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第十八章
少林サッカーの実情
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エルフ代表9番、ポイントゲッターにして退場王。それが昨シーズンまでのタッキさんだった。
別に悪質な反則を繰り返す訳ではない。ただ本業がモンクであるだけに、たまに鍛え上げられた手足や頭が凶器として牙を剥くだけなのだ。
いや記録を見たらたまにというか、まあまあの頻度で。肩同士のチャージで相手が肩を外す、ヘディングの競り合いで頭をぶつけ合って相手だけ意識を失う、シュート後の振り足に相手DFがスライディングで突っ込む吹き飛ばされる……。
昨シーズン終盤のトロール戦でも果敢にオーバーヘッドシュートを試み見事にDFの顔面を粉砕している。相手がトロールだから良かったものの、かなりの大惨事だった様だ。
因みにその時のレッドカードで後日に審査委員会が開かれ――イエローカードを二枚貰って、ではなく一発でレッドカードが出た場合は、必ず委員会で原因となった反則を審査し、その悪質さや影響を考慮して処罰が決定される事になっている――追加の出場停止試合(3試合追加で計4試合)とその措置がシーズンを跨ぐ事も決定。最終節のミノタウロス戦はもちろん今シーズン序盤のオーク戦とガンス戦も欠場していたので、ここまでほぼチームに組み込めなかった。彼女はその間、寺院に戻って『面壁』という壁に向かって座禅する修行と言うか反省をしていたそうな。
そんなタッキさんではあるがストライカーとして優秀なのも事実であった。その寺院で鍛えた身体と技術で予測不可能なプレイを連発し試合ではゴールを量産。エルフにしてはややボール扱いが不得手でタッチ数が増えると怪しくなるが、鋭い嗅覚とどんな当たりにも動じない強さでゴール前へ飛び込み得点を上げる。
ただ……繰り返すが反則が多い。
「出れば得点かレッドカード」
という扱い辛さは清く正しいサッカードウを目指すアローズとの相性も悪く、背番号9を与えられるという期待と安定してスタメンでは使われないという不遇の両方を味わってきた。
果たして今シーズンはどうなるか? と言った所だが……幸先はあまり良くないかもしれないなあ。
「まああの肘も、自分の制空権を確保しただけでタッキさんは悪くないし」
「どうしたのショーキチ? 性感帯を暴露したいって?」
タッキさんの弁護を呟く俺に話しかけてきたのはルーナさんだ。しかしまあなんちゅう聞き間違いを!
「性感帯ちゃうわ制空権やわ! しかも暴露なんかするかい!」
俺がそう突っ込むとルーナさんはおかしそうにくくくと笑った。
「何がおかしいんだよ」
「いや、少しは余裕でた? さっきはせっぱ詰まってたみたいだけど?」
ルーナさんに言われ少し悩んで、俺は思い当たった。
「あ……さっきの罵声、聞こえてた?」
「うん。ショーキチも焦って喚くことあるんだなーって」
しまった失念してた。ナリンさんだけじゃなくて、ルーナさんも日本語分かるんだった。なにせ彼女はあのクラマさんの娘だもんな。
「あの、みんなには黙ってて……」
「うん。ショーキチが卑猥な言葉を叫んでた、て言っておく」
「いや言ってへんし!」
俺は慌てて訂正を求めたが、選手交代も行われそろそろ試合が再開しそうだった。
「じゃあ行くね」
「あ、ルーナさん待って!」
俺は自分のポジションへ戻ろうとするルーナさんを呼び止めた。
「なに?」
「本当はゴブリン戦まで温存するつもりだったけど、ごめん」
「別にいいよ。ショーキチがいろいろ手を回してくれたから、いつもより楽だったし」
具体的に口にするのははばかられるが、これは例の女の子の日絡みの事だ。
「そう言って貰えると助かるけど……無理はしないで」
『だめ。ショーキチの為なら無理したくなっちゃった』
「え? なに?」
ルーナさんは急にエルフ語に切り換えて何か言った。
「なんでもない。とりあえず、追いつくよ」
「うん? ああ……」
去る彼女に曖昧な返事を返すしかできない。何せまだ1点負けている。この苦境を打破するには個人の質でサイドを制圧するしかなく、それにはルーナさんの力が必要だ。
「ルーナがどうかしたでありますか?」
そこへ、タッキさんへのアドバイスを終えたナリンさんがやってきた。
「いいえ、特におかしな事は。それよりタッキさんはどうです?」
「反省していました。ただ我々も『前の様に足を高く上げてファウルを貰わないように』と言い過ぎていたかもであります……」
ナリンさんが肩を落として言う。うん確かに『○○するな!』って言うタイプの注意をするとそれだけ注意して他が疎かになるとか、逆にそれをしてしまうとかあるよね。こっちも悪かった。
『肩を落としている暇はないぞ! 残り時間は僅かじゃ!』
そこへジノリコーチがやってきて、俺たちの手を引っ張る。
「我々が落ち込んでどうする? とジノリコーチは言っているであります。その時間が勿体ないと」
「それもそうだ。出来ることを考えましょう!」
ナリンさんの通訳を聞いて俺は頷いた。確かに、反省なんて試合の後でやれば良いしな!
