上 下
9 / 624
第一章

午後は半牛

しおりを挟む
 後半15分2ー2の同点! 得点者はオ・ウンゴル選手!(いや違う)
『やめてもう~私じゃないから~』
 得点者はカイヤさんではない。目前でパスカットを試みたミノタウロスDFのオウンゴールだ。だが便宜上、みんなはカイヤさんの元へ集まりニヤニヤ笑いながら祝福する。カイヤさんはそれを、苦笑混じりに払い退ける。良い風景だ。
「凄いでありますね、ショーキチ殿!」
「ああ。シュートに到らなかったけど、あの場所へ走ったから得点が生まれた」
「ミノタウロスにしたら僅か4分で2失点。しかも2点目はオウンゴール!『2-0は危険なスコア』とはこの事だったのでありますか!」
 いやオウンゴールの事は含んでないけど……まあいいや。
「でもここからがちょっと難しいんですよ。勝ってるチームって2点リードだと余裕があって隙がある。1点返されると改めて守備を固めるのか追加点を狙って再び攻勢に出るか統一できなくてバタバタする。でも同点になったら、もうリセットして攻めるしかないですよね」
「なっ、なるほど」
 感心して考え込むナリンさん。そして、俺の懸念は的中する事になる。
 試合はそこから10分ほど膠着状態になった。攻撃するしかないミノタウロスは、いよいよ中盤から強引なドリブルで攻めに出るようになる。もちろんそれはかなり確率が低く、しばしば人数をかけたエルフの守備に止められる結果で終わるが同時に「オフサイドで安全確実にこちらボールにする」機会が激減する事となった。
 またそれにつきあう事でチーム全体が走り、体をぶつけ合う展開となる。いわゆる「消耗戦」であり、それはエルフにとって分があるものではなかった。
 そして消耗しているモノが他にもあった。俺の体力と精神力だ。
「きっついな、これ……」
 オフサイドトラップをかける機会が減ったとは言え、やはりチャンスがあれば奪いたい。その為に俺はボールを見ながら、同時にDFラインと歩調を合わせ続けていた。
 蒸し返すが俺は運動部ではない。コールセンターというデスクワークだ。主な運動と言えば仕事ではセンター内を歩き回ること、プライベートではPS4のコントローラーを上げたり下げたりするくだいだ。そんな俺にこのステップはキツい。
 しかも初めてサッカーのフィールド(脇)に立ち、動き続けている。緊張が更に疲労を加速させる。その上、この状況を打破する策も考え続けている。脳も脚も限界を迎えようとしていた。
 一度など、明らかにラインの上げ方を失敗した。だが
『よっしゃオフサイド、サンキュー!』
と叫んだ(らしい)ティアさんの大声で誤解しミノタウロスFWが脚を止め副審も旗を上げる……というシーンすらあった。ジャッジリプレイがあったらひ○っちに
「これはティア選手のファインプレイっすわ」
と言われハラ○ロミが苦笑する事態だ。まあ俺は笑う余裕も無いけどな。
 その直後、ボールがサイドラインを割ったタイミングで相手チームが選手交代を申告し、試合が中断される事となんた。
「はぁ……はぁ……ちょっと休めるか……」
 俺にはその交代が救いの主に思えた。だが実際はそれどころではなく、悪魔の仕業だった。
「なっ……あんなんありか!? 反則ちゃうんか!」

