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第十七章
目を掛ける相手
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その発生源はスタンド上部にいるインセクターの女王、ボクシーさんに間違いなかった。
「(うわっ、めっちゃこっち見てるやん……)」
心の中で思わず素に戻る。それ位、昆虫の女王から視線を向けられる間隔は強烈だった。
「(ううっ……そちらこそ巣にお戻りください……)」
ちょっと上手いこと言ってみたが、変な感覚は消えない。実の所、VIP席に登場なされた頃から――緊張で心の中なのに変な敬語になってまうやんけ!――彼女の存在を認識はしていた。していだのがだ、卵で膨らんでブヨブヨ動く巨大な昆虫の腹部に上半身裸の人間女性が生えている、という情報量過多なお姿を直視する勇気が無かったのだ。
「(いやくそ、負けてたまるか! 南無三!)」
しかしまあ、指揮官が度胸勝負で引けをとってはいけない。俺は短くお経を唱えて――度胸勝負と読経をかけた訳だね!――ボクシー女王の方を見上げた。
俺を見下ろす彼女の眼は……その眼は意外なほど暖かく優し気だった。感情の薄いインセクター達を従える支配者でもなく、対戦相手を見極める勝負師でもない。大きすぎる黒目は確かに怖いが、暗闇というよりは星の多い夜空を眺めているような妙な安心感があった。
「で、君は何をされてる方なの?」
そりゃ女王でインセクターの統治をしているのだろう。だがそれ以外の何かを感じて、俺の中の和田ア〇子さんが再び疑問を口にした。
「ピー!」
返答は女王からではなく、スタジアムの音響装置からだった。ウォーミングアップの終了を告げる合図の音だ。俺は釈然としない気持ちを抱えたままロッカールームへ向かった。
「それではショーキチ殿、お願いします。……ショーキチ殿?」
ナリンさんに呼びかけられてようやく俺は我に返った。
「はい。ええっと?」
気づけば俺はロッカールームの中にいて、選手コーチ陣と共に円陣を組んでいる。そうだ、ロッカーアウトの時間になって最後の声をかけるタイミングになっているのだ。
「おい、しっかりしろー」
「集中だよ、監督!」
ティアさんがツッコミを入れて笑いをとり、ユイノさんが心配するように声をかけてきた。本来ならばこちらが気をかけてあげないといけない二名、オーバーロードのキーウーマンとスタメンでは初出場なGKからこう言われるとはなんたる屈辱……!
「ごめん、今日の試合は考えることが多すぎて、あまり君たちの事を見れてなかった」
「え、ひどーい!」
「捨てられたー!」
アローズの面々から口々に罵倒の言葉が溢れる。とは言え事前のレクチャーで今日の相手は色々とシステムを変更してくる曲者で指揮官としては頭が痛い、という事は伝えてある。
「ええい、君たちが試合中に悩まないで良いように代わりに頭を使っているんだよ! フィールドでは深く考えず、自分たちのパッションを思う存分にぶつけてくれ。じゃあキャプテン」
何度か言っているが試合でモノを言うのは戦術や技術だけではない。気持ちが上回っている方が勝つ、という事は多々ある。まして相手は感情が見えないインセクターだ。最後に勝負を分けるのはそんな所かもしれない。
「よし、みんなー。監督もこう言ってる事だし、捨てられた女の情念、みせるよー!」
「「おおうー!」」
いや待ってシャマーさんそういう意味じゃない!
「3,2,1『浮気者ー!』ていくよ? じゃあ3,2,1……」
「「浮気者ー!」」
ナリンさんも含めて全員が楽しそうにそう叫び、次々とロッカールームを出て行く。
「はっはっは。気負いもなくて良い様子じゃな!」
呆然と立ち尽くす俺の耳元でジノリコーチが笑っていた。って耳元!?
