190 / 648
第十一章
プレシーズンマッチ開始!
しおりを挟む
両チームのキャプテンが参加したコイントスにはドワーフ代表が勝利し、彼女らはボールを取った。と言う事は俺たちにサイドを選ぶ権利があるのだが、どうせ風をコントロールされるならどちらをとっても同じだ。シャマーさんは前半、数少ないエルフサポーターの声援を受けて守れる側を取った。
やがて主審のドラゴンさん――ストックトンさんではない。やや小ぶりのドラゴンさんだ。リーグ戦ではないので格がさがるのかな?――が笛を吹き、試合開始を告げた。
ドワーフ代表の布陣は1-5-3-2。高さは無いものの5人で完全に守備ブロックを形成し相手にスペースを与えない。どれだけボールを回されようが地味にスライドを続け、シュートコースを空けない事を徹底している。もしそれに焦れて相手が雑な攻撃をしたら、しめたもの。その足腰の強さでルーズボールをしっかりと自分たちのモノにし、安全なボールキープを優先する。
攻めては事を急がない。DFラインからゆっくり回し、全体の動きで相手を誘導し、後ろから、逆サイドからじわじわと相手を押し込む。
……というのが普段のドワーフ代表の戦い方だった。しかしキックオフ直前に彼女達が見せたのは、全く新しい姿だった。
「あせるな! ボールは1個だぞ」
届かないまでも俺はそう呟いた。ハーフラインに並んだドワーフ選手の数は7人。後ろ3人プラスGKを除いた全員だ。つまりキックオフのボールを後ろの誰かへパスした後は、その7人が一気にエルフ陣へ走るつもりだろう。
「奇襲……でありますね」
ナリンさんも静かに呟く。まあ地球のサッカーでもたまにある形だ。ゼーマン監督というクレイジーな攻撃マニア(失礼!)や彼をリスペクトするチームなんかはより極端な人数を削く場合もある。
なので、このパターンについてはみんなに教えてあった。その対処法についても。ただ違うのは、ドワーフ代表が「風」も利用する所であった。
『赤! 装置の軌道音を確認! ドワーフ陣からの追い風っす!』
ベンチ端のアカリさんがエルフ語で何事か叫び、アシスタント役の選手が赤い色のタオルをピッチの選手へ向けて振る。言葉は分からないが伝えたい事は分かる。というか知っている。俺は黙って成り行きを眺めた。
主審の笛から1拍おいてボールの位置にいたドワーフの選手が後ろにパスし、彼女含むハーフライン上の全員がエルフ陣内へ散らばる。パスを受けた選手は何もプレッシャーがかかってこない事に訝しげな顔をしつつも、前線に長い浮き球のパスを送る。
そのパスは例の風にのってグイグイと伸び、アローズの選手やドワーフ代表の選手を何名も飛び越え、ペナルティエリアぎりぎりへ入った所で……高くジャンプしたボナザさんの両手にキャッチされた。
『おおう……』
その試合最初のどよめきがスタジアムに木霊する。ドワーフ代表の奇襲が失敗した驚愕もあるだろうが、何よりもGKであるボナザさんの位置に驚いているのだろう。
『ボナザ、ナイスキャッチ!』
彼女の『後ろ』からシャマーさん達が何やら声をかけた。そう、ボナザさんの位置はシャマーさん達DFラインの数メートル前。GKが最初のプレーでペナルティエリア内限界の場所でボールをキャッチするのが前代未聞なら、DFラインより前でそれを行っているのも前代未聞だろう。
これが、俺たちが考えたキックオフ直後の奇襲への対策だった。
この奇襲――面倒くさいのでゼーマンアタックとしておく――にはメタゲームの部分が多分に含まれている。まずもし何も知らずゼーマンアタックが行われようとしているのを見た時、ややパニックになりかけた相手は
「せめて正確なボールを蹴らせないように」
とキッカーに向けてプレッシャーをかけようとするだろう。
だがキッカーの位置によるが、普通はかかりようがない。相手陣深くへパスされたボールに追いつける選手はいないし、最悪GKまで戻されることを考えたらプレスはかけるだけ無駄である。
