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第九章

スーツの裏側

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 俺はグリポートからそのまま王城へ入り、借りている一室でスーツに着替えを済ませてから彼女たちと合流した。
「わーい! えっちな姿のショーちゃんのお出ましだー。久しぶり!」
「シャマー、真面目に調整して」
 シャマーさんとナリンさんだ。キャプテンとコーチは大きな魔法陣が点滅する暗い部屋で俺を待っていた。今回の監督カンファレンスにはこの2名を同行させることになる。
「俺のは夢の中でも見てるでしょうが! それはそうとして、そちらも素敵です。お二方も似合ってますね。ばっちりです!」
 目の前の2名もなんとスーツを着ている。しかもダリオさんが協会の仕事をしている時のような軍服っぽいものでもなく、スカートでもない。所謂パンツルックので男女の違いはあるが、色もスタイルも俺とお揃いのヤツだ。
「うふふ、そうかな?」
「夢の中で? そんなシチュエーションあったでしょうか?」
「あ、いや、テイラーさん服職人には夢のようなふわっとしたイメージしか伝えられてないんですが、どうですか?」
 おっと! 夢の中でスーツを着たのはシャマーさんに襲われた時だけだった。俺は慌てて話を逸らす。
「身体にフィットするけど締め付け感はなくて良い感じー」
「そうですね。何だか気が引き締まる思いです」
 シャマーさんとナリンさんはその場でくるっと回ったり腕を上げ下げしたりしながら応える。実のところ両者が着ている上下は、あるテイラーさんが作ってくれたオーダーメイドの服で、動き易いのも当然と言えば当然なのだ。
 いや、『作ってくれた』と言うのは簡単過ぎるか。何せそのテイラーさんは元となった俺のスーツ――記憶の中にあるモウリーニョ監督が着ていた、恐らくチェルシー時代のパケット・ロンドンのからドラゴンさんが作ったもの――を預かりそこからレディースにリデザインし、エルフサッカードウ協会のシンボルを刺繍で入れたりあれやこれやをしてくれたのだ。『めちゃくちゃ頑張って技術を注ぎ込んで作ってくれた』というのが正確な表現だろう。
 まあその正体はエルフ王家御用達のテイラーさんだけど。金もかかったが本当に良い仕事だ。
「なら良かった。でも改善点が思いついたらガンガン言って下さいね。それはあくまでもプロトタイプなんで」
「そっか。ねえねえ、ワンタッチで脱がせるとか面白くない?」
「チーム公式ウェアにそんな機能要りません!」
 ジャージとかならともかくアウェイ移動時に着る正装にそんなの入れてどうするんだよ!? しかもお金かかってるのに簡単に脱ぐな!
「えー!? 移動の馬車の中でムラムラした時とかさあ?」
「しません!」
「あの……」
 俺とシャマーさんがいつもの漫才をしていると、ナリンさんが自分の袖を引っ張りながら手を上げた。
「どうしました?」
「改善点と言うほどではありませんが……この服はお高そうじゃないですか? チーム全員に配布するのですよね? 少し安い素材にしても良いのでは?」
「あーそれね」
 一目で高級品と見抜きコストまで心配してくれる有能なアシスタントに、俺ではなくシャマーさんが説明を始めた。
「着心地の良さもあるんだけど、生地に召喚術が安定化する物質を混ぜ込んであるの。だから他の選択肢はないのよ」
 そう。この衣装は格好良さや快適さで身に纏う選手を鼓舞するだけでなく、瞬間移動の魔法――ジャンルとしては召喚術に属するらしい――の安全性を高める為のものでもある。
 何故か? というとそれは俺の強い要望であった。少し長い話になるけど良いかな? 良いよ? ありがとう!
