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第十章
レイのパッショーネ(情熱)
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ドワーフの王国「サンア・ラモ」を訪れるのはこれが初めてだった。なにせドワーフ代表については2試合ほど直接観れた上にジノリコーチからも情報収集できていたので、視察の旅の行程に含める気がまったく起きなかったのだ。
だが実際に来てみると俺はその判断を大いに後悔する事となった。それくらいに「サンア・ラモ」は魅力的だった。
領土の殆どが山岳地帯で居住区は岩の下……と聞くと狭く薄暗いトンネルを思い浮かべるが、ドワーフの住処はトンネルという単語では収まりきらないほどの規模と整備された美しさを見せており、その整いっぷりは昔の日本代表キャプテンの心に匹敵する程だった。
ドイツ代表のDFラインのように強固で隙のない石壁、クライフのオランダ代表のようにスムーズに動く機械仕掛けの扉や昇降機、イタリア代表の繰り出すカウンターのように劇場的でオペラチックな彫刻が彩る街並み。
多くのゲームやファンタジー小説においてドワーフは「優れた鍛冶屋、石工」とされているが、この世界でもそれは例に漏れない様だ。ここに比べればナイトエルフのヨミケの街は、
「色気もセンスもあるし楽しいが、少し素人臭さが残る」
という評価になってしまうだろう。
いや、ナイトエルフさんに思うところがある訳ではないけど。ただ日の射さない地下の街、で比べただけでね?
「ショーキチ兄さん、後でアレ乗りにいかへん?」
そのナイトエルフの一名、レイさんが地中の大空洞の中空を走る、空中ゴンドラのようなものを指さして言った。
「え? 別にあっち行く必要ないでしょ?」
「何処にも行かへんよ。でも空中で二人っきりってドキドキするやん?」
ああなるほど。遊園地の観覧車的なのね……ってせんわ!
「レイちゃんそんな暇あるの? 終わってない宿題持って来てるのじゃなかったっけ?」
「あちゃーそれ!」
隣を歩くポリンさんが耳敏く聞きつけて突っ込み、レイさんが天を仰いだ。
「そんなのあるんだ? じゃあ無理だ。残念だね、レイさん」
「うー! でも元はと言えばショーキチ兄さんがウチらを遠征に連れてきたからやで!」
まあ言われてみればそうだな。もっとも連れて来なければドワーフの空中ゴンドラデートも無い訳だが。
「待てよ? 『ら』て言うけどポリンちゃんはどうなの?」
「私は終わらせてきたよ、ショーキチお兄ちゃん!」
ポリンさんは無邪気に微笑みながら応えた。
「そうなんだ! 偉いね、ポリンさんは」
「えへへ」
俺は手を伸ばして彼女の頭を撫でる。ポリンさんもまんざらではない表情で照れていたが、俺はふとレイさんの恨みがましい視線に気づいた。
「とおっと! 髪にゴミがついてたよ。鍛冶屋さんから出た煤かな?」
「そうなの? ありがとう!」
湖畔で子供たちと遊んでいた時の癖が出てしまった。が、彼女はもう子供ではないし選手でもあるし、こういう所を見られるのは不味い。
「偉いついでにさ。レイさんの宿題、ちょっとだけ手伝ってあげてよ」
「もちろんだよ!」
「えっ! マジ!? ポリン優しいなあ、好き!」
その回答を聞いてレイさんは大げさに喜んで彼女に抱きつく。美しい風景だ。まあ宿題ができてしまうと空中密室もできてしまうのだが……そこは
「宿題に協力してくれたポリンちゃんも連れて行ってあげよう!」
と主張して二人きりを避けよう。うむ、我ながら良いプランだ。
「わたしもレイちゃんのこと好きだよ! あと教えるのも好きだし。そうだ、代わりにさっき聞いた『オカズ』ての教えて? それで教え合いっこしよう!」
あわわわちょっと待てい!
「ええっ!? ポリンとオカズの教え合いっこ!?」
レイさん言い方!
