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第五章
恣意的な作品選択
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「尊み略奪隊?」
話は数日前に遡る。秘密のヴェールに包まれたナイトエルフの領地、「ヨミケ」へ入る方法としてステフが説明した単語が、俺にはさっぱり分からなかった。
「ああ。ナイトエルフは地下では摂取できない養分を獲る為に、定期的に略奪隊を地上へ派遣している。そいつらをおびき出して捕らえ、案内して貰おうっていう寸法だ」
「何でそれする必要があるんだ?」
首を捻って質問する俺に、ステフが呆れつつも応える。
「だからさ。ヨミケへのルートをこっちで見つけるのは難しいから、そこから出てきた奴らを使うってさっき説明したじゃん」
「いや、そっちじゃなくてね」
俺は地中から這い出た蛇を捕まえるようなジェスチャーをするステフを制止し、蛇の役割をする方の手を掴んで言う。
「こっち」
「こっち?」
「その『尊み』てなんだ? 摂取しないといけない養分なのか? どうして地下じゃ摂取できなくてわざわざ地上まで来るんだ?」
俺は疑問点を一気に並べた。
「そーこからかー。『エモい』は知ってる?」
「まあ言葉くらいは」
「じゃあ『エモい関係』は分かるかな? なんか深い因縁があったり想いがあったり障害があったりとりあえずキュンときたりする関係な。その二人の間に流れる空気とか見ていてもどかしい感じとかあると、人によっては『尊い』て思うんだよ」
「はあ」
言われてみれば会社でオペレーターのお姉さんたちがアイドルや二次元のキャラたちを指してそんな事を言った気がする。
「でそういうのを定期的に観て身悶えしたい人種がいるの」
「それ……自傷癖の一種か?」
「お前、各方面に喧嘩売ったぞ? それはそうとして、ナイトエルフにはそれを好む奴らが多いんだけど、大洞穴ってアレで広くて狭い空間でな。いる種族もそんなに多様性無いし、関係性にもそんなに広がりがない。なので地上に出て、尊みを浴びに行くんだよ。略奪隊で」
なんだろう、地下って娯楽が少ないのかな? 待てよ、隊って?
「それを集団で?」
「ああ。ナイトエルフは独自に魔法の道具を大量に持っててな。姿を隠せるヴェールとか被ってみんなで徘徊するんだよ。で、初恋未満の少年少女が学校帰りにからかったり買い食いしたり、妻子ある男同士が山の中で禁断の恋愛したりしてるのを見つけるとな。側で潜んで見聞きして楽しむの」
「やだそれ怖い」
「無害なもんだぜ? 基本、側で黙ーって観てるだけでノータッチだし」
いややってる事と精神性はめっちゃ怖いんですが!
「まあ、その、とりあえずそういうナイトエルフさんたちを捕まえてヨミケまで案内して貰うって事だな? でも見つけるのは難しそうだ。俺たちも隠れてその『尊い』関係の人たちを監視するのか?」
「うんにゃ。『おびき出す』って言っただろう?」
そう言うとステフは懐から短髪のカツラを取り出し、いやな笑顔を浮かべながら言った。
「この旅で何回も練習はしてたよな? 今回が本番だと思え」
そして現在。野営地には逃げ出したナイトエルフの少女たちも、隠していたスワッグステップの馬車も集合していた。共に火を囲み事情を話し、馬車から降ろした食事や酒や本などを回す間にナイトエルフさんたちはすっかり打ち解けた空気になっていた。
「しかし人目を避けて愛し合う男同士でも、反目し合う名家の男女でもなかったとは残念でござるな~」
意識を戻し、ついでに何か薄い本をステフから貰ったナイトエルフの女性、略奪隊のリスト隊長が言葉とは裏腹にご機嫌な口調で言った。
「いや、何かすみません。でも我々は、どうしてもヨミケを訪れたかったもので」
俺は頭を下げながら彼女の杯に酒を注ぐ。このリストさんと黒装束の従者クエンさんだけが成年で、後は未成年との事だった。
「いやいや、お二方の『サッカー監督とコーチ』という関係もなかなかオツなもので……酒が進むでござる」
リストさんの言葉は翻訳のアミュレットを通しても変な感じだった。
