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第十二章
しんこ……く? ん?
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「えええ!? それって……」
昔のエルフとオークの間で行われた戦争でペイトーン選手がリーシャさんのお兄さんを殺した……て事か?
「それって……」
俺は思わず言葉を失う。平和ボケした――と言うのはある意味、幸せな事でもある――日本人であった俺には分かり難い事ではあるが、この大陸において種族間闘争の戦乱が収まったのはたかだが50年ほど前でまだ多くの関係者も存命であり、様々な記憶も新しいところ、らしい。
大規模な和平交渉と補償が行われ互いに恨みっこ無し、とはなっている筈だがまだしこりは残っているのだろうし、ましてや長命なエルフにとっては昨日の様な出来事だ。その当事者同士の対決となると……。
「だからね。対オークの試合となると、私も冷静じゃいられないと思う。そうなると監督にもチームにも迷惑をかけるからさ。その試合だけは、メンバーから外して貰った方が良いかな? って」
リーシャさんは努めて冷静に言った。そうだよな、そうなるよな。
「うん、分かった。いや。分かったって言うのは嘘だな。俺は戦争とかに詳しくないから。でもリーシャさんの気持ちは最大限に尊重するよ。よく打ち明けてくれたね」
「え? いや、そんな大げさな話じゃ……」
リーシャさんは慌てて打ち消す様に両手を振った。
「ううん、難しくて、勇気のある決断だったと思う。尊敬するよ。リーシャさんはチームにとって大事な戦力だし、ここだけの話アーロンでのメディア向けの催しにも注目選手として連れて行くつもりだったけど、試合からもそれからも外す事にするよ」
「「ええっ!?」」
俺の言葉に両エルフから驚きの声が上がった。
「そんなに私を評価してくれていたの?」
「アーロンに連れて行くの、私じゃなかったの!?」
満更ではないリーシャさんに慌てた様子のシャマーさん。両者の表情は対照的だ。
「私だと思って色々、仕込みをしてたのにー!」
「一体、何の仕込みっすか! 向こうの手違いでホテルが一部屋しかとれてなくて『大人同士、密室、1日間。何も起きない筈がなく……』とかじゃないでしょうね!」
「…………」
俺はそう尋ねると、シャマーさんは黙って干し肉を千切り始めた。
「図星かい!」
「ふふっ……」
俺がツッコムとその様子を見てまたリーシャさんが笑った。
「いや笑い事じゃないですよ! 知らずに話が進んだら大変な事になっていましたよ……」
「まあ監督と同室ってなった時は私もリックの所へ行ってただろうけど」
リーシャさんは笑顔のままさらっと怖い事を言う。と言うか、え? お兄さんの所へ行くって……自ら命を絶ってお兄さんのいるあの世へって事!? やべ、俺、そこまでリーシャさんに嫌われていたのか……。流石にショックだな。
「夫婦水入らずの所へお邪魔するなんて、リーシャまだお兄ちゃん離れできないのー?」
「ふんだ! どうせ仮定の話でしょ!」
シャマーさんがそう言うとリーシャさんは少し気分を害したかのように反論した。
しかし夫婦水入らずって、まさかリックさんもその奥さんも亡くなってるのか!? それは本当に不幸というか……シャマーさんもデリカシー無さ過ぎじゃないか?
「あの、シャマーさん? ちょっとその言い方はどうかと思いますよ?」
「だって本当の事じゃん?」
シャマーさんは悪びれもせずにそう応える。マジかー。シャマーさん、常識外れな所もあるけど人情とかそういう部分はあるエルフだと思ってたんだけどな……。
「確かに夫婦水入らず、てのはもう違うかもね。リックとペイトーンが結婚して、もう2年ほど経つもん」
「まだ2年でしょ? 新婚みたいなものよ。まだまだ止まらないわよー」
新婚だと止まらないってシャマーさん何がだよ!? ってあれ? リーシャさんいま何て言った!?
「結婚って……待って下さいリーシャさん。リックさんとペイトーン選手は……ご夫婦なんですか?」
「そうよ。だってさっきそう言ったじゃない」
言うてへんわ! リーシャさんが言ったのは確か……『ペイトーン選手は私から実の兄、リックを奪い去った』だ。
……あーいや、これはまあ、ある意味では言うてるな。がっつり言うてしもてるな。
「(めっちゃ恥ずかしい勘違いして)……んな!」
「あれ? どうしたのショーちゃん?」
卓上に唯一残った犠牲者、チーズを細かく破壊する俺にシャマーさんが問いかける。
「別に……何でもないです」
「夫婦でする事、想像しちゃった? アチチな夜を想像して興奮しちゃった?」
「えっ! 監督そんな激しいプレイをするタイプ……やば」
「違います!」
俺は大声で否定したが、シャマーさんに加えてリーシャさんまでは悪ノリしてはやし立てる。
「ショーちゃんのびーすとー!」
「やるやるとは聞いてたけどまさかねー」
シャマーさんはともかくリーシャさんまでそんなノリになるとは意外だ。でもまあお兄さんの件で暗い気持ちでいられるよりはずっと良いし、『アチチな夜』というオッサンみたいな古い表現を聞いて、俺になんとなく閃くものがあった
「前言撤回します。メディア向けセレモニーにはリーシャさんを連れて行きましょう!」
「ええーっ!? 私にしておこーよー!」
「何よ、はやし立てた事の意趣返し? 意外と陰湿な性格してるわね」
シャマーさんとリーシャさんはそれぞれらしい反応を返したが、俺は立ち上がってまあまあ、と宥める手つきをした。
「陰湿な性格は否定しませんけどね。俺にちょっと思惑があるんですよ」
そして作戦の背景から説明を始めた……。
昔のエルフとオークの間で行われた戦争でペイトーン選手がリーシャさんのお兄さんを殺した……て事か?