「駄目なの?」
いやまあ、オカズの教え合いっこというか互いにそういう漫画や動画を推薦し合うのは男子では普通ですが……て違うだろ!
「駄目て言うかな……」
レイさんは苦悶の表情を浮かべ俺とポリンさんを交互に見た。デートと道義を天秤にかけているのだろう。
「いや、やっぱり宿題は自分だけでするべきだよ」
見かねて俺は口を挟んだ。
「自分でやらないと頭に入らないかもだし。ポリンちゃんもその時間で、セットプレーの方を詰めて欲しいし」
どちらを選らんでもレイさんは後悔が残るだろう。だったら俺が決めてしまう方が良い。
「そうなの?」
「う、うん。せやな。ちょっと頑張るわ……」
レイさんは大きく肩を落として呟いた。その姿があまりにも可哀想なので、俺はそっとある条件を告げた。
「(レイさん落ち込まないで。ドワーフ戦でもし2点以上決めたら、試合の後の日に時間をとって付き合うから)」
「(マジで!? ほんまにその条件でええん?)」
レイさんはぱぁっ、と表情を明るくして言った。
「(3点でもええで?)」
凄い自信ですねこの娘。貴女、前半45分しか出場しない予定なの忘れてませんか?
「(前半だけだからね。2点で)」
「(任務は遂行する、宿題の期限も守る、両方やらなアカンのが幹部の辛いところやな)」
任務て大げさな。あとレイさん何時から幹部になった?
「(覚悟はええか? うちはできてる!)」
レイさんはそう力強く宣言した。この子、覚悟とかなんか勇ましい台詞が好きだなあ。どこで覚えてくるんだか……て実家の漫画喫茶か?
「あ、あれが宿舎じゃない? うわ、報道関係もいっぱい……」
ポリンさんが前方の建物を指さし、ついでその前に陣取る様々な種族のメディア関係者を見て俺の後ろに身を隠した。
「ごめん、ちょっと前に行ってくる。何を聞かれても黙って微笑んで流すだけで良いからね?」
俺は両者にそう言い残すと、前の選手たちを追い越して一番前まで走った。
だが実際に来てみると俺はその判断を大いに後悔する事となった。それくらいに「サンア・ラモ」は魅力的だった。
領土の殆どが山岳地帯で居住区は岩の下……と聞くと狭く薄暗いトンネルを思い浮かべるが、ドワーフの住処はトンネルという単語では収まりきらないほどの規模と整備された美しさを見せており、その整いっぷりは昔の日本代表キャプテンの心に匹敵する程だった。
ドイツ代表のDFラインのように強固で隙のない石壁、クライフのオランダ代表のようにスムーズに動く機械仕掛けの扉や昇降機、イタリア代表の繰り出すカウンターのように劇場的でオペラチックな彫刻が彩る街並み。
多くのゲームやファンタジー小説においてドワーフは「優れた鍛冶屋、石工」とされているが、この世界でもそれは例に漏れない様だ。ここに比べればナイトエルフのヨミケの街は、
「色気もセンスもあるし楽しいが、少し素人臭さが残る」
という評価になってしまうだろう。
いや、ナイトエルフさんに思うところがある訳ではないけど。ただ日の射さない地下の街、で比べただけでね?
「ショーキチ兄さん、後でアレ乗りにいかへん?」
そのナイトエルフの一名、レイさんが地中の大空洞の中空を走る、空中ゴンドラのようなものを指さして言った。
「え? 別にあっち行く必要ないでしょ?」
「何処にも行かへんよ。でも空中で二人っきりってドキドキするやん?」
ああなるほど。遊園地の観覧車的なのね……ってせんわ!
