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第十二章

策士策に溺れる

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 『逆アジジ作戦』。それがあの日『アチチな夜』という言葉で閃いて、俺がリーシャさんとシャマーさんに告げた作戦だった。
 事はこうだ。1990年~2000年代に活躍したイラン人で『アジジ』という名の選手がいた。彼はドイツの1FCケルンなどにも所属しアジア年間最優秀選手賞も受賞している名選手だが、俺たち日本人にとって最も印象的なのは1997年に日本と闘ったフランスW杯、アジア第三代表決定戦だ。
 当時、その小柄なFWはイラン代表攻撃陣のキーパーソンとして日本からも注目されていた。しかし決定戦前日の練習中に負傷し車椅子で練習を早退してしまう。
「これは負傷欠場か? そうなると日本代表はかなり有利だが!?」
とマスコミが騒ぎ立てた翌日。そこには元気一杯に走り回り、後半開始早々に得点まで決めてしまうアジジ選手の姿が! 
 これには関係者も苦笑い。あの負傷騒ぎはいわゆる三味線演技、陽動作戦だったのだ……。
 まあ実際はその作戦、日本代表側は普通に見破っていたとか、いや陽動作戦ではなく別の騒ぎを誤魔化す為だったとか諸説あるのだが。ともかく、リーシャさんの告白を聞いた俺はその逆をやることを思いついたのだ。
 つまり「出えへん出えへん……と思わせて出るんかい!」が本来のアジジ作戦。で、「出る出る……と思わせて出ないんか!」となるのが今回計画した逆アジジ作戦。
 リーシャさんを注目選手としてキックオフセレモニーに帯同させ、好調をアピール――いやまあ実際に好調だし――し、更に因縁の相手、大好きな兄リックさんと結婚し彼を奪い去ったペイトーン選手との対戦に燃えている、と明言して相手に警戒させた上で、出場選手から外す。見事なまでの肩透かしである。
 ただ難しいのはリスクとリターン、メリットとデメリットだ。失敗することは無いだろう。実際にリーシャさんはペイトーン選手に特別な感情を抱いているし、俺だってその辺のブラフはったりは得意な方だ。問題はマスコミやファンの期待を結果として大きく裏切ること、それで得るのがオーク代表のプランやモチベーションを少々損なうだけ……という収支計算の部分だ。
 メディアに関しては利用するのはお互い様だし、お詫びに何かネタを差し上げれば何とかなるだろう。問題はファンだ。『予想は裏切っても期待を裏切ってはいけない』とよく言うが、こういう形で裏切ってしまったらファンをどれくらい失うのか? それを取り戻すことはできるのか?
 更に言うとリターンの方。オーク代表のプランを壊すと言えば聞こえが良いが、失礼な言い方をすればもともと彼女らはさほどプランのあるチームではない。せいぜいリーシャさんとの対決に燃えるペイトーン選手がヤル気を失うか? くらいである。
 俺は作戦とその背景を説明した上で、キャプテンと当事者であるシャマーさんリーシャさんと相談した。そして答えは「それでもやる」だった。 
 事情があるとは言え自ら欠場を申し出たリーシャさんは、少しでもチームの役に立ちたいのだと言った。いま思えば自分につくファンの気質を知っているから、というのもあっただろう。どちらにせよ、俺は彼女のその意気に応えたいと思った。デメリットの件は……知恵を尽くしてなんとかするまでだ。
 因みにシャマーさんは「面白そうだから」の一言だった。ですよねー。
「(別に賭をしようがしまいが、逆アジジ作戦は決行ですよ?)」
「(それじゃあ私の関与しない試合で私の賭の結果が決まってしまうってこと?)」
「(それはまあそうですけど。仲間を信じましょうよ。ね?)」
 俺はそう言うとリーシャさんを伴ってサンダー監督とペイトーン選手の元へ戻った。
「リーシャさんもOKみたいです」
「ええ。でもその代わり、私が勝ったらもう二度と『リーシャちゃん』って呼ばないで。これから一生、『リーシャ様』よ!」
 リーシャさんはそう言って人差し指をペイトーン選手に突きつける。ええんか? それで。
「分かりました、ではそれで。頑張ります、頑張ってお義姉ちゃんと呼んで貰えるようにします!」
「ひゃっほう! 賭が成立したぞー!」
 ペイトーン選手が決意を込めて頷くと、サンダー監督は喜びの雄叫びを上げた。その大声に複数のメディア関係者が「何事だ?」と寄ってくる。
「聞いてくれ! ウチの悪ガキとエルフのエースが、開幕戦で呼び名を賭けて闘うんだ!」
 サンダー監督は集まってきた人々にそう喧伝し、徐々に喧噪が大きくなっていく。なんだか注目を集めて大事になりそうだな……と不安にもなるし、一方でまあ、これが本来の目的だよな? とも思う。
「ところで、選手だけで監督は賭をしないんですかブヒ?」
 そんな中、サンダー監督と仲の良さそうなオークの記者が唐突な話を振った。
「いや、別に俺たちは……」
「確かに、手下にやらせて親分が何も賭けないのも興ざめだな!」
 サンダー監督は例によって大声で俺の言葉をかき消して言う。
「では何を賭けます?」
「そうだなあ」
 おいおい勝手に話を進めるなよ! とツッコミたかったが、俺は俺の全身をジロジロと上から下へと眺めるサンダー監督の視線に妙な悪寒を感じて口が動かなかった。
「よし、こうしよう!」
 そこで彼女は再び手を叩くジェスチャーをして、とんでもない事を言った。
「ウチが勝ったら、ショーキチ監督の子種を頂こう!」

 こうして、開幕戦にリーシャさんの純情と俺の純潔が賭けられる事が決定してしまった……。

第十二章:完
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