というかゼーマンアタックの隠された狙いの一つは、相手の無謀な守備を誘発し、フォーメーションを縦に間延びさせる事である。
縦に間延びすると選手同士の距離が離れる。そうなると協力して守備をする事が難しくなるし、運良く一つ目のパスを跳ね返せたとしても、それを拾う事も同じく難しくなる。
ならばどうすれば良いか? これはもう、セットプレーだと思ってキッカーへプレッシャーを与えることを諦めれば良いのである。
そのセットプレーもアレだ。『試合終盤、負けているチームが殆どのFPを前に上げてロングボールを蹴る』というタイプのだ。状況としては似ているし。
そしてあのタイプのセットプレーだと考えれば、対応はほぼ同じで良い。DFラインを下げてブロックを形成する、ヘディングが強いFWの選手も下げて守備に加える、こぼれ球に注意する、GKが勇気を持って飛び出し処理する……。
『なあーに、言われてた通りの場所だったからね。そちらもナイスカバー』
その勇気あるGK、ボナザさんはDFラインに声を返しながら、その一角のルーナさんへボールを投げた。最も彼女が利用したのは勇気だけではない。
「ドワーフ代表が行ってくるであろうゼーマンアタックにおいて、パスはどこへ送られるか?」
を分析したナリンさんやアカリさんの予測――ゴールエリア付近だとGKに容易に処理される、ペナルティエリアの外やサイドだと効果が薄い、等を考慮してかなし絞れていた――と、飛び出した際にはDFラインがゴールをカバーするという約束。それらもあったからこそ、今のプレーができたのである。
『じゃあ、行ってくる』
左サイド深くでボールを受けたルーナさんはシャマーさんに短く声をかけると、一気にボールを押し出してドリブルを始めた。
やがて主審のドラゴンさん――ストックトンさんではない。やや小ぶりのドラゴンさんだ。リーグ戦ではないので格がさがるのかな?――が笛を吹き、試合開始を告げた。
ドワーフ代表の布陣は1-5-3-2。高さは無いものの5人で完全に守備ブロックを形成し相手にスペースを与えない。どれだけボールを回されようが地味にスライドを続け、シュートコースを空けない事を徹底している。もしそれに焦れて相手が雑な攻撃をしたら、しめたもの。その足腰の強さでルーズボールをしっかりと自分たちのモノにし、安全なボールキープを優先する。
攻めては事を急がない。DFラインからゆっくり回し、全体の動きで相手を誘導し、後ろから、逆サイドからじわじわと相手を押し込む。
……というのが普段のドワーフ代表の戦い方だった。しかしキックオフ直前に彼女達が見せたのは、全く新しい姿だった。
「あせるな! ボールは1個だぞ」
届かないまでも俺はそう呟いた。ハーフラインに並んだドワーフ選手の数は7人。後ろ3人プラスGKを除いた全員だ。つまりキックオフのボールを後ろの誰かへパスした後は、その7人が一気にエルフ陣へ走るつもりだろう。
「奇襲……でありますね」
ナリンさんも静かに呟く。まあ地球のサッカーでもたまにある形だ。ゼーマン監督というクレイジーな攻撃マニア(失礼!)や彼をリスペクトするチームなんかはより極端な人数を削く場合もある。
なので、このパターンについてはみんなに教えてあった。その対処法についても。ただ違うのは、ドワーフ代表が「風」も利用する所であった。
『赤! 装置の軌道音を確認! ドワーフ陣からの追い風っす!』
ベンチ端のアカリさんがエルフ語で何事か叫び、アシスタント役の選手が赤い色のタオルをピッチの選手へ向けて振る。言葉は分からないが伝えたい事は分かる。というか知っている。俺は黙って成り行きを眺めた。
主審の笛から1拍おいてボールの位置にいたドワーフの選手が後ろにパスし、彼女含むハーフライン上の全員がエルフ陣内へ散らばる。パスを受けた選手は何もプレッシャーがかかってこない事に訝しげな顔をしつつも、前線に長い浮き球のパスを送る。
