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第十九章
アメリカンモーニング
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暖かいコーヒーの香りに鼻をくすぐられ俺は目を覚ました。周囲はまだ暗く静かに振動しており、しばらく自分が誰でどこにいるのか分からなくなる。
「グッモーニン、ショー! 濃い目に淹れたこちらをどーぞー!」
その言葉と共に明かりが付き、白い湯気を立てる黒い液体が入ったマグカップが俺の前に差し出される。
「あ、どうもありがとうございます……ツンカさん?」
「アハン? 何か注文はある?」
目の焦点が合ってきて、前に立っているのがツンカさん――ご丁寧にアメリカンダイナーのウエイトレスの様なエプロンとドレスを身にまとい手にメモ帳を持っている――である事が分かった。
「何があるんですか?」
そう言いながら彼女の後方を見渡す。何名かのエルフが既に椅子の背を元に戻し、パンや果物の朝食を口にしている。
そうか、ここはスワッグステップの馬車の中で……俺達は次のゴブリン戦の舞台、ウォルスへ向けて移動している最中だった。
「エッグにポテトにブレッド。フルーツもオーケーよ?」
ツンカさんはウインクしながらそう告げる。ノリが良く左右のサイドをこなせる彼女はメイクのしっかりした派手目の顔と布面積少ない原色の衣服を好み、これまたアカリさんやブヒキュアの様にギャルっぽくもあるのだが、ギャルはギャルでもカリフォルニアガールと言うとかボーン・イン・USAな感じのするギャルである。
今の俺は翻訳のアミュレットを通して彼女の言葉を聞いている状態だが、実際のツンカさんはどんな言葉を話しているのだろう? と思いながら俺はずずず、とコーヒーを啜った。
「じゃあトーストとフルーツジュースと、スクランブルエッグなんかできるんすか?」
永らく炒り卵みたいな料理を喰ってないよなあ、と思いながら脳裏に浮かんだ潰された玉子をごちゃ混ぜにするイメージで、ある疑問にたどり着く。
「フンフン、トースト&スクランブルエッグにジュース……」
「あの、ツンカさん?」
「ホワット?」
「このコーヒーめいた液体は……」
俺がメモを取るツンカさんにおそるおそる質問すると、彼女はずっと浮かべていた笑顔をさらに明るくして口を開く。
「エクセレント! よく気づいたね、ショー! これはユア・ハニー、レイから預かったブルマンね!」
「愚っ!」
俺は目に涙を貯めながら、胃から込み上げるモノを必死に押し留めた。
「オウ? 旅先でもブルマンを楽しめるよう、私に預けたハニーの想いに思わず涙って感じ? 妬けるね!」
否定しなければいけない事は幾つもあった。レイさんはハニーではないし涙は嘔吐を堪える為のものだし。だが俺にそんな余裕は無かった。
なぜならブルマンというこのコーヒーめいた飲み物は――見た目も味も香りもかなりコーヒーっぽい。だがぽいだけでコーヒーではない――ブルマン蟲という虫をすり潰して飲料にした代物なのだ。あの、ナイトエルフ達の住む大洞穴に生息する、黒光りして大量にワサワサと固まってカサカサ動く地球のアレに似たブルマン蟲を、だ。
もし普通の地球人がアレを口にしてしまったら? 気が狂うか逆に気を失うか……後者の方がまだ幸せかもしれない。いや全く同一の虫という訳ではないっぽいけどさ。
ともかく。何故かこの世界の住人、ナイトエルフはそれを喜んで飲む。ステフやナリンさんも平気で飲んでいた。レイさんの父親はそれを出す漫画喫茶を経営していたくらいだ。
「ツンカさん、さっきの注文キャンセルであっさり味のフルーツジュースだけに変更して貰えますか?」
「ンフ? オーケー」
ツンカさんはやや眉を上げながら応え、メモを修正している様だった。普段の彼女はあまり悩まないと言うか深く考えない性格で、今の様に何を言っても疑問に思わず従ってくれるし、俺が持ち込んだ――この世界基準では――ユニークなトレーニングにも迷わず取り組んでくれている。
例の『デス90』練習後、警備員のロボさんから清掃員のデイソンさんまで名前をきっちりと覚え、気軽に呼び合う仲になった選手第一位も彼女であった。
そこはありがたいのだが……プレーの方ではもう少し工夫が必要で、それがスタメンの選手達との差になっているのも事実だ。
今回の面談ではその点についても話さないといけないな。
「あと何でやってるか知りませんが、ホール業務ありがとうございます。終わったら少し話があるのでまたここに来て貰えますか?」
「オフコーズ! そんなに待たせないからね!」
ツンカさんは笑顔でそう返事すると、ぷりっぷりっ、という擬音が聞こえそうな腰の振り方をしつつ俺の前を去っていった。
「エルフがどこであんな歩き方を覚えるんだ?」
と思ったが尻を凝視している所が他のエルフに見つかるとマズい。まだ朝で部屋も薄暗いとは言え彼女達はエルフなのだ、視力と聴力の良さは俺の想像の遙か上をいく。
