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第三章
どウシようもない事情
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翌日、俺たちはアーロン郊外の練習場にいた。カップ戦を戦うチームたちの公開練習を見学する為である。公開練習は実は昨日も行われていたがどうせリカバリーだろうしシャマーさんとの面談もあったしと飛ばしてしまった。
だが今日はしっかり見るつもりだ。順番は三位決定戦組のミノタウロス、ドワーフ、決勝のトロール、フェリダエ、という並びだ。
「すみませんねナリンさん、眠くないですか?」
「いいえ! 楽しみで早く目が覚めたくらいです」
観客席で雑談している間に、運悪く朝一番に当たったミノタウロスチームがゾロゾロとグラウンドに姿を現した。今回はザック監督の方が先に俺たちを発見し、駆け寄ってくる。
「おお、ショウキチ監督と美女さん! ご機嫌如何かな?」
今日はスタジアムではないので俺は翻訳魔法のかかったアミュレットをつけている。それを経由だとナリンさんの通訳とはまた違った印象があるな。
「おはようございます、ザック監督。今日は1人の客として、練習を見学させて頂きます」
「そうか。どうぞご覧あれ! と言いたい所だが、正直あまりお見せする程のものもなくて恐縮だな」
ザック監督は筋骨隆々とした両肩を竦める。
「まあ公開練習の部分ですもんね」
「いや、そうではなくてな……」
そう言って牛頭の偉丈夫は通路の方を見やる。そこには武装したミノタウロスに護衛された偉そうな老ミノタウロスが何人かいた。
「あれは?」
「ウチの協会の幹部だ。3位決定戦の勝敗や内容次第で、すぐに動くようでな」
「えっ!?」
俺は言葉を失ってしまった。確かにリーグ戦最終戦、そしてトーナメント準決勝と2連敗してはいるが、それだけで首になるのか!?
「今日明日の練習は、協会の連中が喜ぶようなデモンストレーションに終始するだろう」
「でっ、でもドワーフとの三位決定戦に良い感じに勝てば……。そうだ、ラビン選手の使い方ですが……」
「しっ!」
ミノタウロス幹部連中の耳がぴくっ、と動いた。つぶらな瞳もこちらを見る。
「彼女の使い方と言うか、使った事が問題でな」
そう言われて、グランドに広がった選手たちの方を見る。ウォーミングアップを行う彼女たちの中にラビン選手の姿は……ない。
「もしかして……」
「『いろいろと難しい部分がある』だ」
エルフvsミノタウロスの直後。彼女の積極的な起用を進言した俺にザック監督が返した言葉がそれ、だった。
「ナリンさん? ミノタウロスの社会的に、人間との混血はその」
黙って側に控えていたナリンさんに俺は小声で問う。彼女は俺の意を汲んでエルフ語で答えた(筈だ)。
「はい。ミノタウロス族はかなり広範囲に多種族との交配が可能ですが、その結果として産まれた子の地位は一段、低いものとして扱われます」
そうか。確かに地球の代表チームでも、人種間の対立は何度も起きている。それにサポーターによる差別的な言動となると、残念ながら「何度も起きている」どころの数ではない。
それがラビン選手ほどの逸材を使い損ねていた理由の一つか。
「本当にすみません! 俺、何も分かってないのに知ったような口を効いて!」
「違うさ! 俺はむしろ、君たちから勇気を貰った。前から今の状態を変えたいと思っていたんだ。あの試合はその切っ掛けになった。後は結果で黙らせる事ができればと思ったが……賭に負けた。それだけさ」
それだけさ、の言葉と同時に俺の肩を叩き、ザック監督はグランドの方へ走り去った。俺は呆然と観客席の椅子に座り込んでしまった。
「ショーキチ殿。その……」
「大丈夫です。いやむしろアドですよ! 来季はザック監督とラビン選手がいないかもしれないんだから!」
俺は無理して明るい、そして思ってもいない下衆な声と言葉を出した。そんな俺を見透かすようにナリンさんは悲しそうな瞳で俺を見つめ返し、手をそっと握った。
「ショーキチ殿、お辞め下さい。ミノタウロスの社会と代表チームの事情は貴方の責任ではありません。またショックを受けた事を誤魔化す為に自分を偽る事も、貴方の為に良くありません」
俺は地球にいた頃からそういう問題にあまり関わってこなかった。自分が生きるのに必死だったから……という言い訳もあるが。そしてこちらの世界に来ても、穏やかなエルフの王国と学問都市という特殊な存在のアーロンしかまだ見ていない。
だからショックを受けたのだ。この世界独自のものではあるが、俺の世界にもあったような「問題」を見せつけられたのが。
「そうですね……。はい、すみません。今のは本心じゃないです。ショックの方が大きいです。あと悔しいです。この件に無力で」
なってみて知った事だが、監督という職業は全知全能感を半端なく感じる仕事だ。多くの人々の処遇や運命を握っている。しかも俺は地球の技術や歴史を知っているというアドバンテージもある。それだけに、久しぶりに自分の無力さを感じさせられたのが反動でよりきたのだ。
そんな俺にナリンさんがかけた言葉はエルフらしいものだった。
「私たちエルフは貴方が多くの事を変えてくれると信じて契約した……のだと思います。ですが全てを、でも今すぐに、でもありません。深々と茂る大森林も、一本の木から始まります。一つ一つ、できることをやりましょう。一緒にやりたいです」
それがエルフの考え方なんだろう。小さな芽を巨木に、巨木を森林に育てるかのように、長い時間をかけて変えて行くのが長い寿命を持つ彼女たちのやり方だ。まあ人間の俺からしたらだいぶまどろっこしいけどな。