そのパスは例の風にのってグイグイと伸び、アローズの選手やドワーフ代表の選手を何名も飛び越え、ペナルティエリアぎりぎりへ入った所で……高くジャンプしたボナザさんの両手にキャッチされた。
『おおう……』
その試合最初のどよめきがスタジアムに木霊する。ドワーフ代表の奇襲が失敗した驚愕もあるだろうが、何よりもGKであるボナザさんの位置に驚いているのだろう。
『ボナザ、ナイスキャッチ!』
彼女の『後ろ』からシャマーさん達が何やら声をかけた。そう、ボナザさんの位置はシャマーさん達DFラインの数メートル前。GKが最初のプレーでペナルティエリア内限界の場所でボールをキャッチするのが前代未聞なら、DFラインより前でそれを行っているのも前代未聞だろう。
これが、俺たちが考えたキックオフ直後の奇襲への対策だった。
この奇襲――面倒くさいのでゼーマンアタックとしておく――にはメタゲームの部分が多分に含まれている。まずもし何も知らずゼーマンアタックが行われようとしているのを見た時、ややパニックになりかけた相手は
「せめて正確なボールを蹴らせないように」
とキッカーに向けてプレッシャーをかけようとするだろう。
だがキッカーの位置によるが、普通はかかりようがない。相手陣深くへパスされたボールに追いつける選手はいないし、最悪GKまで戻されることを考えたらプレスはかけるだけ無駄である。
というかゼーマンアタックの隠された狙いの一つは、相手の無謀な守備を誘発し、フォーメーションを縦に間延びさせる事である。
縦に間延びすると選手同士の距離が離れる。そうなると協力して守備をする事が難しくなるし、運良く一つ目のパスを跳ね返せたとしても、それを拾う事も同じく難しくなる。
ならばどうすれば良いか? これはもう、セットプレーだと思ってキッカーへプレッシャーを与えることを諦めれば良いのである。
そのセットプレーもアレだ。『試合終盤、負けているチームが殆どのFPを前に上げてロングボールを蹴る』というタイプのだ。状況としては似ているし。
そしてあのタイプのセットプレーだと考えれば、対応はほぼ同じで良い。DFラインを下げてブロックを形成する、ヘディングが強いFWの選手も下げて守備に加える、こぼれ球に注意する、GKが勇気を持って飛び出し処理する……。
『なあーに、言われてた通りの場所だったからね。そちらもナイスカバー』
その勇気あるGK、ボナザさんはDFラインに声を返しながら、その一角のルーナさんへボールを投げた。最も彼女が利用したのは勇気だけではない。
「ドワーフ代表が行ってくるであろうゼーマンアタックにおいて、パスはどこへ送られるか?」
を分析したナリンさんやアカリさんの予測――ゴールエリア付近だとGKに容易に処理される、ペナルティエリアの外やサイドだと効果が薄い、等を考慮してかなし絞れていた――と、飛び出した際にはDFラインがゴールをカバーするという約束。それらもあったからこそ、今のプレーができたのである。
『じゃあ、行ってくる』
左サイド深くでボールを受けたルーナさんはシャマーさんに短く声をかけると、一気にボールを押し出してドリブルを始めた。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
裏アカ男子
やまいし
ファンタジー
ここは男女の貞操観念が逆転、そして人類すべてが美形になった世界。
転生した主人公にとってこの世界の女性は誰でも美少女、そして女性は元の世界の男性のように性欲が強いと気付く。
そこで彼は都合の良い(体の)関係を求めて裏アカを使用することにした。
―—これはそんな彼祐樹が好き勝手に生きる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる