に来たナリンさんは大きく目を見開いて驚きの声をあげた。
「いや、食欲ないんで」
「駄目ですよ。せめて固形物を口にして下さい」
ナリンさんはそう言いながら並んだ自分の朝食の中からプティングの様なモノを選んで俺の前に置く。
「いやマジで無理なんで」
「食べて下さい」
ナリンさんは朝でも決して寝ぼけたりはしない、目鼻の筋が整った美しい顔にモノを言わせて迫る。
あんたは俺のオカンか!? と言いたい所だが彼女は事実、俺の個人マネージャーとしても契約しているので、こちらの体調管理も仕事の一環なのだ。
「じゃあせめて代わりに俺のコーヒー……ブルマンを飲んで下さい。ちょっとだけ口をつけてしまったけど」
俺は苦手な野菜を食べるよう強いられた子供が母親に向けて交渉するように、ブルマンのカップをナリンさんの方へ押しやった。
「あの、自分が飲んで良いのですか!?」
「はい。えっと……うん、そんなに冷めていないと思います」
俺は左手でマグカップを押さえ温度を確認しつつ、右手でテーブルクロスを使って俺の口が触れた部分を軽く拭った。
「あっ」
「はい?」
「いえ、何でもないです。それよりこちらの文書に目を通して頂きたいのですが……」
何故かナリンさんの美貌の圧が少し下がった気がしたが、次の瞬間にはファイルを取り出してきりっとした顔になっていた。
「これは?」
「(恐れていた事態が動き出しつつあるようです。目を覚ましている選手が少ない間に確認した方が良いかと)」
ナリンさんはそう囁くと最後に頂きます、と小さく言ってブルマンに手を伸ばした。
「(はあ)」
俺も小声でそう言って魔法の眼鏡をかけつつその文書に手を伸ばし、物々しい模様が描かれた表紙をめくった。
「(『デニス老公会』って何ですか?)」
「自分たちデイエルフの長老会であります」
ナリンさんの口調が変わり、彼女がエルフ語から日本語へ切り換えたのが分かった。俺も彼女の意図を汲んで、魔法の翻訳アミュレットを外す。
「長老会から? 何だろ?」
エルフの長老となったら平均年齢は幾つなんだろう? 後期高齢者どころか白亜紀高齢者だったりして。いや流石にそれはないか。
「……ん!?」
そんな馬鹿な事を考えながら読み始めていた俺は、長々しい前置きを越えて本題にさしかかった所で思わず声を出した。
「これって!?」
「はい。抗議文かつ要請書の様なものであります」
ナリンさんは非常に申し訳なさそうな声で応える。
「ふむふむ。由緒あるあるおエルフ代表の栄光を支えてきたのは我々デイエルフの面々ウイメンであって、近頃のあろーずとやらの活躍は悪くないことではあるけどドーンエルフや地下のエルフがのさばり過ぎる事はエルフのサッカードウ北海道にも良くない稚内ことなので、要はもっとデイエルフの選手を使え、と?」
俺がそうおどけて要約するとナリンさんはぷっ、と吹き出した。
「何でありますか、それ?」
「ふふ、クレーム対応のコツです。深刻になり過ぎない!」
俺はそう言って読み終えた文書を机の上に放った。これはもちろん、自分の心を守る為にコールセンター時代から密かにやってきた事の応用――お客様には内緒だよ!――だが、デイエルフであるナリンさんが板挟みになって苦しんでいそうなのを察して殊更におどけてみたのもある。
「もちろん、契約の上では全く従う必要はないのですありますが」
ナリンさんはブルマンを半分ほど一気に飲み、苦い顔になった。
「無視するには大き過ぎる存在なんですね? デニス老公会は?」
「はいであります……」
それからナリンさんはデイエルフとデニス老公会とその影響について語り、俺は脳内で様々な計算を始めた。
サッカーと人種問題、スポーツと政治問題は、あまり影響ないのが理想かもしれないが実際には切っても切れない関係である。
差別の強かった時代には人種毎に別のリーグで試合をしていたスポーツもあるし、国家が分裂した為に代表チームがバラバラになった旧ユーゴスラビアの様な例もある。
