上 下
258 / 624
第十五章

試食隊の結成

しおりを挟む
「ユイノさん……それ全部、食べる気?」
「うん! やっぱ試合の後ってお腹が空くじゃない?」
「ユイノはウォーミングアップしかしてないでしょ!」
「そういうリーシャだって!」
「二人とも座って話しなさい」
 立ったまま口喧嘩を始めるGKとFWに、ナリンさんが着席を促した。
「色んな視察を兼ねて、明日のオーク代表のセンシャを見に行こうと思っているんだけどさ。メンバーが決まらないんだよね」
 監督って常にメンバー選考に頭を悩ませるんだよなあ、と愚痴っぽく言う。
「センシャ……行くんだ?」
「色んな視察ってなに?」
「オークのコックさんも来るんです。彼女たちの料理の腕前や、食堂で働く上での協調性なども確認する予定です」
 ナリンさんがそう説明すると、ユイノさんがぱぁ、と顔を輝かせて口を開いた。
「オークの多国籍料理! 良いな! 視察したい!」
「うーん。ユイノさん、何を食べても『すっごく美味しい!』しか言わないから参考にならないんだよなあ」
「え、ひどーい!」
 俺、ナリンさん、そしてこの幼馴染みコンビという4人はチームが揃う前から何度も一緒に食事した仲だ。あっと言う間にその時の空気になって気さくに言葉を交わす。
「でも屋台の数が結構あるそうなので、健啖家食いしん坊は必要かもしれませんよ?」
「でしょでしょ?」
 たった一枚の皿に少しの料理を載せただけの小食ナリンさんが助け船を出し、ユイノさんが嬉しそうに賛同した。
「ユイノさんやっぱ料理にしか目……というか口が行かないんじゃ? リーシャさんも何か言ってくださいよ」
 援護ツッコミを求めて俺はリーシャさんに話を向けた。
「センシャ……アタシも行きたい!」
 しかし、帰ってきたのは予想外の言葉だった。
「リーシャさんが……センシャを!?」
「試合の後、まだペイトーンと話してないから」
 そうだった。今日の試合ではリーシャさんはベンチ外――まあそれは逆アジジ作戦の為で今となってはそれがどれくらい効果あったかは疑問だが――だったのでペイトーン選手と話し合う時間や機会が無かったのだ。
「試合に勝ったからもう『リーシャちゃん』とは呼ばせない。そう約束したけど、腑に落ちないんだ。やっぱり直接対決して決めたい。だから会って、無効を告げたい」
 真面目過ぎる所が短所でもあり長所でもあるFWが力強く言った。
「そうか。じゃあリーシャさんとユイノさんで決定しよう」
「やったあ!」
 ユイノさんが歓声を上げてリーシャさんの手を握り上下にブンブンと振る。
「えっ? いいの?」
「その代わりと言ってはなんだけど、次に戦う時は実力でペイトーン選手を圧倒すること。アウェイだけどいけるね?」
「ええ! やるわ!」
 自分でお願いしておいて叶ったら意外そうなリーシャさんだったが、俺の問いに瞳に炎を燃やして言った。
 くぅ~熱いじゃねえか。俺はゴリゴリの文系ゲーマーだけど、こういうスポ魂モノのノリは大好物なんだよな!
「あとユイノさんも! 料理の食べ比べだけじゃなくて、料理人……料理オークの性格も見比べるんだよ?」
「おっけー! 大盛り頼みやすい感じか、夜食とかお願いできるタイプか、ばっちりチェックするね!」
「そこじゃないわよユイノ!」 
「そうよ! あとでコーチ陣が選手を見る時のチェックリストをこっそり教えるからそれを参考にしなさい」
 ユイノさんが分かってない感じの返事をし、リーシャさんが突っ込みナリンさんがフォローを入れた。ちょっと不安だがなんとかなるか。俺たちはこの体制でオークのセンシャを見学する事となった。