 俺はその交代選手を見て膝から崩れるしかなかった。
「大丈夫でありますか、ショーキチ殿!?」
 その選手は普通に可愛かった。……つまり、牛的動物的な「カワイイー」ではなく、人間的な顔というか……普通に俺達人間と似たような顔をしていた。ミノタウロス的部分は髪から突き出した耳だけ。(ケモナーさんも安心?)
 いや違う。もう一つ牛的部分があった。ホルスタイン的胸。おっぱいだ。大きい。可愛くて胸も大きくて獣耳……。
「ナリンさん、あれ反則じゃないんですか?」
「彼女はハーフミノタウロスであります。今シーズンの半ばに、ミノタウロスに帰化して登録されたであります」
「そっすか……」
 つまり、可愛さ的には反則だが登録ルール的には反則でないと言うことだ。
「そうなるとマズいぞ……もうオフサイドトラップは駄目かもしれん」
「え!?」
 俺の目が彼女に釘付けになるからではない。違う「目」が問題になるかもしれないのだ。
「試すしかないか……上がれ! いややっぱ下がれ!」
『上がって……駄目、下がって!』
 スローインで試合が再開した。動きが止まっているのでトラップがかけやすいシーンだ。俺はさっそく仕掛けたが……すぐにキャンセルする羽目になった。
 いや、キャンセルし損ねたと言うべきか。俺の指示そのものが半歩遅れ、更にナリンさんの通訳が一歩遅れ。ゲームのボタン操作のようにはいかない!
 都合1.5ほどタイミングを外した間に、さっきの交代で入ったハーフミノタウロスさんは絶好のパスをFW……ではなく、オンサイドから走り込む二列目の選手へ送ったのだ。
「終わった……」
 エルフDF陣を置き去りにして独走態勢に入るミノタウロスMF。俺は後を追ったが脚をもつらせて派手に転倒してしまった。
『きゃああああ!』
 俯いて地面を舐める俺にそのシーンは見えなかった。だが、悲鳴と笛から想像すれば分かる。ミノタウロスに貴重な勝ち越し点をやってしまったのだ。俺のミスで……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

今世ではあなたと結婚なんてお断りです!

水川サキ
恋愛
私は夫に殺された。 正確には、夫とその愛人である私の親友に。 夫である王太子殿下に剣で身体を貫かれ、死んだと思ったら1年前に戻っていた。 もう二度とあんな目に遭いたくない。 今度はあなたと結婚なんて、絶対にしませんから。 あなたの人生なんて知ったことではないけれど、 破滅するまで見守ってさしあげますわ!

魔王城のグルメハンター

しゃむしぇる
ファンタジー
 20XX年 正体不明のウイルスによって世界は恐慌状態に陥った。政府の打ち出した感染対策である大規模なロックダウンや人流制限により、職を失い世にあぶれる人々が溢れた。  主人公の瑞野 カオルもその一人だ。今まで働いていた飲食店が閉店し、職を探していた彼のもとに、強盗に遭いそうになっている老人と鉢合わせる。  その老人を助けたカオルは徐々に数奇な運命に巻き込まれていく。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

文太と真堂丸

だかずお
歴史・時代
これは、とある時代を生きた、信念を貫いた人間達の物語である。 その時代、国、人々は冷酷無比、恐ろしい怪物達を率いる大帝国と言う軍勢に支配されつつあった。 逆らう者など皆無、人々の心は絶望と言う名の闇に侵食されつつあった。 そんな時代に奇妙な縁の中、出会い、繋がっていく者達 お互いを大切な生命と認識する彼らは、絶望と言う名の巨大な闇に立ち向かう。 そこで待ち受けるのは、想像を絶するほどの恐怖、裏切り、愛する仲間の死、人間と言う心の闇 彼らは魂から抉り出される闇と立ち向かっていく。 これは人間と言う、己の心、精神、信念に向き合い、自らの魂である刀と共に、友情と愛に生きた人間達の、心震わす魂の物語である。 (現在こちらの作品の続きはAmazonでの販売、もしくは、Amazonの読み放題で読めるようになっています、Kindleアンリミテッド登録中の方は無料で読めるようになっているので是非見て下さい。Amazonのサイトにて、こちらのタイトルを検索して頂けると読める様になっています)

どうせ結末は変わらないのだと開き直ってみましたら

風見ゆうみ
恋愛
「もう、無理です!」 伯爵令嬢である私、アンナ・ディストリーは屋根裏部屋で叫びました。 男の子がほしかったのに生まれたのが私だったという理由で家族から嫌われていた私は、密かに好きな人だった伯爵令息であるエイン様の元に嫁いだその日に、エイン様と実の姉のミルーナに殺されてしまいます。 それからはなぜか、殺されては子どもの頃に巻き戻るを繰り返し、今回で11回目の人生です。 何をやっても同じ結末なら抗うことはやめて、開き直って生きていきましょう。 そう考えた私は、姉の機嫌を損ねないように目立たずに生きていくことをやめ、学園生活を楽しむことに。 学期末のテストで1位になったことで、姉の怒りを買ってしまい、なんと婚約を解消させられることに! これで死なずにすむのでは!? ウキウキしていた私の前に元婚約者のエイン様が現れ―― あなたへの愛情なんてとっくに消え去っているんですが?

処理中です...