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第十一章

報復を腹部に

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 宙を飛んでいたドワーフのロングボールは、エルフ陣内半ばを過ぎた辺りで急速に速度を落とし落下した。本当にもう、あり得ないレベルで。
『わっ! とっと……!』
 手で行こうとしていたボナザさんは蹈鞴を踏み、次いで足で処理しようか迷いつつ前方を見た。

 何かに押されるかのようにドワーフ陣の方へ戻るボールを。そしてそのボールを掬い上げるように蹴ろうとするドワーフのFWを。

『間に合えー!』
 ボナザさんは猛烈な勢いでバックステップしつつ、放たれたループシュートに手を伸ばした。
 それは受け身や体裁を考えない勇気あるプレイだった。腕と全身を投げだし、背中からダイブする。GKとして何十年も闘ってきた彼女だからこそできた動きだ。
 だが報いは残酷なモノだった。ボールはボナザさんの指の数センチ先を通り過ぎてゴールに吸い込まれ、彼女は後頭部から地面に落ちた……。

『医療班! 早く!』
 審判がゴールを認めると同時に医療班がピッチに入るのを促す。しかしこちらは言われるまでもなく全員がボナザさんの元へ走っていた。
「ニャイアーさん、ユイノさん、アップをお願いします」
 訂正。全員ではない。俺は走り出そうとする2名の腕を掴みそう告げた。ナリンさんもボナザさんの元だ。通訳はいないが、両者はすぐに意図に気づきウォーミングアップエリアへ走った。
「くそっ!」
 俺はベンチの屋根を掌で叩き、沸き立つドワーフベンチの方を睨む。先ほどのドワーフコーチ陣の動きはこれを画策してのものだったのだ。GKが処理できそうなロングパスを放ち、追い風に乗って飛んでくる……と思わせ急激な向かい風を当ててボールを失速させる。まさかそんな事が出来るとは思わなかった。
『ボナザさん、アカンて!』
 見ると、朦朧とした状態でも起きあがろうとしているボナザさんを、レイさんが必死に押し留めていた。
 そうか、ドワーフたちですらこんな事が出来るとは考えてもおらず、先制点の時のレイさんのプレイバックスピンを見て思いついたのかもしれない。
『交代、ですよね?』
 副審のリザードマンさんが何か言ってきた。まずGK交代の確認だろう。サッカーでもGKの負傷については時間をとって貰えるようになっている。そこはサッカードウでも同じなのだ。
「あ、はい。ナリンさーん! ルーナさーん!」
 俺はボナザさんの元にいるナリンさんとルーナさんを呼んだ。まずナリンさんにボナザ→ユイノの選手交代の手続きをお願いし、ルーナさんを連れてニャイアーコーチとユイノさんの元へ向かう。
「ルーナさんごめん、通訳お願いします。風が変わって前に言ってたのとは違う状態だから、安全第一で、て」
「了解。CKの守備はゾーンのまま?」
「そうだね。その方が混乱が少ない」
 そう話す間にウォーミングアップエリアに近づき、俺はルーナさんが2名に話すのを黙って聞いた。
『……と、言う訳。OK?』
『大丈夫、うん』
『ユイノ君。君なら出来る。最初の一本を集中するんだ』
 三人は短く言葉を交わすとガッチリとグータッチをした。それを見届けて一言、言う。
「ユイノさん、君にGKを無茶ぶりしたのは俺だから。全部のミスは俺が責任を持つ。だから既成概念に囚われず自由にやって」
『全部ショーキチとドワーフが悪いから、それを好きなようにぶつけて良いよ、て』
『うん! やるよ!』
 ルーナさんの言葉を聞いたユイノさんは満面の笑顔で俺を抱きしめると、ナリンさんと副審さんの待つセンターラインへ走って行った。
「ルーナさんありがとう。ついでにもう一つ、こっちボールで落ち着いたらなるべく早くユイノさんにバックパスして。少しでも早くボールに触った方が落ち着くと思うから」
「分かった」
 そう言うとルーナさんも走って自分のポジションへ向かう。俺は残ったニャイアーコーチと頷き合うと、自分たちも自分のポジション、ベンチ前へ向かった。

 担架で運ばれてくるボナザさんの手を無言で握って見送り、ユイノさんの交代が認められて試合が再開された時、スタジアムの時計は前半30分を越えていた。ヨンさんのキックオフで動き出したボールはクエンさん、リストさんという順番で渡り、リストさんがそのままドリブルで中盤をぶち破りシュートを放つ!
「あー! リストさんには言ってなかった!」
 ルーナさんには『ユイノさんまでバックパスするように』と言っていたが、最前線のFWまでは伝わってなかったようだ。しかもシュートはGKの真正面に跳び、難なくキャッチされてしまう。
「これは不味いぞ……どっちだ!?」
 そのドワーフGKはキャッチしたボールをパントキックで前線へ送る。その軌道は風に乗って意外と延びるのか、或いは向かい風で急速落下するのか……?
『伸びる方っす!』
『ユイノ君、ゴーだ!』
 コーチングエリアぎりぎりまで突出しているアカリさんとニャイアーコーチが叫んだ。それを聞くまでもなく、ボールがほぼノーバウンドでエルフ側ペナルティエリアまで届くであろう事が分かる。
『おーけー!』
 ユイノさんは良く通る声でそう叫び、飛んできたボールをジャンプしてキャッチした。
『ナイスですわユイノさん! ここは少しボールを持って、様子を伺いましょう』
『りょーかい』
 近寄ってきたムルトさんと言葉を交わし、ユイノさんは受け止めたボールを自分の足下に転がす。そして彼女は……ゆっくりとドリブルを始めた。
『え!?』
 自分にパスが来るものだ、と思い込んでいたムルトさんの横を通り過ぎユイノさんは更に前に進む。既にペナルティアークを越え、センターサークルの方が近いくらいの位置だ。
『ふざけおって……奪え!』
『はいなのじゃ!』
 戸惑ったのはドワーフ代表の方もだったろう。だがポビッチ監督の声を受け、FW達が猛然と迫る。
「あぶね……」
 だがユイノさんはフェイントを一つかけてFWの逆をとり更に前進すると、力の入ったフォームでパスを右サイドに送る。
『おおい!』
 パスの、いや殆どシュートと言っても良いそれの行き先は高めの位置を取った右SBのティアさんの元だと思われた。だがそのスピードは強烈過ぎた。ティアさんは素早い判断でトラップを諦め、海老反りになって弾丸と化したボールを避ける。
『ぐおおおお!』
 ユイノさんの放った凶器は保ったままドワーフベンチ前まで跳び、ポビッチ監督の鳩尾に突き刺さった……。
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