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第十三章
さくら・独唱ではない
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サポーターの応援を更に熱いモノにする。その片輪がチームからの働きかけ――スタジアムで流す音楽やDJのコール――であれば、もう片輪はサポーターの声やレスポンスだ。俺たちチームやスタジアムの運営者がどれだけ呼びかけても、肝心のお客様のリアクションとアクションが無ければその車は決して上手く走らない。
視察旅行の中で見た通りこの世界のサポーターは――或いは気取った言い方をすれば応援文化は――まだまだ未発達だ。ゴブリンの様にノリの良い奴らも、ハーピィの様にエンターテイメントに優れた奴らもいるにはいる。
だがその両方を併せ持ちしかも組織的に行うとなると、どの種族にも無理だった。ましてエルフのみなさんはやっぱり……上品で大人しい。しつこいがここまで言えば分かるだろう?
となるとやはりこちらである程度、補助する必要がある。例えばチャントや応援歌が自然発生するのを待つのではなくチーム公式で作成し、それを知っているサクラをサポーターの中に潜ませるとか。
うん、何というかモヤっとするよね。応援という神聖な行為を汚したみたいで。とは言え手段は選んでいられないし、地球にはコアなサポーターグループにアウェイの交通費やチケット代をこっそり渡すチームもあったらしいし、まあこれくらいなら……みたいな気持ちもある。
まあステフ曰く全然サッカードウに興味ない芸能人を無理矢理、みたいな形ではないらしいのでそれくらいは許容するしかあるまい……。
「もしかして作詞作曲もその辺りのエルフさんが?」
「ああ。アタシやティアにやらせるのは嫌なんだろ?」
嫌というか余計な仕事をこれ以上、彼女たちに与えたくないからなんだけど。
「ティアに任せると、スタジアムに来てくれたよい子のみんなには聞かせたくない歌詞の歌を作りそうですものね」
ナリンさんがしみじみとそう言った。うん、やっぱ嫌だな。因みに俺が「もし自分の為に歌われたら一番嫌な応援歌第一位」はかつてのセルビアの名選手、ミヤトビッチ選手の歌だ。
「ミヤテーミヤラー♪ おまえのピーだって俺たちはしゃぶってやる事ができるぜー♪」
てやつ。愛は感じるが、そんなのを何百人ものサポーターにスタジアムで熱唱されたら
「ごめんなさい、辞めて下さい」
となるだろう。
「やっぱり芸能界のエルフに任せて正解みたいだね」
「ふんだ! じゃあ監督紹介のナレーションにあることないこと書いてやる!」
「やめろ!」
俺は実際に原稿に何か書き付けようとするステフを必死に止めながら叫んだ。
その後、なんとか軌道修正して真面目な議題に戻り、スタジアムイベントでの様々な演出を話し合ってその日の会議は終わる事となった。
会議後、俺は一人で船を操って王都の方へ向かった。開幕戦へ向けての準備の進行状況や街の様子を視察する為だ。
あんな事故があった直後に船を使って? とスタッフ陣には驚かれたが、こういうのは恐怖の対象と中途半端に距離を取る方が長引くし、ビビると癖になるのである。なので実際に俺は過去の「下り坂ブレーキ我慢レース」で転倒して怪我をした二日後には自転車に乗っている。
とは言えスタッフ陣の心配の声はありがたかった。その様な親身な声を貰えたのはそれこそ小学生時代、両親が健在の頃以来かもしれなかったからだ。中でもナリンさんの助言には本当に真心を感じた。
しかし俺は同行を申し出る彼女を置いて都へ向かった。と言うのも今の俺は仮面の男で、一人なら「有名なアローズの監督」ではなくただの人として色んな場所を見て回れるのである。
一方ナリンさんは放っておいても美人で目立つし、ドワーフ戦の勝利で「謎の仮面美女コーチ」として実は人気になっている。そんな彼女を脇に従えた人間……となれば監督と一発でバレるだろう。
しかし「謎の仮面美女コーチ」てなんやろね? 顔分からへんやんけ!と心の中でツッコミつつ、俺はディードリット号をいつもの場所に係留して陸地へ上がった。
俺はスタジアム入りする時にアローズの船が通行する運河の畔を歩きながら周囲の様子を見た。時刻は昼を少し過ぎた辺り。遊歩道は石で綺麗に舗装されており木々の若葉が茂っている。散歩する親子や昼食後のお茶を楽しむ勤め人の風景に癒されるものを感じた。
開幕戦までまだ一週間以上ある、という状況で街の盛り上がりはまだまだそれほど……という感じだった。本来であれば道沿いに立てられる予定の選手個人応援用の幟――縦長の旗に選手の姿と応援メッセージと出資者の名前が描かれる広告だ。個人スポンサーでもお気軽に出せるようにお安くなっておりますぜ、へへへ――もまだ設置されておらず、それ用の土台だけが寂しく並んでいる。
今回の主な目的地はその道のずっと先にある。スタジアムに限らず巨大建築あるあるだが、その大きさで遠近感が狂う。まあまあ遠くにあるのにすぐそこに感じて歩いて近づいてみるとなかなか到着しないとか。
なので俺は現地の状況を少し見誤っていた。
視察旅行の中で見た通りこの世界のサポーターは――或いは気取った言い方をすれば応援文化は――まだまだ未発達だ。ゴブリンの様にノリの良い奴らも、ハーピィの様にエンターテイメントに優れた奴らもいるにはいる。
だがその両方を併せ持ちしかも組織的に行うとなると、どの種族にも無理だった。ましてエルフのみなさんはやっぱり……上品で大人しい。しつこいがここまで言えば分かるだろう?
