上 下
55 / 647
第四章

ひとりぼっちのあいつ

しおりを挟む
「ウォルスでは色々あったけど二人ともお疲れ様。本当に助かったよ」
 御者台で隣に座るステフと、今日も軽快に馬車を引っ張るスワッグに向けて話す。
「良いって事よ」
「朝飯前だぴよ」
 両者は褒められて満更でもない、という顔で応える。
「ところでスワッグ、喉はもう大丈夫?」
「ありがとうぴよ。すっかり治ったぴい」
 スワッグは治った証拠とばかり、あの夜ゴブリンたちが歌った曲を口ずさんだ。気に入ったのか?
「そういうショーキチの方はどうなんだ? ちょっと寂しくなったりしなかったか?」
 ステフが狂騒の夜を思い出してか笑顔を浮かべながら聞いてくる。
「あー。確かにあの無礼講ぶりは、学生寮を思い出したなあ」
「そっち? アタシは家族のつもりで言ったんだけどな。ゴブリンってほら、大家族じゃん?」
「でも俺、家族いないし」
 と返事をした所でたぶん彼女らには生い立ちを説明してなかったような気がして、俺は宴会場で言った内容を繰り返す。
「……という訳で俺が望郷の念? みたいなのを覚えるのは寮の方なんだよなー。特にこの仕事、女性に囲まれているだろ? 野郎達との気楽なアレが恋しいと言えば恋しいかなあ」
「ほえ~。そういうもんか。ショーキチも大変だな」
 珍しく神妙な顔でステフが呟いた。
「そうでもないさ。俺はだいぶ恵まれている方だと思うし」
 彼女のあまり見ない表情に驚いてそう返事すると、俺もつられて神妙な顔になってしまった。
「飛ばない豚はただの豚ぴよ~♪」
 沈黙する俺たちの間にスワッグの歌が流れる。そんな歌詞だっけ!?
「ところでその話さあ?」
「はい?」
「みんなに、した?」
 長く考え込んだ後、ステフが聞いてきた。
「みんなって?」
「アローズのみんな」
 おお、選手達にか。選手達に……と言うか、宴会場にいた彼女達にしか言ってないかな?
「ああ。あの場謝恩会にいた選手達はだいたい知ってるかな? ひょっとして、何か支障があった? 文化的に……なんとかとか?」
 ステフの口調にどことなく咎めるような空気を感じて尋ねる。
「それでか! あーなるほど~。まあ……あまり言わない方が良いぞ」
 彼女は自分だけで納得して頷きながら言う。
「待って待って。助言にはもちろん従うけどさ、具体的な理由を教えてくれない?」
 ステフは俺に雇われている身ではあるが、護衛でもありこの世界のガイドでもある。彼女が言うなら従うほかない。だが理由は知りたい。
「まあ簡単に言うとエルフ、特にデイエルフの性質だな」
 なんだそれ? もしかして、考えたくないがもしかして、俺みたいな素性の人間に差別意識があるとか……?
「デイエルフの奴らは結束とか家族愛が強いんだ。地球の人間やドワーフだってある程度そうだろうが、奴らは同時に『命』てものを神聖なものと考える。ここまでは良いか?」
「う、うん」
「その二つの合わせ技が入るとな。『家族を失った少年』みたいなのはもう、とんでもない悲劇の存在なんだ」
 お、おう。いや俺、少年じゃないけどな。あ、エルフからしたら子供みたいな年齢か?
「だからデイエルフたちは孤児を全力で庇護する。いやお前等の世界にだって孤児院とか福祉事業はあるけど、あいつらはそういう子を見ると、もう矢も盾もたまらず完全に家族にしてしまうんだ」
 ほほう。でもそれって基本的には善いことで、俺が言ってしまったのも問題ないように思えるが?
「そうなのか。じゃあ彼女たちが俺に良くしてくれる理由の一つはそれってことなんだな。助かると言えば助かるが?」
「問題は、ショーキチが妙齢の男でチームのみんなが妙齢の女性ってとこだ」
 う、うん?
「アタシはサッカードウの事は良く知らんが、ショーキチは彼女たちみんなを助けたんだよな? 知恵を授けたり励ましたり? あと見た目の好みは人それぞれだが、大きな問題はないように思える。つまり、自分らを助けてくれた男性が実はとんでもない悲劇を背負っていた! と知った訳だすると……」
「すると?」
「この人と家庭を持つことで幸せにしてやるぞ! て気分になる」
 はあ!?
「待ってくれ、それは……結婚って意味か?」
「ああ」
 マジかよ……。
「家族に~なろ~ぴよ」