まあそちらについて専門家でもない俺がどうこう言える立場ではないし知識もないし、それにもう地球との繋がりもない。しかしアローズが直面する種族問題からは逃れようがなかった。
改めて前提として。エルフにもエルフの中に細かな種族があり、それなりに同胞意識はあるが違いもはっきりとある。
まず魔法を得意とする「魔術師」のドーンエルフ。身体能力はそれほど高くないが頭が非常に柔らかく、個性的。見た目にも幅がある。『残雪溶かす朝の光』王国を運営する王家貴族も彼ら彼女らである。
次に狩猟を生業とする「狩人」のデイエルフ。運動能力、特に脚力全般が強くストイックな性格。ほぼ全員が黒髪で引き締まった体躯をしている。大多数が広大な国土の森林に分布して暮らしており、実は王国の人口というかエルフ口の大半を占めている。
三番目が地下からの来訪者「闇の住人」のナイトエルフ。過酷な大洞穴の生活で培った特殊な技術を誇り、癖が強い。藍色の肌と白い髪が特徴だ。総エルフ口は知らないが、アローズにはリストさん、クエンさん、レイさんの三名しかいない。
他にも別次元へ行き来できるダスクエルフや海の住人ディープエルフがいるらしいが、前者はステフしか知らないし後者はまだ見た事もない。
とまあ以上の様に密かに意外とバリエーション豊かな面々を揃えるエルフという種族において、その種族代表チームであるアローズの屋台骨を支えてきたのは間違いなくデイエルフであった。
身体能力とサッカードウの親和性、闘争心、そして何よりも単純なその数においてアローズはデイエルフのチームと言っても過言ではなく、サッカードウのスタイルも過ごしてきた栄光と挫折の日々も彼女らのモノ……と考える奴らがいても、仕方ないと言えるかもしれなかった。
いくつかの食品が乗ったトレイを持って俺の席に来たナリンさんは大きく目を見開いて驚きの声をあげた。
「いや、食欲ないんで」
「駄目ですよ。せめて固形物を口にして下さい」
ナリンさんはそう言いながら並んだ自分の朝食の中からプティングの様なモノを選んで俺の前に置く。
「いやマジで無理なんで」
「食べて下さい」
ナリンさんは朝でも決して寝ぼけたりはしない、目鼻の筋が整った美しい顔にモノを言わせて迫る。
あんたは俺のオカンか!? と言いたい所だが彼女は事実、俺の個人マネージャーとしても契約しているので、こちらの体調管理も仕事の一環なのだ。
「じゃあせめて代わりに俺のコーヒー……ブルマンを飲んで下さい。ちょっとだけ口をつけてしまったけど」
俺は苦手な野菜を食べるよう強いられた子供が母親に向けて交渉するように、ブルマンのカップをナリンさんの方へ押しやった。
「あの、自分が飲んで良いのですか!?」
「はい。えっと……うん、そんなに冷めていないと思います」
俺は左手でマグカップを押さえ温度を確認しつつ、右手でテーブルクロスを使って俺の口が触れた部分を軽く拭った。
「あっ」
「はい?」
「いえ、何でもないです。それよりこちらの文書に目を通して頂きたいのですが……」
何故かナリンさんの美貌の圧が少し下がった気がしたが、次の瞬間にはファイルを取り出してきりっとした顔になっていた。
「これは?」
「(恐れていた事態が動き出しつつあるようです。目を覚ましている選手が少ない間に確認した方が良いかと)」
ナリンさんはそう囁くと最後に頂きます、と小さく言ってブルマンに手を伸ばした。
「(はあ)」
俺も小声でそう言って魔法の眼鏡をかけつつその文書に手を伸ばし、物々しい模様が描かれた表紙をめくった。
「(『デニス老公会』って何ですか?)」
「自分たちデイエルフの長老会であります」
ナリンさんの口調が変わり、彼女がエルフ語から日本語へ切り換えたのが分かった。俺も彼女の意図を汲んで、魔法の翻訳アミュレットを外す。