「ありがとうございます。そうですね、俺たちにやれることをやっていきましょう」
またナリンさんに借りができてしまった。もっとたくさんの事を彼女に伝えることで返していこう……。そう誓いつつ、俺はミノタウロスチームの練習に集中することにした。
だが今日はしっかり見るつもりだ。順番は三位決定戦組のミノタウロス、ドワーフ、決勝のトロール、フェリダエ、という並びだ。
「すみませんねナリンさん、眠くないですか?」
「いいえ! 楽しみで早く目が覚めたくらいです」
観客席で雑談している間に、運悪く朝一番に当たったミノタウロスチームがゾロゾロとグラウンドに姿を現した。今回はザック監督の方が先に俺たちを発見し、駆け寄ってくる。
「おお、ショウキチ監督と美女さん! ご機嫌如何かな?」
今日はスタジアムではないので俺は翻訳魔法のかかったアミュレットをつけている。それを経由だとナリンさんの通訳とはまた違った印象があるな。
「おはようございます、ザック監督。今日は1人の客として、練習を見学させて頂きます」
「そうか。どうぞご覧あれ! と言いたい所だが、正直あまりお見せする程のものもなくて恐縮だな」
ザック監督は筋骨隆々とした両肩を竦める。
「まあ公開練習の部分ですもんね」
「いや、そうではなくてな……」
そう言って牛頭の偉丈夫は通路の方を見やる。そこには武装したミノタウロスに護衛された偉そうな老ミノタウロスが何人かいた。
「あれは?」
「ウチの協会の幹部だ。3位決定戦の勝敗や内容次第で、すぐに動くようでな」
「えっ!?」
俺は言葉を失ってしまった。確かにリーグ戦最終戦、そしてトーナメント準決勝と2連敗してはいるが、それだけで首になるのか!?
「今日明日の練習は、協会の連中が喜ぶようなデモンストレーションに終始するだろう」
「でっ、でもドワーフとの三位決定戦に良い感じに勝てば……。そうだ、ラビン選手の使い方ですが……」
「しっ!」
ミノタウロス幹部連中の耳がぴくっ、と動いた。つぶらな瞳もこちらを見る。
「彼女の使い方と言うか、使った事が問題でな」
そう言われて、グランドに広がった選手たちの方を見る。ウォーミングアップを行う彼女たちの中にラビン選手の姿は……ない。
「もしかして……」
「『いろいろと難しい部分がある』だ」
エルフvsミノタウロスの直後。彼女の積極的な起用を進言した俺にザック監督が返した言葉がそれ、だった。
「ナリンさん? ミノタウロスの社会的に、人間との混血はその」
黙って側に控えていたナリンさんに俺は小声で問う。彼女は俺の意を汲んでエルフ語で答えた(筈だ)。
「はい。ミノタウロス族はかなり広範囲に多種族との交配が可能ですが、その結果として産まれた子の地位は一段、低いものとして扱われます」
そうか。確かに地球の代表チームでも、人種間の対立は何度も起きている。それにサポーターによる差別的な言動となると、残念ながら「何度も起きている」どころの数ではない。
それがラビン選手ほどの逸材を使い損ねていた理由の一つか。
「本当にすみません! 俺、何も分かってないのに知ったような口を効いて!」
「違うさ! 俺はむしろ、君たちから勇気を貰った。前から今の状態を変えたいと思っていたんだ。あの試合はその切っ掛けになった。後は結果で黙らせる事ができればと思ったが……賭に負けた。それだけさ」
それだけさ、の言葉と同時に俺の肩を叩き、ザック監督はグランドの方へ走り去った。俺は呆然と観客席の椅子に座り込んでしまった。
「ショーキチ殿。その……」
「大丈夫です。いやむしろアドですよ! 来季はザック監督とラビン選手がいないかもしれないんだから!」
俺は無理して明るい、そして思ってもいない下衆な声と言葉を出した。そんな俺を見透かすようにナリンさんは悲しそうな瞳で俺を見つめ返し、手をそっと握った。
「ショーキチ殿、お辞め下さい。ミノタウロスの社会と代表チームの事情は貴方の責任ではありません。またショックを受けた事を誤魔化す為に自分を偽る事も、貴方の為に良くありません」
俺は地球にいた頃からそういう問題にあまり関わってこなかった。自分が生きるのに必死だったから……という言い訳もあるが。そしてこちらの世界に来ても、穏やかなエルフの王国と学問都市という特殊な存在のアーロンしかまだ見ていない。
だからショックを受けたのだ。この世界独自のものではあるが、俺の世界にもあったような「問題」を見せつけられたのが。
「そうですね……。はい、すみません。今のは本心じゃないです。ショックの方が大きいです。あと悔しいです。この件に無力で」
なってみて知った事だが、監督という職業は全知全能感を半端なく感じる仕事だ。多くの人々の処遇や運命を握っている。しかも俺は地球の技術や歴史を知っているというアドバンテージもある。それだけに、久しぶりに自分の無力さを感じさせられたのが反動でよりきたのだ。
そんな俺にナリンさんがかけた言葉はエルフらしいものだった。
「私たちエルフは貴方が多くの事を変えてくれると信じて契約した……のだと思います。ですが全てを、でも今すぐに、でもありません。深々と茂る大森林も、一本の木から始まります。一つ一つ、できることをやりましょう。一緒にやりたいです」
それがエルフの考え方なんだろう。小さな芽を巨木に、巨木を森林に育てるかのように、長い時間をかけて変えて行くのが長い寿命を持つ彼女たちのやり方だ。まあ人間の俺からしたらだいぶまどろっこしいけどな。
「ありがとうございます。そうですね、俺たちにやれることをやっていきましょう」
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