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第六章

呉越同舟

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 風景が灰色に変わった。物理的精神的頭痛を抱えながらも、俺たちは旅の最後の目的地「ノトジア」へ着いたのだ。
 文明圏の最南端――ここから南には虚無の砂漠だけがどこまでも広がっている――に位置するこのノトジアは、大陸唯一の軍事国家であり他民族国家でもある。すれ違う馬車も人々も、物々しい武装をまとった多種多様な装いを見せている。
 砂漠方面にのみ強固な城壁を広げるこの街にはそれ以外に明確な境界線など無く、気づけば街に入っているという感じだ。街道沿いには無秩序に宿舎や訓練所や倉庫、そして最低限の市場や宿場が並んでいる。
 このような街で観光客然として過ごす訳にもいかない。俺達は宿を取った後は砂漠の都市に相応しい服装に着替え、エルフの本国にいた時から見学を申し込んであった軍事施設の見学へ向かった。

「どうぞこちらへ」
 案内役の兵士にくぐもった声に促され、俺達は篝火が焚かれた城壁の最上段へ繋がる階段を登った。この国の兵士の士官以上は特殊な仮面――目や口の部分に魔法のフィルターを備え付け砂漠での活動をアシストするという――をつけ、『ノートリアス』という敬称で呼ばれる。恐らく彼、そして恐らく人間のこの兵士もノートリアスであり狼を模したマスクを上に向け、薄暗い階段を登る俺達に続いて城壁へついた。
「ちょうど船が出たようです」
 彼はガントレット手甲に覆われた指を砂漠の方へ指す。その先には砂の上数メートル上空に浮き、月の光を受けて飛ぶ魔法の帆船の姿があった。
 空飛ぶ帆船そのものはエルフの魔法による作成物、両舷に並ぶ大砲はドワーフによる鋳造物だという。その上でミノタウロスの水兵が舵を取り、ハーピィの偵察兵が帆上を旋回する。
 やがて船の前方に、おぞましい姿の敵が姿を現した。砂の中から次々と起き上がる動く死体……アンデッド不死者たちだ。
「なんなんあれ……ひくわ……」
 怯えたレイさんが緊迫した様子で俺の手を握る。安心させるように、俺は何度かその手を叩いた。
 南風の王国ノトジア。サッカードウが普及し種族間の抗争が無くなったこの大陸において唯一存在する軍事国家。彼ら彼女らの戦う相手、及び存在意義があのアンデッドたちだ。
「奴らの出現周期や数はおおよそ予想できるようになっています。しかし以前はそんな状況ではありませんでした……」
 ノートリアスの士官さんは重々しい口調で説明を始めた。

 虚無の砂漠は記録に残らないほど昔からあった。だがそこからアンデッドたちが沸くように現れ、触れた無生物を砂のように壊し生命体を殺して同胞にしてしまうようになったのは50年ほど前からだった。
 当時のノトジアはもっと南、虚無の砂漠に入り込んだ場所にある人間一部族の小国だった。だが事態が大陸中に伝わるとすぐ、各国各種族が(サッカードウの普及により使用される事が減った)軍隊を送り徹底抗戦となった。
 いや撤退抗戦というべきか。初めて戦う特殊なアンデッド、慣れない共同戦線で苦戦を強いられた連合軍は多大な犠牲を払いながらも後退を続け、何とか現在の位置でアンデッドたちの侵攻を食い止め城壁を築いた。 
 城壁を前にアンデッドたちはまるで指揮官がいるかの様に一時、戦線を引いた。その間に大陸全種族の首脳の間で会議が開かれ、ノトジアを共同管理の都市とすることになった。
 その決定がなされた直後にまたアンデッドの侵攻が始まった。となると『共同管理』という体制が再び軍隊の足を引っ張るようになる。その事態に痺れを切らした何組かの種族の将軍たちはある決定を独断で行う。
「ノトジアは軍事国家として独立する」
と。
 その決定に対する各種族の反応は様々だった。表だった反対も裏工作も行われた。だが最後には必要が思惑を押しやり現在の形のノトジアが誕生した。
 そんな形で産まれた国家なので実のところ国として、あまり明確な産業や収入源はない。砂漠に面さない丘陵地帯でわずかに果物の農場などがあるくらいである。
 ノトジアを支えるのは支援を公言している数種族――その中の幾つかは徴兵制を定め、ノトジアでの軍役を成年の義務としている――からの寄付金、そしてドラゴンサッカードウ協会、DSDKが収める税金だった。
 そう、DSDKは書類上はこの国に存在していた。サッカードウを愛するドラゴンたちはある事を決して忘れないのだった。
「自分たちが平和にサッカードウを楽しめるのは、ノトジアがここで戦ってくれているからだ」
という事を。
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