「長老会から? 何だろ?」
エルフの長老となったら平均年齢は幾つなんだろう? 後期高齢者どころか白亜紀高齢者だったりして。いや流石にそれはないか。
「……ん!?」
そんな馬鹿な事を考えながら読み始めていた俺は、長々しい前置きを越えて本題にさしかかった所で思わず声を出した。
「これって!?」
「はい。抗議文かつ要請書の様なものであります」
ナリンさんは非常に申し訳なさそうな声で応える。
「ふむふむ。由緒あるあるおエルフ代表の栄光を支えてきたのは我々デイエルフの面々ウイメンであって、近頃のあろーずとやらの活躍は悪くないことではあるけどドーンエルフや地下のエルフがのさばり過ぎる事はエルフのサッカードウ北海道にも良くない稚内ことなので、要はもっとデイエルフの選手を使え、と?」
俺がそうおどけて要約するとナリンさんはぷっ、と吹き出した。
「何でありますか、それ?」
「ふふ、クレーム対応のコツです。深刻になり過ぎない!」
俺はそう言って読み終えた文書を机の上に放った。これはもちろん、自分の心を守る為にコールセンター時代から密かにやってきた事の応用――お客様には内緒だよ!――だが、デイエルフであるナリンさんが板挟みになって苦しんでいそうなのを察して殊更におどけてみたのもある。
「もちろん、契約の上では全く従う必要はないのですありますが」
ナリンさんはブルマンを半分ほど一気に飲み、苦い顔になった。
「無視するには大き過ぎる存在なんですね? デニス老公会は?」
「はいであります……」
それからナリンさんはデイエルフとデニス老公会とその影響について語り、俺は脳内で様々な計算を始めた。
サッカーと人種問題、スポーツと政治問題は、あまり影響ないのが理想かもしれないが実際には切っても切れない関係である。
差別の強かった時代には人種毎に別のリーグで試合をしていたスポーツもあるし、国家が分裂した為に代表チームがバラバラになった旧ユーゴスラビアの様な例もある。
まあそちらについて専門家でもない俺がどうこう言える立場ではないし知識もないし、それにもう地球との繋がりもない。しかしアローズが直面する種族問題からは逃れようがなかった。
改めて前提として。エルフにもエルフの中に細かな種族があり、それなりに同胞意識はあるが違いもはっきりとある。
まず魔法を得意とする「魔術師」のドーンエルフ。身体能力はそれほど高くないが頭が非常に柔らかく、個性的。見た目にも幅がある。『残雪溶かす朝の光』王国を運営する王家貴族も彼ら彼女らである。
次に狩猟を生業とする「狩人」のデイエルフ。運動能力、特に脚力全般が強くストイックな性格。ほぼ全員が黒髪で引き締まった体躯をしている。大多数が広大な国土の森林に分布して暮らしており、実は王国の人口というかエルフ口の大半を占めている。
三番目が地下からの来訪者「闇の住人」のナイトエルフ。過酷な大洞穴の生活で培った特殊な技術を誇り、癖が強い。藍色の肌と白い髪が特徴だ。総エルフ口は知らないが、アローズにはリストさん、クエンさん、レイさんの三名しかいない。
他にも別次元へ行き来できるダスクエルフや海の住人ディープエルフがいるらしいが、前者はステフしか知らないし後者はまだ見た事もない。
とまあ以上の様に密かに意外とバリエーション豊かな面々を揃えるエルフという種族において、その種族代表チームであるアローズの屋台骨を支えてきたのは間違いなくデイエルフであった。
身体能力とサッカードウの親和性、闘争心、そして何よりも単純なその数においてアローズはデイエルフのチームと言っても過言ではなく、サッカードウのスタイルも過ごしてきた栄光と挫折の日々も彼女らのモノ……と考える奴らがいても、仕方ないと言えるかもしれなかった。
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