「ジノリコーチ背が伸びた!? って何ですかその台?」
普段なら俺の半分やや少し上くらいのドワーフ幼女の頭が、俺と同じ高さにある。何処かから持ってきた台に乗る事によって、だ。
「いや、普通だったりザックコーチの肩車の上だったりしたら、円陣で肩が組めんからな! これを導入する事にしたんじゃ!」
ザックコーチは誇らしげに足下の台を踏みしめた。
「なるほど、考えたものですね」
「しかもこれを使えば試合中も、ザックコーチがアップの手伝いでいなくても高い目線でピッチを見れる。ほれ、持って行くのじゃ!」
俺はビシッ! とジノリコーチが指さす方向、俺の背後を見た。選手もスタッフも全員、出ていて誰もいない。
「もしかして……俺?」
「他に誰かおるか?」
「いや……あ、はい」
俺、監督の筈なんだけどなあ。だが愚痴を言っている間にも試合は始まってしまう。結局、俺は大きな箱を背負いながらコンコースの方へ進んでいく事になった。
「(うわっ、めっちゃこっち見てるやん……)」
心の中で思わず素に戻る。それ位、昆虫の女王から視線を向けられる間隔は強烈だった。
「(ううっ……そちらこそ巣にお戻りください……)」
ちょっと上手いこと言ってみたが、変な感覚は消えない。実の所、VIP席に登場なされた頃から――緊張で心の中なのに変な敬語になってまうやんけ!――彼女の存在を認識はしていた。していだのがだ、卵で膨らんでブヨブヨ動く巨大な昆虫の腹部に上半身裸の人間女性が生えている、という情報量過多なお姿を直視する勇気が無かったのだ。
「(いやくそ、負けてたまるか! 南無三!)」
しかしまあ、指揮官が度胸勝負で引けをとってはいけない。俺は短くお経を唱えて――度胸勝負と読経をかけた訳だね!――ボクシー女王の方を見上げた。
俺を見下ろす彼女の眼は……その眼は意外なほど暖かく優し気だった。感情の薄いインセクター達を従える支配者でもなく、対戦相手を見極める勝負師でもない。大きすぎる黒目は確かに怖いが、暗闇というよりは星の多い夜空を眺めているような妙な安心感があった。
「で、君は何をされてる方なの?」
そりゃ女王でインセクターの統治をしているのだろう。だがそれ以外の何かを感じて、俺の中の和田ア〇子さんが再び疑問を口にした。
「ピー!」
返答は女王からではなく、スタジアムの音響装置からだった。ウォーミングアップの終了を告げる合図の音だ。俺は釈然としない気持ちを抱えたままロッカールームへ向かった。
「それではショーキチ殿、お願いします。……ショーキチ殿?」
ナリンさんに呼びかけられてようやく俺は我に返った。
「はい。ええっと?」
気づけば俺はロッカールームの中にいて、選手コーチ陣と共に円陣を組んでいる。そうだ、ロッカーアウトの時間になって最後の声をかけるタイミングになっているのだ。
「おい、しっかりしろー」
「集中だよ、監督!」
ティアさんがツッコミを入れて笑いをとり、ユイノさんが心配するように声をかけてきた。本来ならばこちらが気をかけてあげないといけない二名、オーバーロードのキーウーマンとスタメンでは初出場なGKからこう言われるとはなんたる屈辱……!
「ごめん、今日の試合は考えることが多すぎて、あまり君たちの事を見れてなかった」
「え、ひどーい!」
「捨てられたー!」
アローズの面々から口々に罵倒の言葉が溢れる。とは言え事前のレクチャーで今日の相手は色々とシステムを変更してくる曲者で指揮官としては頭が痛い、という事は伝えてある。
「ええい、君たちが試合中に悩まないで良いように代わりに頭を使っているんだよ! フィールドでは深く考えず、自分たちのパッションを思う存分にぶつけてくれ。じゃあキャプテン」
何度か言っているが試合でモノを言うのは戦術や技術だけではない。気持ちが上回っている方が勝つ、という事は多々ある。まして相手は感情が見えないインセクターだ。最後に勝負を分けるのはそんな所かもしれない。
「よし、みんなー。監督もこう言ってる事だし、捨てられた女の情念、みせるよー!」
「「おおうー!」」
いや待ってシャマーさんそういう意味じゃない!
「3,2,1『浮気者ー!』ていくよ? じゃあ3,2,1……」
「「浮気者ー!」」
ナリンさんも含めて全員が楽しそうにそう叫び、次々とロッカールームを出て行く。
「はっはっは。気負いもなくて良い様子じゃな!」
呆然と立ち尽くす俺の耳元でジノリコーチが笑っていた。って耳元!?
「ジノリコーチ背が伸びた!? って何ですかその台?」
普段なら俺の半分やや少し上くらいのドワーフ幼女の頭が、俺と同じ高さにある。何処かから持ってきた台に乗る事によって、だ。
「いや、普通だったりザックコーチの肩車の上だったりしたら、円陣で肩が組めんからな! これを導入する事にしたんじゃ!」
ザックコーチは誇らしげに足下の台を踏みしめた。
「なるほど、考えたものですね」
「しかもこれを使えば試合中も、ザックコーチがアップの手伝いでいなくても高い目線でピッチを見れる。ほれ、持って行くのじゃ!」
俺はビシッ! とジノリコーチが指さす方向、俺の背後を見た。選手もスタッフも全員、出ていて誰もいない。
「もしかして……俺?」
「他に誰かおるか?」
「いや……あ、はい」
俺、監督の筈なんだけどなあ。だが愚痴を言っている間にも試合は始まってしまう。結局、俺は大きな箱を背負いながらコンコースの方へ進んでいく事になった。
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