「(だよね! 尽くすタイプと超鈍感てのもアリだわ)」
「(ナリスがショーを慈しむ目、演技ではできないアレだもの!)」
中身は聞こえないが、小声で話す他の少女の言葉は普通の様だった。つまりリストさんのこれはナイトエルフ全般ではなく、彼女の個性という事だろう。
「リストパイセン、あまり飲むと明日の案内に差し障るっすよ」
リストさんの側で片膝立てて座っていたクエンさんが口を挟む。しかしポニーテールのリストさんに仕える黒装束のクエンさん、まるで侍と忍者の様な風景だ。流れる空気は『文化系クラブの、変なしゃべり方の先輩と後輩』だが。
「案内……本当に案内して頂いても宜しいのですか?」
こちらは俺に仕えるように側に座るナリンさんの質問だ。彼女が訝しむのも分かる。俺たちはナイトエルフさんたちが好みそうな
「人里離れた土地で密かに禁断の愛を育む男同士」
を演じ、引き寄せて無理矢理接触を試みたのだ。
大事な目的の為とはいえ期待を裏切り、騙し、弄んだ。本来なら激怒されてもおかしくない。しかしリストさんたちは怒るどころか、喜んでヨミケへ招待するという……。
「もちろんでござる! 我々はナマモノかどうかはえり好みしません。尊いものを見せて頂いたのは変わりませんし、何よりショー殿は……」
そこでリストさんは一息ついて言う。
「偉大なる『キャプテン翼』『明日へフリーキック』『ホイッスル』等を産んだ日本から来られた方。支部長クラン様もきっと喜びます」
彼女はスラスラと漫画? のタイトルを語ったが俺にはキャプテン翼しか分からなかった。ナマモノとかなんとかも意味不明だ。しかし『地球』とか『異世界』じゃなくてはっきりと『日本』て言われたな?
「そう言って貰えると助かります。今宵はゆっくり休んで頂いて、明日の朝みなさんの準備が整ったら出発……で宜しいですか?」
「御意! ショー殿のおっしゃるままに!」
リストさんは深々と頭を下げて返事した。クエンさんも遅れてそれに準じる。
「その『ショー殿』はもう良いですよ。俺、将吉って言うんでショーキチとでも呼び捨てにして貰えば……」
「イヤです。ショー殿です」
それはリストさんが初めて見せた断固たる拒絶だった。しかもくい気味で。
話は数日前に遡る。秘密のヴェールに包まれたナイトエルフの領地、「ヨミケ」へ入る方法としてステフが説明した単語が、俺にはさっぱり分からなかった。
「ああ。ナイトエルフは地下では摂取できない養分を獲る為に、定期的に略奪隊を地上へ派遣している。そいつらをおびき出して捕らえ、案内して貰おうっていう寸法だ」
「何でそれする必要があるんだ?」
首を捻って質問する俺に、ステフが呆れつつも応える。
「だからさ。ヨミケへのルートをこっちで見つけるのは難しいから、そこから出てきた奴らを使うってさっき説明したじゃん」
「いや、そっちじゃなくてね」
俺は地中から這い出た蛇を捕まえるようなジェスチャーをするステフを制止し、蛇の役割をする方の手を掴んで言う。
「こっち」
「こっち?」
「その『尊み』てなんだ? 摂取しないといけない養分なのか? どうして地下じゃ摂取できなくてわざわざ地上まで来るんだ?」
俺は疑問点を一気に並べた。
「そーこからかー。『エモい』は知ってる?」
「まあ言葉くらいは」
「じゃあ『エモい関係』は分かるかな? なんか深い因縁があったり想いがあったり障害があったりとりあえずキュンときたりする関係な。その二人の間に流れる空気とか見ていてもどかしい感じとかあると、人によっては『尊い』て思うんだよ」
「はあ」
言われてみれば会社でオペレーターのお姉さんたちがアイドルや二次元のキャラたちを指してそんな事を言った気がする。
「でそういうのを定期的に観て身悶えしたい人種がいるの」
「それ……自傷癖の一種か?」
「お前、各方面に喧嘩売ったぞ? それはそうとして、ナイトエルフにはそれを好む奴らが多いんだけど、大洞穴ってアレで広くて狭い空間でな。いる種族もそんなに多様性無いし、関係性にもそんなに広がりがない。なので地上に出て、尊みを浴びに行くんだよ。略奪隊で」
なんだろう、地下って娯楽が少ないのかな? 待てよ、隊って?