 ショックで言葉も出ない俺とステフの間に、スワッグの渋いイケメン声某福山声で歌が流れた。いやもう歌詞どころか曲が違うやろ。
「それはなんというか……義理とか情けで結婚まで考えてしまうって事なのか?」
「いやだからそれは全部の事情が併さって、その上で個人の好みが合致したら、てケースだけどな」
 そこまで言うとステフはようやくいつものお気楽な顔に戻った。
「条件諸々で確率三分の一まで落とすとして、ショーキチが打ち明けた時に聞いてた娘が30人くらい? じゃあ10人だ。10人が内心では『まあ! この人と結ばれて幸せな家庭を築くのが私の使命、運命なんだわ!』て思った可能性があるな」
「あ~父さん母さん~あ~感謝してーますーぴよ」
「嘘だ、俺を担ごうとしてるんだろ? だってその、優しくはして貰ったけどアプローチ的なものは受けてないし」
 スワッグの絶妙な曲チェンジを無視して言い返す。そうだ、俺が意図的に男女の分をきっちり分けているのが功を奏してか、そういう雰囲気になった事は一度もない。シャマーさんは……ドーンエルフだしもともと変なエルフだし!
「そこは互いの牽制もあるしお前が鈍いのもあるしな。あとアレだ、なんと言ってもエルフだしな!」
 全ての変化をゆっくり成し遂げようとするのがエルフ……そうだった。
「つまり……俺、何かやっちゃいました? てことか」
「良かったな! これでようやくショーキチも仲間入りじゃん! ……冗談はさておき、余計な火種を呼び込まない為には今後、お前の身の上話は封印した方が良いな。特にデイエルフには」
 余計な火種……つまりエルフの女性が俺との結婚を考えてしまう事か。
「ああ。これからはその辺、適当に誤魔化すようにするよ」
 そう言ったものの分からん。実感がまるで沸かない。初めてこの世界へ来てエルフやドラゴンを見た時以上に真実味を感じない。
 だが監督の仕事にはリスクマネージメント、危機に前もって対応する、準備しておくことも含まれる。全く知らなかった事で損害を被ったならともかく、助言を受けていたのに何の手も打たなかったとしたら、それは上に立つ者として怠慢以外の何モノでもない。
 だからこれからは生い立ちの話はしない。それと既に聞いてしまった女性陣への対応を考える。具体的には……どうしよう?
 告白される前から「お気持ちは嬉しいのですが身分上」と断るのは自意識過剰思い上がりだし、「実はあちらに想い人を残していて」と今更な嘘をつくのも上手くいきそうにない。
 その辺りの機微や工作を魔法や策略でなんとかしてしまうシャマーさんダリオさんはここにはいない。となると残りは個人マネージャー、ナリンさんだ。
 ナリンさん……彼女にこの件を相談して良いものだろうか? そもそもあの話をした時、彼女は宴会場にいたっけ?
「ショーキチ殿、準備ができたので観て頂けますか?」
 悩む俺に向け、当のナリンさんが馬車の中から声をかけてきた。俺はスワッグとステフに一言入れて、御者台から中へ戻った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

名前を書くとお漏らしさせることが出来るノートを拾ったのでイジメてくる女子に復讐します。ついでにアイドルとかも漏らさせてやりたい放題します

カルラ アンジェリ
ファンタジー
平凡な高校生暁 大地は陰キャな性格も手伝って女子からイジメられていた。 そんな毎日に鬱憤が溜まっていたが相手が女子では暴力でやり返すことも出来ず苦しんでいた大地はある日一冊のノートを拾う。 それはお漏らしノートという物でこれに名前を書くと対象を自在にお漏らしさせることが出来るというのだ。 これを使い主人公はいじめっ子女子たちに復讐を開始する。 更にそれがきっかけで元からあったお漏らしフェチの素養は高まりアイドルも漏らさせていきやりたい放題することに。 ネット上ではこの怪事件が何らかの超常現象の力と話題になりそれを失禁王から略してシンと呼び一部から奉られることになる。 しかしその変態行為を許さない美少女名探偵が現れシンの正体を暴くことを誓い…… これはそんな一人の変態男と美少女名探偵の頭脳戦とお漏らしを楽しむ物語。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

処理中です...