『ダリオとタッキの位置は逆じゃな。あとガニアにもっと広がらせて……』
手を引きながらもジノリコーチはブツブツと何かを言っている。彼女は多少、追い詰められても全く諦めていない。これが不屈のドワーフ魂ってやつか。
「一つか二つはまだチャンスがあるか?」
俺は脳内の秘策を幾つか吟味しながらテクニカルエリアへ向かった。
別に悪質な反則を繰り返す訳ではない。ただ本業がモンクであるだけに、たまに鍛え上げられた手足や頭が凶器として牙を剥くだけなのだ。
いや記録を見たらたまにというか、まあまあの頻度で。肩同士のチャージで相手が肩を外す、ヘディングの競り合いで頭をぶつけ合って相手だけ意識を失う、シュート後の振り足に相手DFがスライディングで突っ込む吹き飛ばされる……。
昨シーズン終盤のトロール戦でも果敢にオーバーヘッドシュートを試み見事にDFの顔面を粉砕している。相手がトロールだから良かったものの、かなりの大惨事だった様だ。
因みにその時のレッドカードで後日に審査委員会が開かれ――イエローカードを二枚貰って、ではなく一発でレッドカードが出た場合は、必ず委員会で原因となった反則を審査し、その悪質さや影響を考慮して処罰が決定される事になっている――追加の出場停止試合(3試合追加で計4試合)とその措置がシーズンを跨ぐ事も決定。最終節のミノタウロス戦はもちろん今シーズン序盤のオーク戦とガンス戦も欠場していたので、ここまでほぼチームに組み込めなかった。彼女はその間、寺院に戻って『面壁』という壁に向かって座禅する修行と言うか反省をしていたそうな。
そんなタッキさんではあるがストライカーとして優秀なのも事実であった。その寺院で鍛えた身体と技術で予測不可能なプレイを連発し試合ではゴールを量産。エルフにしてはややボール扱いが不得手でタッチ数が増えると怪しくなるが、鋭い嗅覚とどんな当たりにも動じない強さでゴール前へ飛び込み得点を上げる。
ただ……繰り返すが反則が多い。
「出れば得点かレッドカード」
という扱い辛さは清く正しいサッカードウを目指すアローズとの相性も悪く、背番号9を与えられるという期待と安定してスタメンでは使われないという不遇の両方を味わってきた。
果たして今シーズンはどうなるか? と言った所だが……幸先はあまり良くないかもしれないなあ。
「まああの肘も、自分の制空権を確保しただけでタッキさんは悪くないし」
「どうしたのショーキチ? 性感帯を暴露したいって?」
タッキさんの弁護を呟く俺に話しかけてきたのはルーナさんだ。しかしまあなんちゅう聞き間違いを!
「性感帯ちゃうわ制空権やわ! しかも暴露なんかするかい!」
俺がそう突っ込むとルーナさんはおかしそうにくくくと笑った。
「何がおかしいんだよ」
「いや、少しは余裕でた? さっきはせっぱ詰まってたみたいだけど?」
ルーナさんに言われ少し悩んで、俺は思い当たった。
「あ……さっきの罵声、聞こえてた?」
「うん。ショーキチも焦って喚くことあるんだなーって」
しまった失念してた。ナリンさんだけじゃなくて、ルーナさんも日本語分かるんだった。なにせ彼女はあのクラマさんの娘だもんな。
「あの、みんなには黙ってて……」
「うん。ショーキチが卑猥な言葉を叫んでた、て言っておく」
「いや言ってへんし!」
俺は慌てて訂正を求めたが、選手交代も行われそろそろ試合が再開しそうだった。
「じゃあ行くね」
「あ、ルーナさん待って!」
俺は自分のポジションへ戻ろうとするルーナさんを呼び止めた。
「なに?」
「本当はゴブリン戦まで温存するつもりだったけど、ごめん」
「別にいいよ。ショーキチがいろいろ手を回してくれたから、いつもより楽だったし」
具体的に口にするのははばかられるが、これは例の女の子の日絡みの事だ。
「そう言って貰えると助かるけど……無理はしないで」
『だめ。ショーキチの為なら無理したくなっちゃった』
「え? なに?」
ルーナさんは急にエルフ語に切り換えて何か言った。
「なんでもない。とりあえず、追いつくよ」
「うん? ああ……」
去る彼女に曖昧な返事を返すしかできない。何せまだ1点負けている。この苦境を打破するには個人の質でサイドを制圧するしかなく、それにはルーナさんの力が必要だ。
「ルーナがどうかしたでありますか?」
そこへ、タッキさんへのアドバイスを終えたナリンさんがやってきた。
「いいえ、特におかしな事は。それよりタッキさんはどうです?」
「反省していました。ただ我々も『前の様に足を高く上げてファウルを貰わないように』と言い過ぎていたかもであります……」
ナリンさんが肩を落として言う。うん確かに『○○するな!』って言うタイプの注意をするとそれだけ注意して他が疎かになるとか、逆にそれをしてしまうとかあるよね。こっちも悪かった。
『肩を落としている暇はないぞ! 残り時間は僅かじゃ!』
そこへジノリコーチがやってきて、俺たちの手を引っ張る。
「我々が落ち込んでどうする? とジノリコーチは言っているであります。その時間が勿体ないと」
「それもそうだ。出来ることを考えましょう!」
ナリンさんの通訳を聞いて俺は頷いた。確かに、反省なんて試合の後でやれば良いしな!
『ダリオとタッキの位置は逆じゃな。あとガニアにもっと広がらせて……』
手を引きながらもジノリコーチはブツブツと何かを言っている。彼女は多少、追い詰められても全く諦めていない。これが不屈のドワーフ魂ってやつか。
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