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第九章

紅白戦(赤と青)その3

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「走った……死ぬ」
「前半だけで足が笑ってる……」
 ザックコーチの笛が鳴ると同時に何名もの選手がその場に倒れ込んだ。走りまくった赤組はもちろんだが、受けて立った青組も途中からそのペースに合わせられて疲労の色が濃い。しかもベテラン揃いだし。
「ハーフタイムはそのままピッチで休息をとって。あと特別に20分とします」
 俺はベランダからそう叫ぶ。
「最初の5分で後半のルール変更を伝えます。えースローイン代わりのボールの投げ入れ、前半は俺が指示していましたが、後半はスタッフさんが独自に判断して下さい」
 その言葉にピッチを囲む皆さんからどよめきの声が上がった。選手たちはまだ呻くだけで反応が薄い。可哀想だな。いや俺がやらせてるが。
「独自の判断、と言っても難しいすよね? なので一応基準として。後半は、選手がスタッフに呼びかけるのを許可します。名前を呼ばれたスタッフは、その選手にめがけてボールを投げ入れると良いでしょう」
 俺がそこまで言うと、スタッフさん達はひそひそと相談を始めた。
「そうは言うけど名前、覚えられているかな?」
といった反応が主だろう。
「どういうつもりなんじゃ?」
 ジノリコーチがルール変更をメモしながら訊ねる。
「そうですね。一つ、選手にもっと声を出して欲しいんですよ。疲れている時こそ、より声で味方を操ったりアシストしたりするのが必要ですからね。二つ、組織として一体感を出す為には、選手にもスタッフさんたちの名前を覚えて欲しいんですよ。これをその切っ掛けにしたくて。三つ目は……」 
俺は身を屈め、ジノリコーチに耳打ちするように言う。
「疲れました。投げ入れの指示するのが」
「ぶっ!」
 ドワーフの少女は思わず吹き出し、俺の顔に唾を飛ばした。
「あああ、すまん!」
「いえ、大丈夫です」
 慌てて彼女が差し出したタオルを受け取り、顔を拭きながら応える。
「イチャイチャしてるところごめーん! ショーちゃんしつもーん!」
 下から声がした。シャマーさんだ。ベランダを見上げ両手をメガホンのように当てながら叫んでいる。
「何ですか? あとショーちゃんじゃなくて監督、ね?」
「もしタイミングが悪くてボールが二つとか三つとか入ったらどうしたら良い?」
 おっとそれはもっともな疑問だな。俺は少し考えて答える。
「選手判断で素早く余計なボールを蹴り出して下さい。その前までがどうであれ、最後に残ったボールが有効です。とは言え外のスタッフも試合をよく見て、なるべく複数のが入らないように注意して下さい」
「わかりましたー!」
 選手、スタッフからそれぞれ了解の声が上がる。ジノリコーチには
「選手がスタッフの名前を覚えるようにしたい」
と言ったが、密かに逆もまた然りだ。クラブハウスの運営に関わる従業員には多種多様な種族が存在し、その中にはエルフやサッカードウに特に関心や好意を抱いていない者もいる。
 もちろんビジネスライク他人行儀な態度もそれはそれでアリだが、俺はどうせなら皆さんにサッカードウと、エルフの選手たちへの興味を持って欲しかった。
 その思惑が実るかどうかは、後半の選手達の頑張りにかかっていた。

「キラさんこっちにボール下さい!」
「いえこちらにキラさん……いやギランさん!」
 後半開始。選手の動きにエンジンがかかると共に、試合はかなり混沌としたものになってきた。
「「キヅルさんこっち!!」」
「今、私が先に言ったにゃん!」
「いや、自分っす!」
 プレスの掛け合いになると当然、ボールがサイドラインの外に出る機会が増える。ボールが外に出ると今度はボールを貰う為に、ピッチを囲むスタッフに名前を呼びかける機会も増える。しかし選手たちの殆どはまだ彼ら彼女らの名を正確に覚えておらず、必死に思い出そうとしながら叫ぶ事となる。
 試合は膠着状態のまま
「サッカードウをプレイしながらうろ覚えな名前を呼び起こし必死にアピールする」
ゲームという別の何かになろうとしていた。
「ボールください、ジェフィさんユニティさんヴァンさんロビーさん!」
「ほいきた!」
 シャマーさんが必死に呼びかけた左サイドではなく、逆の右サイドから警備担当のロビーさんがボールを投げ入れた。さすが犬のような外見のガンス族、耳が良い。
「よし、頂き!」
 それに素早く反応したリーシャさんがボールを確保し、ドリブルを始める。
「あれぇ?」
「シャマー! 名前の総当たり方式はおやめなさい!」
 ダリオさんがシャマーさんを叱責しつつ守備へ走る。なるほど、ガンス族にいそうな名前をあてずっぽうで並べたか。裏目には出たがやはりシャマーさん狡賢い。
「なあ、ショーキチよ」
「なんっすか、ジノリさん?」
「ちょっとおもてたんとちがう」
「ですね……。でも面白いからこのままやりませんか?」
 俺は隣でピッチを見下ろし難しい顔をしている真面目なコーチさんに応えた。
「……確かにそうじゃな」
 そうする間に、ジノリコーチも認める珍風景に更に面白い一幕が加わりそうだった。
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