 さて。この世界でサッカードウのチームがアウェイへの移動する方法については相手種族の国との距離や魔法レベルにも左右されるが、馬車、船、グリフォンといったモノに搭乗する他に「瞬間移動の魔法」という手段がある。
 馬車や船はまだ良い。だが科学文明で育った俺は魔獣や魔法をまだ信頼できない。前の世界ではそれらに接したことが無く、いや気づいてないだけかもしれないが、それはどっちでもいいや、ともかくもう二ヶ月以上この世界で過ごしているが、まだ慣れない。
「もしテレポートの最中に事故が起こったら!?」
と心配で仕方ないのだ。
 だから瞬間移動の魔法に頼る際は慎重に慎重を重ねて、安全に行く為に準備できるもの注ぎ込めるリソースは全部投入して下さい! とお願いした結果、こんな公式サプライができたのである。
 そしてそれは今回の監督カンファレンスにシャマーさんが同行する理由でもある。開催地のクリン島、ドラゴン族の最大の居住地までは魔法で飛ぶことが決まっており、不安に思った俺はスーツの早期開発と自分の知る最も信頼できる魔法使い――シャマーさんが信頼できるかって? まあ魔法の腕だけは、ね?――の同伴を依頼したのだ。
「そうなのですか! ではお値段は更に想像以上なのでは……? 大丈夫ですか?」
 ナリンさんは説明を聞いて更に不安になったようだ。この先は内密の話だが、まあこの2名になら教えても良いだろう。
「そこはですね」
 俺は魔法陣の光に顔を照らされながら口を開いた。
「大丈夫です。売りますから!」
「売る……ですか?」
「はい。エルフ代表のファン向けに『アローズ着用と同モデル』として商品化して公式グッズとして売りに出します! もちろん安定化物質とは抜いて生地もダウングレードして大量生産モデル廉価版にしますが」
 これはまだ俺とエルフ王家とテイラーさんとテイラーさん知り合いの服屋さんしか知らない情報ではあるが、キッズ用2サイズと大人用4サイズ男女共用で開発は進んでいる。
「はあ……。しかしそういうものが売れるのでしょうか?」
「そこはそれ、アウェイのスタジアム入りの度に全員が着てビシっとした姿を見せて購買意欲を煽るんですよ。『エルフ代表が着てるのと同じ服を着たい!』て思わせるように。中継を使って無料で宣伝しているようなものですよ、くくく……」
 俺がそう言って笑うと2名は神妙な表情で顔を見合わせた。
「(ショーちゃんが見たこと無いような悪い顔してる……)」
「(ショーキチ殿はこういう所、意外とアコギなんですね……)」
 一方、俺の方は
「シリアルナンバー入りで刺繍の色が違う高級モデルも限定生産で出すべきか……」
などと考えていた。
「ま、それもアローズの活躍次第ですけどね!」
 考えたものの、取らぬ狸のなんとやら……でしかないよな。
「それもそうねー」
「そうですね。勝てばきっと服の人気も出ます!」
 シャマーさんとナリンさんはそれぞれのスタイルで頷いた。
「ええ! その為の戦いは監督カンファレンスから始まりますよ!」
 俺はそう言って魔法陣の方へ一歩足を進め……られなかった。
「どうしたの? ショーちゃん?」
「ショーキチ殿?」
「やっぱ怖い……。瞬間移動する前に魔法で意識を失わせて、とかできないかな? 特攻野郎Aチームのコングみたいに?」
 通じないだろうがそう訴えると、シャマーさんはニンマリと笑いながら近寄り俺の首に両腕をかけた。
「もう、そんなに怖いの? まあショーちゃんを気絶させるの、私はやぶさかじゃないけど……」
「ショーキチ殿、覚悟して下さい! シャマー、早くしましょう」
 ナリンさんが座った目でシャマーさんの腕を外し、俺の腕を引っ張って魔法陣の中へ連れて行った。
「ちょ、ナリンさん!」
「はーい。じゃあ、いくよー」
 シャマーさんはそう言うと何言か唱えながら床の文字を叩いた。すると魔法陣の明滅が一気に速くなり、部屋中が閃光と俺の悲鳴に包まれた……。
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