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第十二章

吊り橋効果……後悔

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 サッカー選手にとって一番、必要な能力は何か? と問われれば、俺は『理不尽に抗う強さ』だと思う。天候、条件、運……サッカーは様々な理不尽に囲まれている。そもそも手よりもずっと不器用な脚で、丸いボールを扱うスポーツだ。思うようにならない、納得できない事の塊と言っても良い。
 だからこそ理不尽に抗う強さが要求される。そしてその姿こそ、強い感動を呼び起こすのだと思う。
 えーと何が言いたいかと言うと、レイさんとゴンドラで二人きり、という理不尽な苦境に対して、俺も黙って屈するつもりはなかった。
 遊園地のゴンドラや観覧車において最もじれったくない、いやらしー雰囲気になるのはどこか? それは行程の真ん中であり観覧車なら頂点だ。つまりその付近でお堅い話をし、更に邪魔なんか入ったりしたらとてもレイさんの望むような空気いやらしー感じにならないだろう。
 そこで俺はゴンドラに乗ってからの会話の話題を入念に練り、更に良い感じの所でスワッグに乱入して貰う――空中散歩をしていたスワッグが偶然、俺達を見つけゴンドラ近くを飛んで話しかける――という計画まで建てていた。
 そこまでしても勝負は五分かもしれない。だがデートを健全なモノで終わらせる為に、やれる事はやる。ゴンドラに乗り内側に設置されたベンチに座った俺は、心を決めて口を開いた。

 その口がレイさんの唇によって塞がれた。

「(まさか! ここで!?)」
 ゴンドラの半分はまだプラットホームを離れていない。切符売りのオジサンが振り返れば詳細に俺達を見る事さえできる距離だ。だがレイさんは何の躊躇いもなく俺の上に跨がり、情熱的に唇と身体を押しつけてきた。
「んーん!」
 俺は締め技を喰らった格闘技の選手が降参の意志タップを示すように、レイさんの肩を右手で何度か叩いた。だが彼女はその手を掴み、よりにもよってスカートが少しめくれ上がって露わになった太股へ導く。
「(しまった!)」
 考えれば分かる事だったかもしれない。レイさんはサッカードウでは予想外のプレーをするファンタジスタであり、電光石火の先制点を上げた選手だ。大人しく人気の無い所まで行ってムードを高めて……などは彼女のスタイルではない。
 ありきたりな表現だがレイさんの唇と舌は柔らかく、太股は張りがあって滑らかだった。押しつけられた胸は無視できない存在感があって、吐息は甘い香りがした。
 しかもゴンドラの行程は始まったばかりだ。ここでこれなら、高い位置まで行った際にスワッグが目にするのはいやらしー雰囲気どころではないかもしれない……。
「はーぁ……」
 ほぼ息継ぎなしで激しいキスを続けたレイさんは、そう呟いてようやく唇を離すと俺を抱き締め直して言った。
「やっと独り占めにできたぁ」
 彼女の口から漏れたのは、少し意外な言葉だった。
「レイさん?」
「へっ!? いや、ちがうねん!」
 もっと艶っぽい事を言ってくるのかと思っていたが、レイさんは慌てて首を横に振る。
「重いおんなやと思わんといて! ウチかてちゃんと分かってるねん。ショーキチにいさんはぎょうさんに必要とされてる人間で、責任もあって、めっちゃいそがしいって……」
 重いか重くないかと言えば、物理的には意外と重い。はっきりとした「肉体」が載っている重さだ。だが彼女が言っているのは精神的な意味だろう。
「でも、もうちょっと会える時間があるんやないかなー? って勝手に思い込んでただけやねん……」
「そうか。ごめん」
 俺はそう言うとレイさんを膝から降ろし、隣に座らせた。その動きに抗議するように彼女は立ち上がろうとしたが、その肩を抱き寄せ頭を俺の肩に載せさせる。
「寂しい思いをさせたね」
 彼女はもともと兄弟姉妹の多い家族の子で、誤解から別居状態になって、誤解が解消したのも束の間、地下に住む家族から離れて地上で勉学やサッカードウに勤しんでいる子だ。いくら天才的なサッカードウ選手で独特の感性を持っているとは言え、多感な未成年だ。
 そういう子に対して精神的なケアが十分にできていたか? と自問してみれば、我が身を恥じるしかない。
「ううん。でも忙しくしてて、ばっちりチームを指揮しているショーキチ兄さんがかっこよくて好きなんも事実やし……」
 え!? そうかな? 驚く俺を至近距離で見上げレイさんは続ける。
「今回のドワーフ戦かてさ。色んなことあって色んなことしたやん? ウチ、監督ってもっとえらそーにふんぞり返っててたまに『おら! はしれー!』て怒鳴るだけのもんやと思ってたわ」
 あーなるほどそういう事か。確かにナイトエルフさんたちは技術があってトリッキーな選手が多いから、監督に要求されるのは鬼軍曹やモチベータータイプかもしれない。
「うんまあ、そういう方法論も間違いではないんだよ。ただアローズにそういうのは合わなそうだし俺も得意じゃないし、て理由でやってないだけでさ」
「ふうん」
 レイさんは頷いてから少し身体を起こすと、小首を傾げて耳飾りの金具を鳴らしながら続ける。
「じゃあな? いまウチがして欲しい……」
「ん」
 彼女の言葉がまだ終わらない間から、俺はレイさんの身体をゴンドラの内壁に押しつけ、唇に唇を重ねていた。
「ん……あっ」
「(あれれ!?)」
 自分でもよく分からないまま、俺はベンチに押し倒された彼女の身体に覆い被さり、顔や首もとに唇を這わせる。
「きゃぁ……ん……」
「(えっと……こういう事をしても良いんだっけ?)」
「(たぶん良くないぴよ。予定が変わってしまうぴい!)」
 自問自答する俺の脳内に、スワッグの声が響いた。
「あわわ! ごめん、レイさん!」
 一気に血の気が引いた。俺は脱力して横たわるレイさんから身体を離し、慌てて周囲を見渡す。
「なにがぁ……? なあ、つづきぃわぁ……?」
 スカートや上着がめくれ、肌が露出したレイさんは潤んだ瞳で俺に問いかける。
「やあ! どうしたんだいスワッグ?」
「えっ!? スワッグにいさん!?」
 俺がレイさんから必死に目を逸らしゴンドラの外へ声をかけると、そこには何かをくわえながら器用に併走ならぬ併飛行するグリフォンの姿があった。
「おとりこみ中すまんぴよ。でもすぐに『残雪溶かす朝の光』王国へ帰還して欲しいそうだぴい」
 服装を直すレイさんと計画と違う台詞に戸惑う俺に対し、スワッグは加えていた。鏡を見せながら続けた。
「いま、あっちは大変なことになっているぴい!」
 そう言ってスワッグが俺達に見せた映像は、想像を絶するものだった。
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