上 下
205 / 647
第十二章

病院より美容院

しおりを挟む
 翌日。ボナザさんの看病、といった建前で残ったレイさんを除き選手は全員帰国し、スタッフもそれについていった。
 ただスワッグとステフには俺からお願いして滞在を延ばして貰った。ボナザさんとレイさんの護衛他、やって貰う事があるからだ。
 レイさんが看病担当になったのは、真っ先にスワッグとスタジアムから抜け出してボナザさんの様子を伝えてくれた流れからである。ある観点から言えば指揮官である俺に断りを入れずに独断専行、まだ試合中のチームから離脱する行為……なので処罰の対象かもしれない。だが一つにはボナザさんとチームの事を想っての行動であったし、二つにはその独創性や行動力がファンタジスタのプレーの源でもあるので、咎める訳には行かないし……というのがあった。
 そして三つ目。『2点取ったら一緒に空中ゴンドラに乗る』と約束していた事もある。
「みなさん、よろしゅうな」
 そんな訳で看病をしていた俺達は、昼食後ボナザさんが昼寝に入ったタイミングで後をボナザさんご家族――急遽、本国から呼び寄せた。どうせ費用はドワーフ持ちだし。いや自腹でも呼んだけど――とスワッグステップコンビに任せ、治療院を後にした。

 多少の後ろめたさを感じながらも行ったサンア・ラモの観光は、多方面に申し訳ないながらも非常に楽しかった。練習や試合への移動時にチラ見しただけでも圧倒されたドワーフの建築は、じっくり見れば更に素晴らしかったしレイさんはデートの相手としては申し分なかった。
 いや、申し分ないどころではない。最高の相手だった。
「うわこのお店めっちゃすごない!? きれー……」
 好奇心旺盛に辺りを見渡し、何か面白そうなモノがあれば引っ張って連れて行く。一つ一つの出来事に大きなリアクションをし、楽しそうに笑う。いつもは鋭く冷たさすら感じさせる切れ目の目尻をいっぱいに下げて。
 こんな子と結婚したら毎日、楽しいんだろうな……。そう思わせるものが、彼女にはあった。
「これ、記念に買おうか? いや、レイさんが気に入れば、だけど」
 気づけば俺は、薄紫の美しい耳飾りを手にそう言っていた。
「ええーっ!?」
「(あわっ!)」
 レイさんが驚きで目を丸くして叫んだが、自分でも驚いた。ネットショッピングをしていて『気づけばカートに入っていて決算を押していた』みたいな経験があるが、まさかリアルでそれをやってしまうとは。
「いや、レイさんが要らないなら別にいいから!」
「ううん! ショーキチにいさんがウチの為に、てこうてくれるもんやったら、なんでもうれしい……」
「そ、そう? じゃあ」
 珍しくレイさんがもじもじとしている。俺は店員さんの所へ行って手早く勘定を済ませ、彼女の元へ戻った。
「えっと……『ここで装備していくかい?』」
「あはは! 『防具は買うだけじゃなくて装備しないと効果が発揮しないんだぞ』みたいやな? うん!」
 レイさんはRPGの定型文にコロコロと笑ったが、店先の鏡の前に立ってさっと髪を耳にかけた。
「ん?」
「ああ」
 たぶん俺につけて欲しいのだろう。俺は初めて触るエルフの耳に――ああ、この世界に来て数ヶ月経つが、エルフの耳に明確に触れるのはたぶんこれが初めてだ――緊張しながらも、耳飾りをレイさんの耳へかけた。
「微調整はお願いします」
「うん!」
 ナイトエルフの耳は長くて薄くて、少し熱かった。だが、当たり前だが作り物コスプレじゃなくて生の肉だった。いや何を言っているのだ俺は。
「どない?」
 耳飾りの金具を調整して位置を決め固定をしてから、レイさんは言った。俺の方ではなく鏡を指さして。どうも一緒に鏡に映る自分の様子を見て欲しいようである。
「ああ、似合うよ。綺麗だ」
「ほんまはな? お店に入った時からこれええなあ、て。めえつけててん! ありがとうな! ちゅ」
 鏡を除き込むには当然、顔を寄せる必要があり……。俺は彼女の不意打ちのキスを避ける事ができなかった。できても避けたかどうかは言及しない。
「あのレイさん」
「いこか!」
 これではアクセサリーショップの軒先でキスをしているバカップルみたいだ。俺は注意の声を上げようと思ったが、レイさんはそれを制して俺の手を握り、走り出した。

「はよはよ!」
「待ってレイさん! えっと、大人二枚で」
 レイさんが次に俺を連れていった先は、例のゴンドラだった。地球で言う所のスキー場のロープウェイみたいなものだが、窓に当たる部分にはガラスも何もはめ込まれておらず密封性はかなり低そうな代物だ。
「しかし客を信頼してると言うかやっぱ命の値段が安いというか……」
 地球から異世界を上から目線で見て野蛮とか遅れているとか言いたくはないが、こういう部分の大ざっぱさはやはり異世界だ。
「どうした? ほれ、次のだと二人きりで乗れるぞい」
 俺の独り言に怪訝な顔をしつつも、切符売り場のオジサンはお釣りとチケットを俺に渡した。いや、流石に二人きりだとあまりにもデートデートしているというか……ねえ?
「いや、できればすぐので」
「はい、消えた!」
 ドワーフのオジサンはまるでクイズの司会者のように机を叩き、何名かが乗っていたゴンドラを急発進させた。
「ほな、あれやね」
 レイさんが次にくるゴンドラが発着所に近づいているのを目にして、そちらへ俺を引っ張る。
「あ、はい……」
 引っ張られながら後ろを見るが、俺達以降には客がいない様だ。何か強大な力が働いているような感覚を覚えながら、俺はレイさんに続いてゴンドラへ乗った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

名前を書くとお漏らしさせることが出来るノートを拾ったのでイジメてくる女子に復讐します。ついでにアイドルとかも漏らさせてやりたい放題します

カルラ アンジェリ
ファンタジー
平凡な高校生暁 大地は陰キャな性格も手伝って女子からイジメられていた。 そんな毎日に鬱憤が溜まっていたが相手が女子では暴力でやり返すことも出来ず苦しんでいた大地はある日一冊のノートを拾う。 それはお漏らしノートという物でこれに名前を書くと対象を自在にお漏らしさせることが出来るというのだ。 これを使い主人公はいじめっ子女子たちに復讐を開始する。 更にそれがきっかけで元からあったお漏らしフェチの素養は高まりアイドルも漏らさせていきやりたい放題することに。 ネット上ではこの怪事件が何らかの超常現象の力と話題になりそれを失禁王から略してシンと呼び一部から奉られることになる。 しかしその変態行為を許さない美少女名探偵が現れシンの正体を暴くことを誓い…… これはそんな一人の変態男と美少女名探偵の頭脳戦とお漏らしを楽しむ物語。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

処理中です...