となるとやはりこちらである程度、補助する必要がある。例えばチャントや応援歌が自然発生するのを待つのではなくチーム公式で作成し、それを知っているサクラをサポーターの中に潜ませるとか。
うん、何というかモヤっとするよね。応援という神聖な行為を汚したみたいで。とは言え手段は選んでいられないし、地球にはコアなサポーターグループにアウェイの交通費やチケット代をこっそり渡すチームもあったらしいし、まあこれくらいなら……みたいな気持ちもある。
まあステフ曰く全然サッカードウに興味ない芸能人を無理矢理、みたいな形ではないらしいのでそれくらいは許容するしかあるまい……。
「もしかして作詞作曲もその辺りのエルフさんが?」
「ああ。アタシやティアにやらせるのは嫌なんだろ?」
嫌というか余計な仕事をこれ以上、彼女たちに与えたくないからなんだけど。
「ティアに任せると、スタジアムに来てくれたよい子のみんなには聞かせたくない歌詞の歌を作りそうですものね」
ナリンさんがしみじみとそう言った。うん、やっぱ嫌だな。因みに俺が「もし自分の為に歌われたら一番嫌な応援歌第一位」はかつてのセルビアの名選手、ミヤトビッチ選手の歌だ。
「ミヤテーミヤラー♪ おまえのピーだって俺たちはしゃぶってやる事ができるぜー♪」
てやつ。愛は感じるが、そんなのを何百人ものサポーターにスタジアムで熱唱されたら
「ごめんなさい、辞めて下さい」
となるだろう。
「やっぱり芸能界のエルフに任せて正解みたいだね」
「ふんだ! じゃあ監督紹介のナレーションにあることないこと書いてやる!」
「やめろ!」
俺は実際に原稿に何か書き付けようとするステフを必死に止めながら叫んだ。
その後、なんとか軌道修正して真面目な議題に戻り、スタジアムイベントでの様々な演出を話し合ってその日の会議は終わる事となった。
会議後、俺は一人で船を操って王都の方へ向かった。開幕戦へ向けての準備の進行状況や街の様子を視察する為だ。
あんな事故があった直後に船を使って? とスタッフ陣には驚かれたが、こういうのは恐怖の対象と中途半端に距離を取る方が長引くし、ビビると癖になるのである。なので実際に俺は過去の「下り坂ブレーキ我慢レース」で転倒して怪我をした二日後には自転車に乗っている。
とは言えスタッフ陣の心配の声はありがたかった。その様な親身な声を貰えたのはそれこそ小学生時代、両親が健在の頃以来かもしれなかったからだ。中でもナリンさんの助言には本当に真心を感じた。
しかし俺は同行を申し出る彼女を置いて都へ向かった。と言うのも今の俺は仮面の男で、一人なら「有名なアローズの監督」ではなくただの人として色んな場所を見て回れるのである。
一方ナリンさんは放っておいても美人で目立つし、ドワーフ戦の勝利で「謎の仮面美女コーチ」として実は人気になっている。そんな彼女を脇に従えた人間……となれば監督と一発でバレるだろう。
しかし「謎の仮面美女コーチ」てなんやろね? 顔分からへんやんけ!と心の中でツッコミつつ、俺はディードリット号をいつもの場所に係留して陸地へ上がった。
俺はスタジアム入りする時にアローズの船が通行する運河の畔を歩きながら周囲の様子を見た。時刻は昼を少し過ぎた辺り。遊歩道は石で綺麗に舗装されており木々の若葉が茂っている。散歩する親子や昼食後のお茶を楽しむ勤め人の風景に癒されるものを感じた。
開幕戦までまだ一週間以上ある、という状況で街の盛り上がりはまだまだそれほど……という感じだった。本来であれば道沿いに立てられる予定の選手個人応援用の幟――縦長の旗に選手の姿と応援メッセージと出資者の名前が描かれる広告だ。個人スポンサーでもお気軽に出せるようにお安くなっておりますぜ、へへへ――もまだ設置されておらず、それ用の土台だけが寂しく並んでいる。
今回の主な目的地はその道のずっと先にある。スタジアムに限らず巨大建築あるあるだが、その大きさで遠近感が狂う。まあまあ遠くにあるのにすぐそこに感じて歩いて近づいてみるとなかなか到着しないとか。
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