「それを集団で?」
「ああ。ナイトエルフは独自に魔法の道具を大量に持っててな。姿を隠せるヴェールとか被ってみんなで徘徊するんだよ。で、初恋未満の少年少女が学校帰りにからかったり買い食いしたり、妻子ある男同士が山の中で禁断の恋愛したりしてるのを見つけるとな。側で潜んで見聞きして楽しむの」
「やだそれ怖い」
「無害なもんだぜ? 基本、側で黙ーって観てるだけでノータッチだし」
いややってる事と精神性はめっちゃ怖いんですが!
「まあ、その、とりあえずそういうナイトエルフさんたちを捕まえてヨミケまで案内して貰うって事だな? でも見つけるのは難しそうだ。俺たちも隠れてその『尊い』関係の人たちを監視するのか?」
「うんにゃ。『おびき出す』って言っただろう?」
そう言うとステフは懐から短髪のカツラを取り出し、いやな笑顔を浮かべながら言った。
「この旅で何回も練習はしてたよな? 今回が本番だと思え」
そして現在。野営地には逃げ出したナイトエルフの少女たちも、隠していたスワッグステップの馬車も集合していた。共に火を囲み事情を話し、馬車から降ろした食事や酒や本などを回す間にナイトエルフさんたちはすっかり打ち解けた空気になっていた。
「しかし人目を避けて愛し合う男同士でも、反目し合う名家の男女でもなかったとは残念でござるな~」
意識を戻し、ついでに何か薄い本をステフから貰ったナイトエルフの女性、略奪隊のリスト隊長が言葉とは裏腹にご機嫌な口調で言った。
「いや、何かすみません。でも我々は、どうしてもヨミケを訪れたかったもので」
俺は頭を下げながら彼女の杯に酒を注ぐ。このリストさんと黒装束の従者クエンさんだけが成年で、後は未成年との事だった。
「いやいや、お二方の『サッカー監督とコーチ』という関係もなかなかオツなもので……酒が進むでござる」
リストさんの言葉は翻訳のアミュレットを通しても変な感じだった。
「(だよね! 尽くすタイプと超鈍感てのもアリだわ)」
「(ナリスがショーを慈しむ目、演技ではできないアレだもの!)」
中身は聞こえないが、小声で話す他の少女の言葉は普通の様だった。つまりリストさんのこれはナイトエルフ全般ではなく、彼女の個性という事だろう。
「リストパイセン、あまり飲むと明日の案内に差し障るっすよ」
リストさんの側で片膝立てて座っていたクエンさんが口を挟む。しかしポニーテールのリストさんに仕える黒装束のクエンさん、まるで侍と忍者の様な風景だ。流れる空気は『文化系クラブの、変なしゃべり方の先輩と後輩』だが。
「案内……本当に案内して頂いても宜しいのですか?」
こちらは俺に仕えるように側に座るナリンさんの質問だ。彼女が訝しむのも分かる。俺たちはナイトエルフさんたちが好みそうな
「人里離れた土地で密かに禁断の愛を育む男同士」
を演じ、引き寄せて無理矢理接触を試みたのだ。
大事な目的の為とはいえ期待を裏切り、騙し、弄んだ。本来なら激怒されてもおかしくない。しかしリストさんたちは怒るどころか、喜んでヨミケへ招待するという……。
「もちろんでござる! 我々はナマモノかどうかはえり好みしません。尊いものを見せて頂いたのは変わりませんし、何よりショー殿は……」
そこでリストさんは一息ついて言う。
「偉大なる『キャプテン翼』『明日へフリーキック』『ホイッスル』等を産んだ日本から来られた方。支部長クラン様もきっと喜びます」
彼女はスラスラと漫画? のタイトルを語ったが俺にはキャプテン翼しか分からなかった。ナマモノとかなんとかも意味不明だ。しかし『地球』とか『異世界』じゃなくてはっきりと『日本』て言われたな?
「そう言って貰えると助かります。今宵はゆっくり休んで頂いて、明日の朝みなさんの準備が整ったら出発……で宜しいですか?」
「御意! ショー殿のおっしゃるままに!」
リストさんは深々と頭を下げて返事した。クエンさんも遅れてそれに準じる。
「その『ショー殿』はもう良いですよ。俺、将吉って言うんでショーキチとでも呼び捨てにして貰えば……」
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