上 下
8 / 648
第一章

抱擁はないよう

しおりを挟む
『ユイノー!!』
 後半11分同点! 何か叫びながらリーシャさんがわざわざこちらのベンチ側へ疾走してくる。これはアレか! ゴールを決めた選手と監督(手伝い)の感動的な抱擁!?
「リーシャさんナイス!」
 大きく手を広げ待ち構える俺……の横を通り抜けて、リーシャさんは後方にいた長身のエルフさんに抱きついた。
『ユイノ! 敵を討ったよ!』
『リーシャ! スゴいよリーシャ!』
「ナイスゴール……な」
 泣いてない。俺は泣いてないぞ。
 露骨に「あら、可哀想~」みたいな顔をしながらシャマーさんが横を走り抜け他の選手共々、歓喜の輪に加わる。
『ショーキチさん大丈夫、次に決めたら私かダリオが抱きついてあげますよ~』
『ちょっと、何を勝手に言ってるのよカイヤ!』
 遅れてきた二人が俺の側でドリンクを手に何か話している。良い攻撃を組み立てた二人だ、きっとお互いのプレイを讃え合っているのだろう。そうだ、ついでにナリンさん経由で声をかけておこう。
「お二人ともナイスアシストです。続けて行きましょう。でも対応されたらプラン2、プラン3……と伝えて下さい」
『お二人とも良い攻撃でした。でも続ける事が大事です。読まれたら二の矢、三の矢と違う種類の攻撃を撃ち込んで行きましょう。あと抱擁は結構です、とのことです』
『ふーん、そうなんだ』
 なんやカイヤさん笑とるで? てかまだ一点を返しただけだから!
「みんな、まだ同点にもなってない! 早く試合に戻って!」
 俺の声に言葉が伝わらないまでもみんなピッチへ戻り始める。いつの間にか倒れ込んでいたリーシャさんとユイノさんを除いて。
「あーその二人も! ナリンさん、すみませんが……」
「待って下さいショーキチ殿」
 彼女らに近づこうとした俺をナリンさんが腕を掴んで引き留めた。
「あの二人は、幼い頃からの親友同士なのであります。ずっと、リーシャのアシストでユイノがゴールを決めてきました。特別な関係であります。だからもう少しだけ……」
 良く見ると抱きつかれたユイノさんは頭部に包帯を巻いている。さっき見た負傷交代したFWと言うことか。
 それで少し合点がいった。リーシャさんが「抜いてセンタリング」に拘る理由。彼女のクロスがあんなに大きな理由。それはすべて親友のユイノさんの為で……。
「分かりました。じゃあ今の間に……」
 俺はナリンさん経由で中盤に約束事を確認する。その指示が終わる頃にリーシャさんもピッチへ戻った。さあ「0ー2は危険なスコア」の真意を見せてやる。

「あの、さっきのアドバイスですけど」
 試合が再開したラインの横で、またオフサイドトラップのタイミングを虎視眈々と狙いつつも俺はナリンさんに行った。
「本当に助かりました。ありがとうございます」
「あれで良かったでありますか?」
「はい、とても。よくあの状況であんな大事な事を言ってくれました。ナリンさんは本当に勇気がある」
「そ、そんな事ないであります!」
「いや、モメンタムって言うんですけど、勝負では気持ちを乗せることがスゴく大事なんですよ」
「あ、そっちじゃなくて……」
「よし、今だ上がれ!」
 俺は会話の途中だがタイミングが来たので再びラインを上げさせる。しかし今回はオフサイドトラップの為じゃない。
 DFの3人が上がったのと同じ距離、中盤の4人も前進しミノタウロスのボールホルダーにプレッシャーをかける。囲い込み方としては全然だが、何せ元はDFの選手達だ。対人守備能力はなかなかのもの。
 そして前線から下がってきたカイヤさんがまた「あり得ない位置」から現れ、ボールを盗みとった!
「カイヤさんすげえ……惚れてまうやろ」
「えっ!?」
 驚く俺達を尻目に冷静なカイヤさんは右のリーシャさんにパスを送る。流石に得点者をフリーにはしない。ミノタウロスはDFを一人、前に押し出し彼女の前を塞いだ。
 だが、先ほどのゴールが頭に残っているのだろう。距離が空いている。それじゃ、彼女のドリブルは止められない。
 リーシャさんは一つフェイントを入れてミノタウロスの重心を崩すと、一気に加速して縦にDFを抜き去る。
「中までだぞ!」
 何かと反抗的な態度のリーシャさんだ、そこからまたセンタリングするんじゃないか……? と心配したが、意外にも彼女は決めた通りペナルティエリアまで侵入する。
 ゴールエリアとコーナーフラッグの中間点の位置。シュートを狙うにはさっきより更に角度が無い。だがリーシャさんは強気だ。ミノタウロスのGKは足の間隔を狭め、両手を低く広げてシュートに備える。
 真っ向、GKを見据えたリーシャさんは視線をそのままにボールをペナルティスポット方面へ鋭く蹴り出した。
『リーシャちゃん厳しい! ……あれ?』
 そこにはカイヤさんが走り込む予定だった。だが一度、中盤でボールを奪いリーシャさんにパスを出した為に距離があって遅れて来ている。そのボールには間に合いそうになかった。
 いや、事実間に合わなかった。だがそれを知りもしないミノタウロスDFは必死に足を伸ばしてボールに蹄を当てた。


 当たり過ぎてしまった。


 マイナスに折り返されたボールはビリヤードのバンクショットの様にゴール側へ跳ね返り、驚くミノタウロスGKの脇をすり抜けゴールネットに受け止められた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜

mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!? ※スカトロ表現多数あり ※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

処理中です...