上 下
211 / 648
第十二章

リーシャマー

しおりを挟む
「もう、ショーちゃん! なんで魔法の鎖を逆さまに置いているのよ!」
 その声、その知識、何よりもその呼び方に心当たりがあった。
「シャマーさん」
 俺は諦観を声に出しながらドアを開ける。中には頭を下にして俺の服に絡まりぶら下がっているシャマーさんの姿があった。
「なにしてはるんすか?」
「それはこっちの台詞よ! こんな時間に若い女の子をベッドに誘い込んで! あ、リーシャだったの!?」
 『こんな時間に』って所から再びツッコミたかったが、その気力はもう失いつつあった。
「リーシャさんは内緒の相談で来たんですよ。俺の帰りが遅いから寝てしまっていただけで。シャマーさんの方こそどこへ行ってたんですか? 探していたのに」
「えっ!? 私を!?」
 シャマーさんは途端に笑顔になって叫んだ。因みにまだ逆さまのままだ。天地逆でも相手の顔を認識し表情まで分かるのは人間の優れた視覚能力といって良いだろう。
「ちょっとお願いしたい事があったんですが……。まいったな。先に来てたリーシャさんの話からしたいので、待ってて貰って良いですか?」
「この格好で?」
「いや別に降りて貰って結構です!」
 俺がツッコムと背後からクスリと笑い声が聞こえ、次にリーシャさんのこんな言葉が続いた。
「息ピッタリね。良いわよ、シャマーがいても。と言うかキャプテンにも聞いて貰った方が良いかもだし」
 その意外な言葉に俺とシャマーさんは眼を見合わせてしまった。
「……キャプテン?」
「いやアンタでんがな! ドワーフ戦で散々、呼びかけられて応えたのに急にしらんぷりすんなや!」
 再び笑い声が聞こえると、今度は足音も近づいて俺たち二人の横を通り過ぎた。
「じゃあ居間で待ってるから、シャマーの位置が直ったら来て」
 その声はリーシャさんと思えないくらい優しかった。灯りも付けずスタスタと歩き去る彼女の背中を見送って、俺は思わず呟く。
「なんだろう? なんか気持ち悪いな」
「わたしもー」
 いやシャマーさんはずっと宙吊りになってるからだろ! と言い掛けて改めてその事実に気づき、俺は彼女が降りるのに手を貸してから共に部屋へ向かった。

 俺とシャマーさんが居間に到着すると、リーシャさんはお湯を沸かしコップを並べお茶の準備をしていた。
「あ、シャマーにユイノを使わせるのは悪いわね。座って、ちょっと待っててね」
 俺たちを眼にするなりリーシャさんは並べてた食器の一つを手に取り、棚へ向かう。
「別に良いけど……。あっ、ありがとう」
 別の来客用のを受け取り、シャマーさんが礼を言う。言いつつ、テキパキと動くリーシャさんを座りながらじっと見た。
「どうしたんですか?」
「リーシャ……。やけに手際良いわね」
「いや、うん、視察旅行へ行く前はユイノさんナリンさん含めて4人でここでお昼とか食べてたからね。よく、4人でね!」
 別にそんな心配は何も無いのだが、疑い深いやきもち焼き彼女の誤解を解こうとする彼氏のような気分で応える。
「ふーん」
 シャマーさんは何か言いた気な雰囲気で俺の顔を見つめていたが、リーシャさんが座るのを見て前を向いた。
「じゃあ、話を聞こうか」
 俺がそう言うとリーシャさんは小さく頷き、お茶を一口飲んで唇を湿らせた後で話し始めた。

「開幕戦の相手がオークだ、って聞いてる? よね。えっと、そのオークに関係する事があるから早く言わなきゃ! と思って真っ先に来たの」
 リーシャさんはそう言いながら卓上のパンを手に取り、細かく千切り出した。何か言い難い事があるサインだ。
「開幕戦の話、昼にはチームに伝わってきた筈だから随分待たせたね。ごめんね」
「ううん、別に良いのよ」
 口が完全に止まってしまわないように質問を挟みつつ、彼女の手元に干し肉を差し出す。パンはもう、切りようがないほど粉々になっていたからだ。
「え?」
「次はそれをどうぞ」
「ははっ! ありがとう」
 リーシャさんは受け取ったそれは千切らず前に置くと、意を決したように続けた。
「あのね。オーク代表にペイトーンて選手がいるじゃない? CBの」
 言われて俺は先ほどまで観ていた試合映像を思い出す。まだ選手名とプレーを完全に頭に叩き込んでいる訳ではないが、リーシャさんが言った名前とポジションには流石に覚えがあった。
「ああ、キャプテンの! 良い選手だよね」
 オーク代表のキャプテンでありDFリーダーでもある――という意味ではシャマーさんと同じ属性だ――ペイトーンさんは、その凄まじいボール奪取力とフィジカルで相手ごとボールを捕らえ、決して離さない様からグローブ、手袋と称されている名選手だ。
「単刀直入に言うとね。そのペイトーン選手は私から実の兄、リックを奪い去った張本人なんだ」
 リーシャさんは事も無げにドシリアスな事情を告げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

裏アカ男子

やまいし
ファンタジー
ここは男女の貞操観念が逆転、そして人類すべてが美形になった世界。 転生した主人公にとってこの世界の女性は誰でも美少女、そして女性は元の世界の男性のように性欲が強いと気付く。 そこで彼は都合の良い(体の)関係を求めて裏アカを使用することにした。 ―—これはそんな彼祐樹が好き勝手に生きる物語。

処理中です...