289 / 647
第十六章
叶えた夢と叶えたい夢
しおりを挟む「確かに。みんな『何処何処へ行くんだ~』とか『何をして遊んであげようかな~』とか楽しそうだもんね」
ユイノさんが同調するように言う。なんと、もう話が伝わっているのか!? と思ったが居残り組にはユイノさん達と同じく自主練習で遅くまで残っている選手も多い。その場で聞いたのだろう。
「そうか。参加したい、てのならまたそういう機会を計画しようか?」
「いいえ、違うっす」
クエンさんは少し考え込んだ後、しゃがみ込み床に座る俺と目線を併せて続ける。
「監督とかチームに任せるんじゃなくて、自分たちで計画して自分たちの手を動かしてこういう事がしたいんす」
そう言いながら彼女は床のボールを拾い上げた。
「自分はヨミケでも貧しい所の出身で、子供の頃はこんな良いボールなんて蹴った事は無かったっす。でもサッカーがあったから道を踏み外さないで生きてこられたし、サッカーのプロにもなれたっす。だからずっとサッカーに恩返しがしたいと思っていたし、自分と同じ様な境遇の子供たちを助けたいと思っていたっす」
クエンさんは一度そこで口を止めると、ボールに書かれた文字を指でなぞった。
「普及部の活動はとても良い事で続けて欲しいっす。でもそれに乗っかって、チームや監督が用意してくれた仕事を遂行するだけでは、何というか……恩返しにならないっす!」
普段あまり自己主張をせずプライベートではリストさんを、試合では中盤の守備全般を支えるクエンさんが珍しく強い口調で言い切った。その事象に心で衝撃を受けつつも、頭では冷静に彼女の意図を図る。
「つまりボランティア活動をしたい、って事かな? しかも選手主導で有志を募って、て感じで」
「そう、それっす! ……駄目っすか?」
クエンさんは不安そうに訊ねる。なるほど、その視点は無かったなあ。なにせここは文明文化の違う異世界だし、社会インフラとかも違うし。
「駄目って事はないよ」
俺は彼女を安心させる為にひとまず応える。いやしかし、『義勇兵』というくくりで考えれば地球でもまあまあ昔からあるし、この世界のノトジアだって義勇兵が集まってできたような国だ。
そう言えばクエンさんも俺達と一緒にノトジアへ行っていたな。もしかしてそれも切っ掛けか?
「そんな事を考えていたんだ!? クーちゃん偉い!」
俺の事をまだ不安そうに見つめるクエンさんの頭を、ユイノさんが上から抱き締めた。
「ちょっとユイノ!」
「おーよちよち」
照れるクエンさんをユイノさんは容赦なくその豊かな胸に押しつける。ちなみにそのユイノさんを代表とするデイエルフ、ボランティアや貧民救護の精神は元から極めて高く、みなしご等は決して放っておかない……というのはまあ、俺の境遇を打ち明けた時などで知っての通り。
だからこそ普及部の活動に関しても敢えて『ボランティア』の面は強調せず、『サッカードウの普及』という面を強く打ち出していたのだが……クエンさんにはその辺りの事情は分からなくて当然か。
まあどちらにせよ重要なのはその点だけではない。大事なのは選手主体で、自分達で計画して手足を動かしたい、と言った部分である。
「分かった。稟議書とか企画書的なモノは出して欲しいけど、許可します! あ、その書類もあくまでもチェックや指導ではなくて把握の為だからね。あまり難しく考えず、自由な発想でプランを立てて仲間を募ってみて」
俺がそう言うとクエンさんとユイノさんは抱き合ったまましばらく見つめ合い……やがて状況を理解し飛び上がって喜んだ。
「やったぁ! ショーパイセンあざっす!」
「やったねクーちゃん!」
その風景を見て俺も思わず目尻が下がる。が、表情を崩す俺にクエンさんがおずおずと切り出した。
「早速ですけどショーパイセン、このボールのメッセージですけど……」
「ああ、選手に書いて貰って、サインもお願いした方が良いかな?」
相手のアイデアを先に言ってしまうのは良くないが、今回はさほど問題でもないだろう。
「そうっすね。だって何個かのメッセージ、『胸を抱き舐めるだ!』になってますし」
「えっ!? 嘘!?」
「あ、ほんとだぁー! ははは、おっかしー!」
ユイノさんは何の忖度もなく笑う。
「ちゃんと目コピーしたつもりだったのに……」
「うんうん、疲れで監督の素直な願望が出たんだと思うよ?」
「でも子供達にはちょっと早いっすねー。いや、年齢によっては遅いとも言えるっすか?」
ユイノさんが理解ある体でとんでもない事を言い、クエンさんが冷静に分析した。
「願望ちゃうわい!」
「もうもう無理しないで。私たちの仲じゃない? 素直にお願いしたら幾らでもこの胸を貸すのに」
「ちょっとユイノ!?」
ユイノさんのその言葉には流石にクエンさんも慌てて突っ込む。
「じゃあ……お願いしようかな……」
「はぁ!? ショーパイセンまじっすか!?」
「今日は取りあえずメッセージを書いたボールをチェックして、間違ってたら消す所まで手伝ってくれる?」
もう夜も遅いので書き直しまでは頼めないが、誤ったメッセージが記されたボールを残していくのも誰かが何か誤解しそうでマズい。
「はーい!」
「あ、そっちすか……了解っす!」
疲れている筈だがユイノさんクエンさんは嫌な顔一つせずに了承してくれた。
その後、ユイノさんがチェック、俺が仕分け、クエンさんが間違ったメッセージを消すという役割分担で速やかに作業が終了し、俺達は用具室を後にするのであった。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
名前を書くとお漏らしさせることが出来るノートを拾ったのでイジメてくる女子に復讐します。ついでにアイドルとかも漏らさせてやりたい放題します
カルラ アンジェリ
ファンタジー
平凡な高校生暁 大地は陰キャな性格も手伝って女子からイジメられていた。
そんな毎日に鬱憤が溜まっていたが相手が女子では暴力でやり返すことも出来ず苦しんでいた大地はある日一冊のノートを拾う。
それはお漏らしノートという物でこれに名前を書くと対象を自在にお漏らしさせることが出来るというのだ。
これを使い主人公はいじめっ子女子たちに復讐を開始する。
更にそれがきっかけで元からあったお漏らしフェチの素養は高まりアイドルも漏らさせていきやりたい放題することに。
ネット上ではこの怪事件が何らかの超常現象の力と話題になりそれを失禁王から略してシンと呼び一部から奉られることになる。
しかしその変態行為を許さない美少女名探偵が現れシンの正体を暴くことを誓い……
これはそんな一人の変態男と美少女名探偵の頭脳戦とお漏らしを楽しむ物語。
冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい
一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。
しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。
家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。
そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。
そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。
……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──
冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない
一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。
クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。
さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。
両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。
……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。
それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。
皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。
※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる