上 下
32 / 624
第二章

巣立ち

しおりを挟む
 ユイノさんリーシャさんティアさんのようにオフでも会える選手もいれば、遠くへ行ってしまう選手もいる。シャマーさんはアレで魔術ギルドの教師らしくアーロンの魔法学院へ帰って短期講座の授業を行うらしいし(人選!)、ルーナさんも地元で農場の手伝いをするそうだ。
 だが翌日の夕刻に別れの挨拶で来た女性は、ちょっと別のパターンだった。
「やっほーショーキチさん! 元気に監督ってるー?」
「どうも、カイヤさん。『監督ってる』て何ですか」
 カイヤさんだ。旅行用の丈夫な服やマントを羽織った彼女は、変わらず朗らかで綺麗だ。
「旦那さんの地元で出産されるんですよね。もう出発ですか?」
 俺は彼女をツリーハウスの下で出迎え、湖畔の桟橋に置いたベンチへ誘った。
「いやー私も最近、妊婦ってるからねー。ゆっくりしか動けないから早目に出発しないと」
 そう言う彼女だが、見た目にはまだ変化が無い。これがドラマならたった数日で明らかに体型が変わってお腹が膨らんで、彼女に片思いしていた男はその現実に打ちのめされたりするものなんだが。
「確かに。ゆっくり体を労りながら行って下さいね」
 二人で桟橋のベンチに腰掛け、シソッ湖を眺める。湖面に浮かぶ船が何艘か見える。彼女らはそのどれかに乗って旅立つ筈だ。
「まあね。そうだ、早目って言えば監督もう動いているんだってねー。リーシャとユイノがコンバートだって?」
 おう情報が早い。
「ええ。最前線と最後尾、どちらも大事なポジションです」
「GKはともかく、リーシャがCFでしょ~? 攻撃陣、私が抜けて申し訳ないなー。一緒に戦えなくてゴメンね?」
 いつも冗談めかして話すカイヤさんだが、今回は真剣な態度で言ってきた。
「いえいえ。旦那さんとの愛の結晶を産んで育てる、それよりも大変な戦いなんてありませんって」
「あはは、おおげさなー」
 俺の目に、仲良く泳ぐ夫婦らしい水鳥たちが映る。そう言えばサッカーチームのマスコットって鳥が多いよな? と思いながら続ける。
「大袈裟じゃないですよ。地球にこんな言葉があります。『愛とは戦いである。弓や剣ではなく誠実さを武器にした、この世でもっとも過酷な戦いである』って」
「ほほう……。それもあっちの監督の言葉?」
「んーまあ監督と言えば監督ですね」
 宗教の人の言葉だったが、信者の監督と言えばそうか。
「そっか。ところで話が変わるけどさ、ショーキチさんの名前ってどういう意味なの?」
 また唐突な話だな。
「将吉て名前は……漢字という表意文字で分割すると、将軍とか大将などの意味の『ショウ』と、幸運とか幸いを意味する『キチ』に分類されますね」
「へー! 将軍ってサッカードウで言えば監督でしょ? じゃあ合わせたら『幸いをもたらす監督』て意味じゃん! すごいな、ショーキチさんが監督になるのは運命だったんだよ!」
 いやいやまさか。
「うん、きっとそうだ。ショーキチさん、絶対に良い監督になるよ」
「そうですかねえ」
 俺の運命の人ではなかった女性が、俺の運命を嬉しそうに語っている。
「でも何で聞いたんですか?」
「あ、お腹の子に名前を貰いたくって」
「え! やっやめてください! 恥ずかしい!」
「やだよ~。絶対に使う。男の子でも女の子でも。あ、女の子だったら一緒にプレーしたいな! その時は代表選手に選んでよね!」
 性的な雰囲気とえこひいきは厳禁……。
「いえ、冷静に戦力になるかどうかで決めます」
「ぶう、いじわる!」
 冷静に考えれば、エルフであるカイヤさんの娘さんが大人になる頃には俺は寿命が尽きてる老衰で死んでいるだろうが。
「でもショーキチさんのそういう厳格なところ、私は好きだな~」
 あっ愛とは誠実さを武器にした戦いである……。
「それはどうも。あ、あの船じゃないですか?」
 窮地に陥った俺を救うかのように船が桟橋に近づいてきた。
「ほんとだ! じゃあしばしのお別れだね。ん!」
 カイヤさんは両手を広げて俺の方へ体を差し出す。
「お元気で。ご家族みなさんの健康を祈ってます」
「ありがとう。ショーキチさんも元気でね」
 力を込め過ぎないように気をつけて彼女を抱き締め、接岸した船に乗り移るのを手伝う。
「応援してるよー!」
 船縁で手を振る彼女に手を振り返す。感謝の気持ちを込めて。
「幸いをもたらす監督か……そんなの始めて言われたな」
 両親はどんなつもりで俺の名前を付けたのだろう? もうとっくの昔に聞けなくなっているが。
「墓参り……もっと行けば良かったなあ」
 俺は離れ行く船を眺めながら、始めてあちらの世界へ帰れないことを少し惜しくなった。
「せめてクラマさんの墓参りでもするか」
 クラマさんはこちらで亡くなり、その墓は大事に守られているという。彼は俺の両親ではない。単なるちょっと変態入ったガ○パンおじさんだ。だが彼の存在がこちらへ迷い込んだ俺を救い、導いている。両親への感謝も含めて、墓前にお伺いするのも良いだろう。
「よし。視察の旅の目的地にクラマさんの墓も加えよう」
 新たな命を産み出す為の旅に出た女性の船を遠く眺めながら、俺は死んだ人々の事を胸に思い浮かべていた。
 明日から視察旅行の開始だ。

