上 下
61 / 624
第四章

潜入開始

しおりを挟む
「うあー緊張してきた」
 後日。俺とナリンさんは「アホウマリンスタジアム」にいた。グランドの端に少し高いステージのようなものが設置されており、机と椅子と仕切のロープが渡してある。その壇上にはまだ誰もいないが、ピッチレベルの方には俺とナリンさんを含む多様な種族が溢れていた。
 それぞれ名前や色の入ったTシャツや法被で身を飾り、握手会が開始されるのを待っている。そう、ここにいるのは紛れもなく『WillU』のファン達だ。
「凄い人数……しかもかなり女性がいるんですね! 驚きです」
 帽子と眼鏡で変装したナリンさんが呟く。俺も念のため髪型と衣装を変えてこの会場にいる。いないのはスワッグとステフだ。彼女たちは同じショウビズ業界関係者で共演経験もあるので、変装してもバレるかもしれないので今回の作戦には参加しない。
「ええ。今時のアイドルは、女性ファンを掴むのも必須です。アローズはどうなんでしたっけ?」
「ダリオ姫は国民のアイドルなので男女ともにファンがいますが、それ以外で言えばやはり男性に偏っていますね。我々も女性サポーターへのアピールをもっと考えるべきかもしれません」
 ナリンさんが眼鏡を光らせながら答える。地味な変装をしつつも美貌を隠し切れていない感じがズルい。
「その辺りのヒントも、この握手会で掴めれば良いんですが……」
 彼女に比べ、地味な格好をしたらトコトン地味な姿になる我が身を顧みながら言う。
 今日のターゲットは二名、潜入しているのも二名だ。ナリンさんが小柄で元気一杯のムードメーカー「トレパー」さんに接触し、俺がスケールの大きさが魅力、未完の大器「カペラ」さんの羽根と心に触れる。
 何か言い方が気持ち悪いな?
「まず先日のライブの感想を言って、サッカードウでも頑張って欲しいと伝えて、サッカードウ素人なので何を見れば良いですか? と聞く……」 
 ナリンさんが手元のメモで段取りを確認する。個々の人気や混み具合、運営さんの方針によって異なるが、握手会でファンとアイドルが接触できる時間はそれほど長くない。短い時間で良い印象を与え心を開かせ、必要な情報を聞き出すのはなかなか困難なミッションだ。入念な作戦が要る。
「本当に俺がカペラさんで良いんですか?」
 緊張の面持ちでメモを繰り返し読むナリンさんに問う。彼女はどちらかというと物静かな方だし、元気一杯なトレパーさんと話が弾むかはやや不安なのだ。
「はい、大丈夫です。ショーキチ殿はカペラさんとしっかり話してきて下さい」
 なのにナリンさんがトレパーさんを担当する事になったのは、頑張り屋さんだけど不器用で、先輩へのリスペクトを一杯に持ちつつも上を目指す一生懸命なカペラさんと俺がお話してみたかったからだ。はっはっは。
「はっはーあ、本当にすみません。楽しませて頂きます」
「え? ええ、その意気ですよね。試合も作戦も、緊張するより楽しむ気持ちで挑まないと!」
 うっ! そんなつもりで言ったんじゃないがその純真さが今は俺を苦しめる! やめてくれ!
「『永らくお待たせしました。まもなくWillU握手会~シャイニーウイング輝くすべての翼へ~を開始します。それぞれ手元の案内状に記載の場所へ集合下さい』」
 良心回路が悲鳴を上げる俺を救うようなアナウンスがスタジアム内に流れた。周りのファンも様々な歓声を上げながら行動を始める。
「では! 終わったら宿で!」
 トレパーさんとカペラさんの机の位置は遠い。また待機列や触れ合える時間の長さも未知数だ。俺たちは最終的には宿で落ち合うこと決めていた。
「はい。良い知らせを期待していて下さい!」
 ナリンさんが軽く手を振り、素早く自分の位置へ移動を開始する。俺は彼女が振り返らないの確認してから、口臭予防マウスウォッシュの香料つき小枝を噛み髪の毛をとかし、自分の列へ向かった。

