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第二章
転向と裏切り
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「ユイノ、本気なの?」
「うん。だって面白そうじゃない?」
「面白そうって……私たちの約束はどうなるの?」
「ああ、リーシャがアシスト王で私が得点王になるってやつ? あれは無理だよ」
「どうして……」
「だって、私、FW向いてないもん。今まで何本、リーシャのパスを無駄にしてきたと思う?」
「それは違う! それは……私のクロスが下手だから。あいつも言ってたし。私のパスじゃFWが可哀想って」
「あいつじゃなくって監督! そうだ、監督が言うにはね。あっちの最先端のGKは、攻撃の起点になったりアシストになるパスを出したりまでするんだって。凄いよね」
「ユイノ……」
「ね、リーシャ。リーシャは今まで私に3000回くらいアシストしてくれたよね。今度は私が3000アシストしたいなあ」
「馬鹿、それは大げさよ!」
「そうかな? この森でボールを蹴り始めて都から来た選手に紹介されて職業にして代表選手になって……それくらいじゃない?」
「……」
「でねでね。私のパスでリーシャがゴールを決めて、その1点を私が守り抜いて勝つの! 気持ち良いだろうなあ」
「……」
「GKって難しいだろうけど、FWの気持ちは誰よりも分かるつもりだし。これってなんか、泥棒が警備兵になるみたいだね」
「……3点」
「えっ?」
「ユイノがGKだったら1点だと不安。だから3点取るわ。私がFWになって」
「リーシャ!」
「でも一個だけあいつに確認してからね」
やべ、彼女だちが帰ってくる! 俺とナリンさんは急いで窓際から離れ、背中を合わせてストレッチを始めた。
「あーそこそこ! ナリンさん上手です! めっちゃ反ってる! 反ってるよ……あ、リーシャさんどうしたの?」
俺はナリンさんの背から降り、部屋まで登ってきたリーシャさんに対面した。
「監督。ユイノから聞いたけど試合中に言ったあの言葉、本当なの?」
「え?」
どれだっけ? あ、「このチームの未来は君にある」てやつかな?
「ああ、あれは間違いなく本気だよ。俺は短い時間じゃなく、長期的な視点に立って考えている。間違いなく君が必要だ」
「ばっ馬鹿! そんな恥ずかしいことぉ……」
リーシャさんは突然赤面すると、背を向け壁に寄りかかった。
「あれ? リーシャさん?」
「分かったわよ! FWやるから! でも今日は仕事へ帰る!」
長い耳の先まで真っ赤にしたリーシャさんは、そんな捨てぜりふを残して森へ去っていった。
「どうでした、監督?」
「あ、ユイノさん! 一応、成功ぽいです」
入れ違いに帰ってきたユイノさんに親指を立てる。
「なんか最後だけ変な感じでしたが」
「あ、あれね~」
ユイノさんはポットに残った冷めたお茶を注ぎながら続ける。
「試合中、監督とミノタウロス側の監督さんが喧嘩になりかけたじゃない? あの時に監督が『俺の大事な女性に何をするんだ、許さねえぞ!』て叫んだ……て教えたんだよ」
「はっ? 何で?」
「だって、自分の為に男性が身の危険も省みず相手に向かってくれた、て聞いたら喜ぶじゃない? その相手の言う事なら聞くかな? って。ロマンチックだ~」
そう言って夢見る乙女の目で虚空を見つめ、お茶を飲む。
「じゃあ、リーシャさんがさっき確認したのは……」
「『俺の大事な女性』て言葉の真意だよ」
「なっ!」
そうだ、確かにリーシャさんは「ユイノから聞いた」て言ってた! 「チームの未来云々」の方はナリンさんが通訳した筈だ。
そうなると俺の返事は「短い期間ではなく、長く大事にしたい恋人」てニュアンスで伝わってないか……!?
「これはまずくないか」
俺は顔を青くして絶句した。
「ええ~? 良いアイデアだと思ったんだけどなあ」
「そういう事は先に相談してね、ユイノ」
俺と同じくらい青ざめたナリンさんが窘める。
「はーい。でも他の部分は相談通り行きましたよね?」
相談……そう、相談通りだった。実の所、今の出来事は殆ど仕組まれた通りだったのだ。
ユイノさんのGK転向とリーシャさんのFW転向。それが来季のチームの軸になるのは確実だった。だが従順な(だと思われた、と今では言うしかあるまい)ユイノさんはともかく、リーシャさんが素直に受け入れるかは分からない。
そこで俺は万全の状態で説得へ挑むことにした。まず監督としての権威をチラつかせプレッシャーを与える。「断って良いよ」と言ったのがそれだ。言ってる言葉は逆だが、わざわざ口にすることで意識させた。本当に断っていいならその部分に触れなくて良いんだし。
次に理詰めで外堀を埋めた。フォーメーション図に動画。見せる部分やタイミングをナリンさんと打ち合わせ、何度も試行錯誤と練習をした。
最後にユイノさんの言葉で本丸を攻略。無二の親友であり、のんびり屋のユイノさんが、先により難しいGK転向を即行で呑み自分に決断を迫る。若干、裏切られた感もあるだろうがショックと効果は絶大だろう。
まあ裏切りとか即行とか言っても、実はここ数日リーシャさんが先に食べ終わって仕事へ帰ったタイミングを利用し、ユイノさんを説得してGK転向とリーシャさん籠絡作戦への参加をとりつけてあったんだけど。
かくして権威、理論、感情の三カ所攻めによってリーシャさんは陥落された訳だ。ユイノさんのアドリブが予想外で今後どんな結果になるかは不明だが。
小細工策略に走った自分への戒めとして受け入れよう。
「ああ。そうだな」
「では練習は明日からにでも?」
ナリンさんがスケジュール帳を開きながら尋ねた。
「ええ。やりましょう。徹底的にしごくぞ」
「うえ~!」
ユイノさんが渋い顔をしたが、断行する。正直、この二名を開幕までに仕上げるにはかなりハードな練習になる筈だ。その点を考えると以前は少し心が痛んだが、今は容赦なくできそうだ。特にユイノさんには。
「準備を進めます。ユイノ、明日から仕事後はリリーシャと揃ってすぐ練習場へ来るのよ?」
ナリンさんの言葉でその場は解散となった。
「うん。だって面白そうじゃない?」
「面白そうって……私たちの約束はどうなるの?」
「ああ、リーシャがアシスト王で私が得点王になるってやつ? あれは無理だよ」
「どうして……」
「だって、私、FW向いてないもん。今まで何本、リーシャのパスを無駄にしてきたと思う?」
「それは違う! それは……私のクロスが下手だから。あいつも言ってたし。私のパスじゃFWが可哀想って」
「あいつじゃなくって監督! そうだ、監督が言うにはね。あっちの最先端のGKは、攻撃の起点になったりアシストになるパスを出したりまでするんだって。凄いよね」
「ユイノ……」
「ね、リーシャ。リーシャは今まで私に3000回くらいアシストしてくれたよね。今度は私が3000アシストしたいなあ」
「馬鹿、それは大げさよ!」
「そうかな? この森でボールを蹴り始めて都から来た選手に紹介されて職業にして代表選手になって……それくらいじゃない?」
「……」
「でねでね。私のパスでリーシャがゴールを決めて、その1点を私が守り抜いて勝つの! 気持ち良いだろうなあ」
「……」
「GKって難しいだろうけど、FWの気持ちは誰よりも分かるつもりだし。これってなんか、泥棒が警備兵になるみたいだね」
「……3点」
「えっ?」
「ユイノがGKだったら1点だと不安。だから3点取るわ。私がFWになって」
「リーシャ!」
「でも一個だけあいつに確認してからね」
やべ、彼女だちが帰ってくる! 俺とナリンさんは急いで窓際から離れ、背中を合わせてストレッチを始めた。
「あーそこそこ! ナリンさん上手です! めっちゃ反ってる! 反ってるよ……あ、リーシャさんどうしたの?」
俺はナリンさんの背から降り、部屋まで登ってきたリーシャさんに対面した。
「監督。ユイノから聞いたけど試合中に言ったあの言葉、本当なの?」
「え?」
どれだっけ? あ、「このチームの未来は君にある」てやつかな?
「ああ、あれは間違いなく本気だよ。俺は短い時間じゃなく、長期的な視点に立って考えている。間違いなく君が必要だ」
「ばっ馬鹿! そんな恥ずかしいことぉ……」
リーシャさんは突然赤面すると、背を向け壁に寄りかかった。
「あれ? リーシャさん?」
「分かったわよ! FWやるから! でも今日は仕事へ帰る!」
長い耳の先まで真っ赤にしたリーシャさんは、そんな捨てぜりふを残して森へ去っていった。
「どうでした、監督?」
「あ、ユイノさん! 一応、成功ぽいです」
入れ違いに帰ってきたユイノさんに親指を立てる。
「なんか最後だけ変な感じでしたが」
「あ、あれね~」
ユイノさんはポットに残った冷めたお茶を注ぎながら続ける。
「試合中、監督とミノタウロス側の監督さんが喧嘩になりかけたじゃない? あの時に監督が『俺の大事な女性に何をするんだ、許さねえぞ!』て叫んだ……て教えたんだよ」
「はっ? 何で?」
「だって、自分の為に男性が身の危険も省みず相手に向かってくれた、て聞いたら喜ぶじゃない? その相手の言う事なら聞くかな? って。ロマンチックだ~」
そう言って夢見る乙女の目で虚空を見つめ、お茶を飲む。
「じゃあ、リーシャさんがさっき確認したのは……」
「『俺の大事な女性』て言葉の真意だよ」
「なっ!」
そうだ、確かにリーシャさんは「ユイノから聞いた」て言ってた! 「チームの未来云々」の方はナリンさんが通訳した筈だ。
そうなると俺の返事は「短い期間ではなく、長く大事にしたい恋人」てニュアンスで伝わってないか……!?
「これはまずくないか」
俺は顔を青くして絶句した。
「ええ~? 良いアイデアだと思ったんだけどなあ」
「そういう事は先に相談してね、ユイノ」
俺と同じくらい青ざめたナリンさんが窘める。
「はーい。でも他の部分は相談通り行きましたよね?」
相談……そう、相談通りだった。実の所、今の出来事は殆ど仕組まれた通りだったのだ。
ユイノさんのGK転向とリーシャさんのFW転向。それが来季のチームの軸になるのは確実だった。だが従順な(だと思われた、と今では言うしかあるまい)ユイノさんはともかく、リーシャさんが素直に受け入れるかは分からない。
そこで俺は万全の状態で説得へ挑むことにした。まず監督としての権威をチラつかせプレッシャーを与える。「断って良いよ」と言ったのがそれだ。言ってる言葉は逆だが、わざわざ口にすることで意識させた。本当に断っていいならその部分に触れなくて良いんだし。
次に理詰めで外堀を埋めた。フォーメーション図に動画。見せる部分やタイミングをナリンさんと打ち合わせ、何度も試行錯誤と練習をした。
最後にユイノさんの言葉で本丸を攻略。無二の親友であり、のんびり屋のユイノさんが、先により難しいGK転向を即行で呑み自分に決断を迫る。若干、裏切られた感もあるだろうがショックと効果は絶大だろう。
まあ裏切りとか即行とか言っても、実はここ数日リーシャさんが先に食べ終わって仕事へ帰ったタイミングを利用し、ユイノさんを説得してGK転向とリーシャさん籠絡作戦への参加をとりつけてあったんだけど。
かくして権威、理論、感情の三カ所攻めによってリーシャさんは陥落された訳だ。ユイノさんのアドリブが予想外で今後どんな結果になるかは不明だが。
小細工策略に走った自分への戒めとして受け入れよう。
「ああ。そうだな」
「では練習は明日からにでも?」
ナリンさんがスケジュール帳を開きながら尋ねた。
「ええ。やりましょう。徹底的にしごくぞ」
「うえ~!」
ユイノさんが渋い顔をしたが、断行する。正直、この二名を開幕までに仕上げるにはかなりハードな練習になる筈だ。その点を考えると以前は少し心が痛んだが、今は容赦なくできそうだ。特にユイノさんには。
「準備を進めます。ユイノ、明日から仕事後はリリーシャと揃ってすぐ練習場へ来るのよ?」
ナリンさんの言葉でその場は解散となった。
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