 翌日。俺たちは修理の終わったディードリット号に相乗りしリーブススタジアムへ乗り込んだ。二日連続、ホームスタジアムへ通うとは何か変な感じだ。
「あ、監督! ご苦労様です。今日の入り口はあちらです」
 顔馴染みの船着き場管理のエルフ男性がディードを繋留しつつ、センシャ会の入場口を指さす。ちなみに地球のスポーツ選手だとスタジアムの駐車場の何処へ停めるか? でジンクスがあったりするそうだが、俺には特にないのでいつも彼に任せていた。
「いよいよだな! 腹が鳴るな!」
「ほんと! 空きっ腹に船でフラフラの二乗だよ~」
 ゲートに近づくにつれて屋台の料理から漂う匂いが強くなり、ステフとユイノさんが期待と気合いの声を上げた。
「お二人とモウ、食べる順番を考えるのですよ?」
 その光景を朗らかに笑いながらラビンさんが助言する。今日は一応オフという体なので料理服でもユニフォームでもなく私服だ。女性らしい豊かな曲線の体を包む愛らしいピンクのワンピースに麦藁帽子。人妻というかザックコーチの奥さんなのが口惜しい。
「すみません。休みの日に出て頂いているのにその上、引率まで……」
 今日はステフ、ユイノさん、ラビンさんが先に出店を回って料理とコックさんを確認し、俺、ナリンさん、リーシャさんがセンシャをしているペイトーン選手やサンダー監督に挨拶をしてから遅れて合流、という予定になっていた。そして試食先鋒隊のメンツを見るに統率者は……ラビンさん以外にあり得なかった。
「いえいえ私、オークさんの食文化にモウ興味ありましたから!」
 ラビンさんは恐縮する俺にそう笑顔で答える。この気遣いできる性格に料理の腕前、あのプロポーション、そして旦那さんがザックコーチ……という事でチーム内にこの奥様のファンは多い。元選手でもあるので込み入った話もできるしヨガ教室は選手の母親陣――見た目で言えば俺と同世代に見えるのだが――にも好評だ。地球では『寮母さんを他のチームから引き抜く』みたいな事案もあるが、彼女はなんとしても保護しなければならない。
「そう言って貰えると助かります。俺たちもなるべく早く合流しますから!」
 その為にもよいコックさんを雇用してラビンさんの負担を下げないとな! 俺は心のなかで決意を新たにしながらゲートをくぐった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

今世ではあなたと結婚なんてお断りです!

水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。 正確には、夫とその愛人である私の親友に。 夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。 もう二度とあんな目に遭いたくない。 今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。 あなたの人生なんて知ったことではないけれど、 破滅するまで見守ってさしあげますわ!

魔王城のグルメハンター

しゃむしぇる
ファンタジー
 20XX年 正体不明のウイルスによって世界は恐慌状態に陥った。政府の打ち出した感染対策である大規模なロックダウンや人流制限により、職を失い世にあぶれる人々が溢れた。  主人公の瑞野 カオルもその一人だ。今まで働いていた飲食店が閉店し、職を探していた彼のもとに、強盗に遭いそうになっている老人と鉢合わせる。  その老人を助けたカオルは徐々に数奇な運命に巻き込まれていく。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

文太と真堂丸

だかずお
歴史・時代
これは、とある時代を生きた、信念を貫いた人間達の物語である。 その時代、国、人々は冷酷無比、恐ろしい怪物達を率いる大帝国と言う軍勢に支配されつつあった。 逆らう者など皆無、人々の心は絶望と言う名の闇に侵食されつつあった。 そんな時代に奇妙な縁の中、出会い、繋がっていく者達 お互いを大切な生命と認識する彼らは、絶望と言う名の巨大な闇に立ち向かう。 そこで待ち受けるのは、想像を絶するほどの恐怖、裏切り、愛する仲間の死、人間と言う心の闇 彼らは魂から抉り出される闇と立ち向かっていく。 これは人間と言う、己の心、精神、信念に向き合い、自らの魂である刀と共に、友情と愛に生きた人間達の、心震わす魂の物語である。 (現在こちらの作品の続きはAmazonでの販売、もしくは、Amazonの読み放題で読めるようになっています、Kindleアンリミテッド登録中の方は無料で読めるようになっているので是非見て下さい。Amazonのサイトにて、こちらのタイトルを検索して頂けると読める様になっています)

どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら

風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」 伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。 男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。 それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。 何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。 そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。 学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに! これで死なずにすむのでは!? ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ―― あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?

処理中です...