 俺の整理券番号は一番後ろだった。それもそうだ、直前に慌てて円盤を買い漁って手に入れたものだから。故に待たされる時間は長く、緊張と期待が甘い痛みを俺の心にもたらしていた。(アホウに入ってからちょっと言動が痛いかもしれないがしばらく勘弁して頂きたい)
 背の高いカペラさんの姿はまだ列が短くなっていない時からでも見えた。父親の血か肌はやや浅黒く髪も黒い。一見するとアイドルとしての派手さはないが、シャープな動きと力強さは新人の中でも随一でファンの評価も高い。だが……ステフの声か脳裏に蘇った。
「カペラって子は自分で自分の素材や能力を持て余している感じなんだよな。気持ちが弱いとかじゃないんだ。ステージでも良い度胸みせるし動くと迫力もある。だけど何か足りない突き抜けない……て感じだ。足りないのはファンへのアピールかもしれない、との意見もあって本鳥ほんにんも気にしているらしい。。そこが狙い目かもな」
 それがステフのカペラ評だった。まあまあの酷評やんけ、くそ! とファンの末席としては思いつつも彼女の目は確かだ。いくつか見た円盤の中でも先輩を喰うほどの存在感を魅せた時もあれば、「いたっけ?」というライブもある。
 そしてサッカードウの方では……と考えている間に俺の番が遂に来た。
「こんにちは! いつも応援しています!」
 おおおお! 本物のカペラさんだ! て偽物も見たことないけど! 考え事をしていた為に言うことが吹っ飛んだ俺はとりあえず挨拶をしながら手を出す。
「こんにちは! ありがとうございます」
 笑顔で答えて羽根を差し出すカペラさんの首には、俺のと似た翻訳魔法のアミュレット首飾りがぶら下がっていた。ファンは多種族に渡るのでアイドルにとってもこの装置は必須だ。
「あ、同じのつけてます? お揃いだ~」
 カペラさんは俺の方のアミュレットを指さしながら、決して、けっして作り笑いではない表情で微笑む。なんという僥倖!
「お揃いです! あの、前回のライブ最高でした!」
「あー私が序盤の『レイザー』でキーを間違えてみんな巻き込んでボロボロになったライブですね」
 そうだった! カペラさんは『レイザー』というやや難解な曲でやらかしたのでそのライブには触れない予定だったのに!
「いや、その、違った!」
「冗談ですよ~。個鳥的こじんてきにはそこから立て直せたので良いパフォーマンスだったと思います。先輩には苦言を頂きましたが」
 カペラさんにフォローされてしまった。おかしい、そんな筈では……。
「はい、移動してくださいブヒ~」
「え? あ、はい。応援してます、頑張ってくださーい!」
 剥がし役の屈強なオークさんに肩を掴まれ、俺はカペラさんの前から強制的に排除される。顔だけ向けて意味のあるような無いような声をかけるのが精一杯だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

今世ではあなたと結婚なんてお断りです!

水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。 正確には、夫とその愛人である私の親友に。 夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。 もう二度とあんな目に遭いたくない。 今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。 あなたの人生なんて知ったことではないけれど、 破滅するまで見守ってさしあげますわ!

魔王城のグルメハンター

しゃむしぇる
ファンタジー
 20XX年 正体不明のウイルスによって世界は恐慌状態に陥った。政府の打ち出した感染対策である大規模なロックダウンや人流制限により、職を失い世にあぶれる人々が溢れた。  主人公の瑞野 カオルもその一人だ。今まで働いていた飲食店が閉店し、職を探していた彼のもとに、強盗に遭いそうになっている老人と鉢合わせる。  その老人を助けたカオルは徐々に数奇な運命に巻き込まれていく。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

文太と真堂丸

だかずお
歴史・時代
これは、とある時代を生きた、信念を貫いた人間達の物語である。 その時代、国、人々は冷酷無比、恐ろしい怪物達を率いる大帝国と言う軍勢に支配されつつあった。 逆らう者など皆無、人々の心は絶望と言う名の闇に侵食されつつあった。 そんな時代に奇妙な縁の中、出会い、繋がっていく者達 お互いを大切な生命と認識する彼らは、絶望と言う名の巨大な闇に立ち向かう。 そこで待ち受けるのは、想像を絶するほどの恐怖、裏切り、愛する仲間の死、人間と言う心の闇 彼らは魂から抉り出される闇と立ち向かっていく。 これは人間と言う、己の心、精神、信念に向き合い、自らの魂である刀と共に、友情と愛に生きた人間達の、心震わす魂の物語である。 (現在こちらの作品の続きはAmazonでの販売、もしくは、Amazonの読み放題で読めるようになっています、Kindleアンリミテッド登録中の方は無料で読めるようになっているので是非見て下さい。Amazonのサイトにて、こちらのタイトルを検索して頂けると読める様になっています)

どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら

風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」 伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。 男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。 それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。 何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。 そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。 学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに! これで死なずにすむのでは!? ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ―― あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?

処理中です...