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第五章

無言の目

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 横になって野営の焚き火を見る俺のまぶたは、気を抜くとすぐにでも落ちてしまいそうだった。森を旅して三日目。俺の疲労は限界に近くなっている。アーロン、ウォルス、アホウと旅して
「俺も立派に異世界の旅人になったなあ」
と自惚れていたのは間違いだった。アレはステフの魔法の馬車というバフ強化魔法がかかっていただけなのだ。
「……寒い」
 上空が大きく開けた野営地には容赦なく風が吹き付けてくる。火を熾し毛布にくるまっても、あまり暖かさを感じられない。
 まして今は大がかりなミッションの山場だ。疲労、緊張、寒さが容赦なく俺の精神を攻め立てる。
「大丈夫か?」
 相棒の声がしてやや眠気が飛んだ。
「少し寒い」
 そう言いながらも俺はゴクリと唾を飲み込んだ。それは合図の言葉だったからだ。
「近寄るぞ?」
 気配が動き、背後に横たわっていた相棒が俺の背中に密着した。
「ナリス!?」
「暖めるだけさ。いいだろう?」
 その言葉と矛盾するように、相棒の手が俺の前に回り服の前を開けていく。
「ナリ……ナリス、いったい何を!?」
「もう我慢できないんだ! 良いだろう?」
 相棒は半身を起こすと力ずくで俺を仰向けにし、覆い被さる。彼……彼女……彼の興奮した吐息が顔に当たる。
「よせ、だ、ダメだ!」
「ショー……愛しているんだ!」
 相棒は俺の腕を掴むと、大きく大の字を書くように広げさせる。その顔が更に近づき、荒い”複数”の吐息が周囲から漏れる。
「腕を離せ!」
「(ショーキチ殿、右腕の少し上、草の横を掴んでください)」
 俺は相棒……男に変装したナリンさんの助言通り腕を伸ばし、何かを鷲掴みにしながら身体を起こす。
「きゃあああ!」
 何も無い筈の空間だが、俺の右手には誰かの足首を掴んだような感触があった。ナリンさんも呼応するように身体を起こし、虚空の何かを掴んで投げ捨てる。
「一名、確保しました! ステフさん!」
 叫ぶナリンさんの前に、悲鳴をあげる一名の少女の姿が現れた。尖った耳に藍色の肌……ナイトエルフの少女だ。
『助けてリスト様!』
「落ち着いて! 君たちを傷つけるつもりはないんだ!」
 そう言って尻餅をついた少女を落ち着かせようとするが、横たわる時に魔法のアミュレット翻訳機を外してしまっていたから言葉が通じるかは分からない。とにかく声をかけつつ逃げられないように身柄を確保する。
「でかしたぞ二人とも……ってうわぁ!」
「どりゃあああ、っす!」
 上空で待機していたスワッグとステフが急降下してきた。きたのだが、着地寸前で物陰から飛び出した大きな黒い影に体当たりを喰らい、スワッグはその影と一緒に崖下へ、ステフは俺たちの隣に落下する。
「ステフさん、大丈夫ですか!?」
「ダイジョーブ! 博士のこれでも喰らいやがれ!」
 ステフは身を起こしながら懐から取り出した球体を地面に投げつける!
『え、嘘!』
 紫色の衝撃波が周囲を浚うと、野営地のそこかしこにナイトエルフの集団が姿を表した。ステフの予想では何名かのナイトエルフが姿を消せるマジックアイテムで潜んでいるとの事だったが……まさかこんな近くにこんな人数が!?
『リスト様、姿隠しのヴェールが!?』
『魔法停止のオーブだ! 年長者は年少者を連れてランデブーポイント合流地点へ向かえ! 拙者はアデンを救う!』
 一人のナイトエルフが何やら仲間に叫び、その後武器を手にしながら俺たちに対峙した。
『彼女を離して貰おうか?』
『やなこった。お帰りはお代を頂いてからだぞ?』
 その一人とステフが何か言い合っている。ナイトエルフの集団には年齢様々な少女がいたが、殆どはさっと身を翻して森に消えた。残っているのは俺が捕らえた少女と、目の前で二本の剣を抜きはなったポニーテールの女性だけだった。
『お代はお主たちの命では負からんか?』
 その女性は集団の中でも最年長らしく(と言ってもエルフなので見た目は20代、実年齢はン歳とかだろう)、かなりの高身長かつ筋肉質な体型をしている。相当鍛えているのか両手に構えた剣は微動だにしない。
 更にその剣は片方が炎を、片方が冷気を放ちそれぞれステフとナリンさんを牽制している。少女を抱えた俺は脅威ではない、と瞬時に見抜いているのだろう。
『お止めください! 乱暴な手段をとってしまいましたが、私たちに争う意思はありません!』
 ナリンさんが短髪のカツラを脱ぎ捨てながら何か言った。
『なっ! 男じゃ無かっただと……!?』
 ナリンさんに向けた冷気を放つ剣が急にブルブルと震える。
『何の為に変装を? 拙者たちをおびき寄せる為か?』
『うんにゃ。彼女とその人間は対立する貴族の名家同士なんだが、駆け落ちして逃げてる最中なんだわ。追っ手を惑わす為と余計な詮索を避ける為に男装してんだよね』
『えっステフさん?』
 エルフ語の会話が続き何を言っているか分からない。こんな時にアレだがこの置いてきぼり、久しぶりの感覚だ。
『なにそれ! でも拙者、そちらの設定の方が好きでござる!』
『ちなみに人間がまだ幼い頃に森で一度会ってて、その時も男装してたんだよね。エルフはそれからずっと人間の事を想って、最近告白したとこ』
『辞めてもう死ぬ!』
 何やら叫ぶと、その女性は両剣を放り出しその場に卒倒した。
『スパダリ×モブかと思ったらそっちだなんて……』
 俺が捕らえていた少女も静かに気を失う。分からんがちょっと侮辱された気配を感じるぞ?
「おっと、思った以上に上手くいったな」
「どうしましょう? 今の間に縛るでありますか?」
「大丈夫なんですか? と言うか何があったんですか?」
 ようやく日本語及びいつもの口調に戻ってくれたステフとナリンさんに事情を訊ねようとした俺に、上空から声がかかった。
「おーい、こっちは説明できたぴよ」
『あ、リストパイセン!』
 スワッグだ。背中には黒装束のナイトエルフの少女を乗せている。もしかして体当たりしてきて崖下に一緒に落ちていった相手か?
『リストパイセン、また病気が出たっすか……』
 その大柄なナイトエルフさんは何やらため息をつきながら、倒れている二刀流のナイトエルフさんに近づいた。共に体格が良く俺より大きいくらいだが、気を失った顔と心配そうな顔はずっと幼く見える。
「ちょっと……話し合いましょうか?」
 俺は翻訳のアミュレットを取り出し装着しながら、彼女に声をかけた。
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