第二章:完
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

今世ではあなたと結婚なんてお断りです!

水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。 正確には、夫とその愛人である私の親友に。 夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。 もう二度とあんな目に遭いたくない。 今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。 あなたの人生なんて知ったことではないけれど、 破滅するまで見守ってさしあげますわ!

魔王城のグルメハンター

しゃむしぇる
ファンタジー
 20XX年 正体不明のウイルスによって世界は恐慌状態に陥った。政府の打ち出した感染対策である大規模なロックダウンや人流制限により、職を失い世にあぶれる人々が溢れた。  主人公の瑞野 カオルもその一人だ。今まで働いていた飲食店が閉店し、職を探していた彼のもとに、強盗に遭いそうになっている老人と鉢合わせる。  その老人を助けたカオルは徐々に数奇な運命に巻き込まれていく。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

文太と真堂丸

だかずお
歴史・時代
これは、とある時代を生きた、信念を貫いた人間達の物語である。 その時代、国、人々は冷酷無比、恐ろしい怪物達を率いる大帝国と言う軍勢に支配されつつあった。 逆らう者など皆無、人々の心は絶望と言う名の闇に侵食されつつあった。 そんな時代に奇妙な縁の中、出会い、繋がっていく者達 お互いを大切な生命と認識する彼らは、絶望と言う名の巨大な闇に立ち向かう。 そこで待ち受けるのは、想像を絶するほどの恐怖、裏切り、愛する仲間の死、人間と言う心の闇 彼らは魂から抉り出される闇と立ち向かっていく。 これは人間と言う、己の心、精神、信念に向き合い、自らの魂である刀と共に、友情と愛に生きた人間達の、心震わす魂の物語である。 (現在こちらの作品の続きはAmazonでの販売、もしくは、Amazonの読み放題で読めるようになっています、Kindleアンリミテッド登録中の方は無料で読めるようになっているので是非見て下さい。Amazonのサイトにて、こちらのタイトルを検索して頂けると読める様になっています)

どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら

風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」 伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。 男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。 それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。 何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。 そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。 学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに! これで死なずにすむのでは!? ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ―― あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?

処理中です...