「レイちゃんそんな暇あるの? 終わってない宿題持って来てるのじゃなかったっけ?」
「あちゃーそれ!」
隣を歩くポリンさんが耳敏く聞きつけて突っ込み、レイさんが天を仰いだ。
「そんなのあるんだ? じゃあ無理だ。残念だね、レイさん」
「うー! でも元はと言えばショーキチ兄さんがウチらを遠征に連れてきたからやで!」
まあ言われてみればそうだな。もっとも連れて来なければドワーフの空中ゴンドラデートも無い訳だが。
「待てよ? 『ら』て言うけどポリンちゃんはどうなの?」
「私は終わらせてきたよ、ショーキチお兄ちゃん!」
ポリンさんは無邪気に微笑みながら応えた。
「そうなんだ! 偉いね、ポリンさんは」
「えへへ」
俺は手を伸ばして彼女の頭を撫でる。ポリンさんもまんざらではない表情で照れていたが、俺はふとレイさんの恨みがましい視線に気づいた。
「とおっと! 髪にゴミがついてたよ。鍛冶屋さんから出た煤かな?」
「そうなの? ありがとう!」
湖畔で子供たちと遊んでいた時の癖が出てしまった。が、彼女はもう子供ではないし選手でもあるし、こういう所を見られるのは不味い。
「偉いついでにさ。レイさんの宿題、ちょっとだけ手伝ってあげてよ」
「もちろんだよ!」
「えっ! マジ!? ポリン優しいなあ、好き!」
その回答を聞いてレイさんは大げさに喜んで彼女に抱きつく。美しい風景だ。まあ宿題ができてしまうと空中密室もできてしまうのだが……そこは
「宿題に協力してくれたポリンちゃんも連れて行ってあげよう!」
と主張して二人きりを避けよう。うむ、我ながら良いプランだ。
「わたしもレイちゃんのこと好きだよ! あと教えるのも好きだし。そうだ、代わりにさっき聞いた『オカズ』ての教えて? それで教え合いっこしよう!」
あわわわちょっと待てい!
「ええっ!? ポリンとオカズの教え合いっこ!?」
レイさん言い方!
「駄目なの?」
いやまあ、オカズの教え合いっこというか互いにそういう漫画や動画を推薦し合うのは男子では普通ですが……て違うだろ!
「駄目て言うかな……」
レイさんは苦悶の表情を浮かべ俺とポリンさんを交互に見た。デートと道義を天秤にかけているのだろう。
「いや、やっぱり宿題は自分だけでするべきだよ」
見かねて俺は口を挟んだ。
「自分でやらないと頭に入らないかもだし。ポリンちゃんもその時間で、セットプレーの方を詰めて欲しいし」
どちらを選らんでもレイさんは後悔が残るだろう。だったら俺が決めてしまう方が良い。
「そうなの?」
「う、うん。せやな。ちょっと頑張るわ……」
レイさんは大きく肩を落として呟いた。その姿があまりにも可哀想なので、俺はそっとある条件を告げた。
「(レイさん落ち込まないで。ドワーフ戦でもし2点以上決めたら、試合の後の日に時間をとって付き合うから)」
「(マジで!? ほんまにその条件でええん?)」
レイさんはぱぁっ、と表情を明るくして言った。
「(3点でもええで?)」
凄い自信ですねこの娘。貴女、前半45分しか出場しない予定なの忘れてませんか?
「(前半だけだからね。2点で)」
「(任務は遂行する、宿題の期限も守る、両方やらなアカンのが幹部の辛いところやな)」
任務て大げさな。あとレイさん何時から幹部になった?
「(覚悟はええか? うちはできてる!)」
レイさんはそう力強く宣言した。この子、覚悟とかなんか勇ましい台詞が好きだなあ。どこで覚えてくるんだか……て実家の漫画喫茶か?
「あ、あれが宿舎じゃない? うわ、報道関係もいっぱい……」
ポリンさんが前方の建物を指さし、ついでその前に陣取る様々な種族のメディア関係者を見て俺の後ろに身を隠した。
「ごめん、ちょっと前に行ってくる。何を聞かれても黙って微笑んで流すだけで良いからね?」
俺は両者にそう言い残すと、前の選手たちを追い越して一番前まで走った。
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