俺は柔軟運動の為に身体を動かしてますよー? という雰囲気を出しながら体を捻り、朝食と面談に備える事にした。
「グッモーニン、ショー! 濃い目に淹れたこちらをどーぞー!」
その言葉と共に明かりが付き、白い湯気を立てる黒い液体が入ったマグカップが俺の前に差し出される。
「あ、どうもありがとうございます……ツンカさん?」
「アハン? 何か注文はある?」
目の焦点が合ってきて、前に立っているのがツンカさん――ご丁寧にアメリカンダイナーのウエイトレスの様なエプロンとドレスを身にまとい手にメモ帳を持っている――である事が分かった。
「何があるんですか?」
そう言いながら彼女の後方を見渡す。何名かのエルフが既に椅子の背を元に戻し、パンや果物の朝食を口にしている。
そうか、ここはスワッグステップの馬車の中で……俺達は次のゴブリン戦の舞台、ウォルスへ向けて移動している最中だった。
「エッグにポテトにブレッド。フルーツもオーケーよ?」
ツンカさんはウインクしながらそう告げる。ノリが良く左右のサイドをこなせる彼女はメイクのしっかりした派手目の顔と布面積少ない原色の衣服を好み、これまたアカリさんやブヒキュアの様にギャルっぽくもあるのだが、ギャルはギャルでもカリフォルニアガールと言うとかボーン・イン・USAな感じのするギャルである。
今の俺は翻訳のアミュレットを通して彼女の言葉を聞いている状態だが、実際のツンカさんはどんな言葉を話しているのだろう? と思いながら俺はずずず、とコーヒーを啜った。
「じゃあトーストとフルーツジュースと、スクランブルエッグなんかできるんすか?」
永らく炒り卵みたいな料理を喰ってないよなあ、と思いながら脳裏に浮かんだ潰された玉子をごちゃ混ぜにするイメージで、ある疑問にたどり着く。
「フンフン、トースト&スクランブルエッグにジュース……」
「あの、ツンカさん?」
「ホワット?」
「このコーヒーめいた液体は……」
俺がメモを取るツンカさんにおそるおそる質問すると、彼女はずっと浮かべていた笑顔をさらに明るくして口を開く。
「エクセレント! よく気づいたね、ショー! これはユア・ハニー、レイから預かったブルマンね!」
「愚っ!」
俺は目に涙を貯めながら、胃から込み上げるモノを必死に押し留めた。
「オウ? 旅先でもブルマンを楽しめるよう、私に預けたハニーの想いに思わず涙って感じ? 妬けるね!」
否定しなければいけない事は幾つもあった。レイさんはハニーではないし涙は嘔吐を堪える為のものだし。だが俺にそんな余裕は無かった。
なぜならブルマンというこのコーヒーめいた飲み物は――見た目も味も香りもかなりコーヒーっぽい。だがぽいだけでコーヒーではない――ブルマン蟲という虫をすり潰して飲料にした代物なのだ。あの、ナイトエルフ達の住む大洞穴に生息する、黒光りして大量にワサワサと固まってカサカサ動く地球のアレに似たブルマン蟲を、だ。
もし普通の地球人がアレを口にしてしまったら? 気が狂うか逆に気を失うか……後者の方がまだ幸せかもしれない。いや全く同一の虫という訳ではないっぽいけどさ。
ともかく。何故かこの世界の住人、ナイトエルフはそれを喜んで飲む。ステフやナリンさんも平気で飲んでいた。レイさんの父親はそれを出す漫画喫茶を経営していたくらいだ。
「ツンカさん、さっきの注文キャンセルであっさり味のフルーツジュースだけに変更して貰えますか?」
「ンフ? オーケー」
ツンカさんはやや眉を上げながら応え、メモを修正している様だった。普段の彼女はあまり悩まないと言うか深く考えない性格で、今の様に何を言っても疑問に思わず従ってくれるし、俺が持ち込んだ――この世界基準では――ユニークなトレーニングにも迷わず取り組んでくれている。
例の『デス90』練習後、警備員のロボさんから清掃員のデイソンさんまで名前をきっちりと覚え、気軽に呼び合う仲になった選手第一位も彼女であった。
そこはありがたいのだが……プレーの方ではもう少し工夫が必要で、それがスタメンの選手達との差になっているのも事実だ。
今回の面談ではその点についても話さないといけないな。
「あと何でやってるか知りませんが、ホール業務ありがとうございます。終わったら少し話があるのでまたここに来て貰えますか?」
「オフコーズ! そんなに待たせないからね!」
ツンカさんは笑顔でそう返事すると、ぷりっぷりっ、という擬音が聞こえそうな腰の振り方をしつつ俺の前を去っていった。
「エルフがどこであんな歩き方を覚えるんだ?」
と思ったが尻を凝視している所が他のエルフに見つかるとマズい。まだ朝で部屋も薄暗いとは言え彼女達はエルフなのだ、視力と聴力の良さは俺の想像の遙か上をいく。
俺は柔軟運動の為に身体を動かしてますよー? という雰囲気を出しながら体を捻り、朝食と面談に備える事にした。
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