上 下
146 / 624
第九章

母は強し

しおりを挟む
 俺たちとしては結構ながく話していたつもりだが、食堂へ帰ってみれば会はまだ続いており、選手が増えた分騒々しさはパワーアップしていた。 
 大量得点を上げたリストさんは、ナイトエルフであるというもの珍しさも手伝ってかかなりのエルフに囲まれ質問責めを受けている。隣にいるクエンさんの手助けもあろうが、意外とコミュニケーションとれてそうで安心だ。
 次に得点を取ったダリオさんは流石の余裕で、多くの客とスマートに談笑している。選手の中でたた一名ドレスに着替えた彼女を囲むエルフにやや高貴そうな身なりの、しかも年輩の男性が多いのは気のせいではないだろう。
 他の場所でも知り合いが知り合いの娘さんと久々に会い成長に驚き……とかなり盛り上がっている様だった。
 極めつけは誰が置いたか「13-1」と見えるように並べたケーキの皿たちだ。こいつら、本当に浮かれているな?
「おう、お前! なんてものを見逃したんだ!?」
 そう言いながら俺を見つけたティアさんが駆け寄って食いかけのケーキを押しつけてくる。誰が置いたか犯人がすぐに見つかったな。
「そんな事を言われても、ねえ?」
 確かマラドーナ率いるナポリが初優勝した時、ナポリの墓地にそんな落書きがされたって伝説があったな。そこで眠る死者にとってはまさに、
「そんな事を言われても」
だ。
「いや、俺はお腹いっぱいなんで。あとお前じゃなくて監督な? それよりレイさんはどこかな?」
 俺はティアさんが押しつけてくる半分ほどのケーキを断りながら、会場を見渡した。
「あいつか! なんかすげーガキだな! まあ突っかけてきたのがアタシのサイドならあそこまで簡単にやらせなかったけどよ! えーと……」
 ティアさんは残ったケーキを口に放り込みながら周囲を見渡し、クリームまみれの指で一点を指した。
「おう、あふぉこだ」
「ふむ、ありがとう。ちゃんと水分も取るんだよ?」
 ティアさんに教えて貰った方向にはボナザさん一家と話し込むレイさん一家がいた。口いっぱいにケーキを頬張り頷くティアさんに別れを告げ、俺はそちらの方へ向かう。
「じゃあ中を見たのはフェイントだったのかい?」
「うん。どーせ味方も追いついてへんかったしDFも戻って中は万全やから選択肢には無かったんやけど。ダメもとやん?」
 ボナザさんのご主人はフェルさんと、息子さんはカイ君たちと楽しそうに喋っていたが、ボナザさんは真剣にレイさんと語り合っていた。たぶん――GKであるボナザさん視点で言うと――失点シーンのFWの心理をレイさんに確かめていたのだろう。やっぱGKてストイックだな。
「こんばんは。お邪魔していいかな?」
「やあ、監督!」
「ショーキチ兄さん! どこ行ってたん? 探したで!」
 ボナザさんはデイエルフには珍しい短髪でユイノさんほどではないがなかなかの長身筋肉質だ。こうして見ると一方のレイさんはやはりまだ未成年で、身体ができあがってない気がする。二名とも試合後で同じチームジャージを着ているが、見た目の差は大きい。
「レイさんの得点シーンの話?」
「ああ。レイ君に見事にしてやられたが、どういう意図だったのか知りたくてね」
 そう苦笑いするボナザさんの頬や額には小さな傷がたくさんある。何十年もエルフ代表のゴールを守り続けてきた代償にして勲章だろう。俺は尊敬の念で気が締まる想いがした。
「いや、大量得点の展開であの失点だけと言うのは立派ですよ。集中力を保ってらした証拠です」
「どうかな? ライン裏のケアとか気を配る事が増えて、年寄りには堪えるよ」
 彼女は謙遜してそう笑ったが、実際のところ新しいGKスタイルについてボナザさんは必死に学んでくれている。ニャイアーさんの評価が高いのも頷けるものだ。
「この際だから申し上げますが、ユイノさんをGKにコンバートしたのはボナザさんに物足りない部分があるからではありません。この世界のサッカードウにはいなかったタイプのGK像を作り上げる必要があって、その素材として彼女が適していたからです。ボナザさんがこれまで築き上げてきた力量、新しい技術を学ぼうという姿勢は俺もニャイアーコーチも十分に理解しています。シーズン中もきっと貴女を必要とします。よろしくお願いします」
 俺が急に長文ながいことを喋ったのを見て、ボナザさんもレイさんもやや驚いた顔をした。だがやがてボナザさんはにっこりと笑うと力強く頷いた。
「ありがとう、監督。その言葉で十分だ。今シーズンも今まで以上に精進させて貰うよ。でも良ければ……」
 そう言うとボナザさんは傍らで遊んでいた少年の腕を引き、抱き締めながら俺に向ける。
「今の言葉を息子の前でもう一度、言ってくれるかな? コイツ、ユイノ君のGK転向を聞いた時に怒り狂ってね。『かーちゃんじゃダメなのか!』ってね」
 彼女が笑いながらそこまで言うと息子さん――確かビーンという名の筈だ――は気まずそうな顔をしてそっぽを向いた。俺もさっきの言葉を笑いながら繰り返す。
「……という訳なんだ。だからお家ではビーン君もお母さんを助けてくれよな? 男の子だろ?」
「お、おう」
 ビーン君は生意気な口調でそう答えた。それを合図に、ボナザさん一家はレイさん一家との会話に戻る。
 楽しそうに話す両家の様子とさっきの風景を見てなんだろう、家族って良いな、というシンプルな感想を抱く。学生時代はあまり意識しなかったし社会人になってからはそれどころではなかったが、世の殆どの人やエルフには家族がいて家族としての顔があって、俺が普段見ているのは全然別の顔なんだよな……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王家も我が家を馬鹿にしてますわよね

章槻雅希
ファンタジー
 よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。 『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

貴方に側室を決める権利はございません

章槻雅希
ファンタジー
婚約者がいきなり『側室を迎える』と言い出しました。まだ、結婚もしていないのに。そしてよくよく聞いてみると、婚約者は根本的な勘違いをしているようです。あなたに側室を決める権利はありませんし、迎える権利もございません。 思い付きによるショートショート。 国の背景やらの設定はふんわり。なんちゃって近世ヨーロッパ風な異世界。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様に重複投稿。

治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~

大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」  唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。  そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。 「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」 「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」  一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。  これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。 ※小説家になろう様でも連載しております。 2021/02/12日、完結しました。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

処理中です...