「それって……」
俺は思わず言葉を失う。平和ボケした――と言うのはある意味、幸せな事でもある――日本人であった俺には分かり難い事ではあるが、この大陸において種族間闘争の戦乱が収まったのはたかだが50年ほど前でまだ多くの関係者も存命であり、様々な記憶も新しいところ、らしい。
大規模な和平交渉と補償が行われ互いに恨みっこ無し、とはなっている筈だがまだしこりは残っているのだろうし、ましてや長命なエルフにとっては昨日の様な出来事だ。その当事者同士の対決となると……。
「だからね。対オークの試合となると、私も冷静じゃいられないと思う。そうなると監督にもチームにも迷惑をかけるからさ。その試合だけは、メンバーから外して貰った方が良いかな? って」
リーシャさんは努めて冷静に言った。そうだよな、そうなるよな。
「うん、分かった。いや。分かったって言うのは嘘だな。俺は戦争とかに詳しくないから。でもリーシャさんの気持ちは最大限に尊重するよ。よく打ち明けてくれたね」
「え? いや、そんな大げさな話じゃ……」
リーシャさんは慌てて打ち消す様に両手を振った。
「ううん、難しくて、勇気のある決断だったと思う。尊敬するよ。リーシャさんはチームにとって大事な戦力だし、ここだけの話アーロンでのメディア向けの催しにも注目選手として連れて行くつもりだったけど、試合からもそれからも外す事にするよ」
「「ええっ!?」」
俺の言葉に両エルフから驚きの声が上がった。
「そんなに私を評価してくれていたの?」
「アーロンに連れて行くの、私じゃなかったの!?」
満更ではないリーシャさんに慌てた様子のシャマーさん。両者の表情は対照的だ。
「私だと思って色々、仕込みをしてたのにー!」
「一体、何の仕込みっすか! 向こうの手違いでホテルが一部屋しかとれてなくて『大人同士、密室、1日間。何も起きない筈がなく……』とかじゃないでしょうね!」
「…………」
俺はそう尋ねると、シャマーさんは黙って干し肉を千切り始めた。
「図星かい!」
「ふふっ……」
俺がツッコムとその様子を見てまたリーシャさんが笑った。
「いや笑い事じゃないですよ! 知らずに話が進んだら大変な事になっていましたよ……」
「まあ監督と同室ってなった時は私もリックの所へ行ってただろうけど」
リーシャさんは笑顔のままさらっと怖い事を言う。と言うか、え? お兄さんの所へ行くって……自ら命を絶ってお兄さんのいるあの世へって事!? やべ、俺、そこまでリーシャさんに嫌われていたのか……。流石にショックだな。
「夫婦水入らずの所へお邪魔するなんて、リーシャまだお兄ちゃん離れできないのー?」
「ふんだ! どうせ仮定の話でしょ!」
シャマーさんがそう言うとリーシャさんは少し気分を害したかのように反論した。
しかし夫婦水入らずって、まさかリックさんもその奥さんも亡くなってるのか!? それは本当に不幸というか……シャマーさんもデリカシー無さ過ぎじゃないか?
「あの、シャマーさん? ちょっとその言い方はどうかと思いますよ?」
「だって本当の事じゃん?」
シャマーさんは悪びれもせずにそう応える。マジかー。シャマーさん、常識外れな所もあるけど人情とかそういう部分はあるエルフだと思ってたんだけどな……。
「確かに夫婦水入らず、てのはもう違うかもね。リックとペイトーンが結婚して、もう2年ほど経つもん」
「まだ2年でしょ? 新婚みたいなものよ。まだまだ止まらないわよー」
新婚だと止まらないってシャマーさん何がだよ!? ってあれ? リーシャさんいま何て言った!?
「結婚って……待って下さいリーシャさん。リックさんとペイトーン選手は……ご夫婦なんですか?」
「そうよ。だってさっきそう言ったじゃない」
言うてへんわ! リーシャさんが言ったのは確か……『ペイトーン選手は私から実の兄、リックを奪い去った』だ。
……あーいや、これはまあ、ある意味では言うてるな。がっつり言うてしもてるな。
「(めっちゃ恥ずかしい勘違いして)……んな!」
「あれ? どうしたのショーちゃん?」
卓上に唯一残った犠牲者、チーズを細かく破壊する俺にシャマーさんが問いかける。
「別に……何でもないです」
「夫婦でする事、想像しちゃった? アチチな夜を想像して興奮しちゃった?」
「えっ! 監督そんな激しいプレイをするタイプ……やば」
「違います!」
俺は大声で否定したが、シャマーさんに加えてリーシャさんまでは悪ノリしてはやし立てる。
「ショーちゃんのびーすとー!」
「やるやるとは聞いてたけどまさかねー」
シャマーさんはともかくリーシャさんまでそんなノリになるとは意外だ。でもまあお兄さんの件で暗い気持ちでいられるよりはずっと良いし、『アチチな夜』というオッサンみたいな古い表現を聞いて、俺になんとなく閃くものがあった
「前言撤回します。メディア向けセレモニーにはリーシャさんを連れて行きましょう!」
「ええーっ!? 私にしておこーよー!」
「何よ、はやし立てた事の意趣返し? 意外と陰湿な性格してるわね」
シャマーさんとリーシャさんはそれぞれらしい反応を返したが、俺は立ち上がってまあまあ、と宥める手つきをした。
「陰湿な性格は否定しませんけどね。俺にちょっと思惑があるんですよ」
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