龍青学園GCSA

楓和

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第4章の10「思いっ切り行け」

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 黒点塾対GCSAの戦いは、第四試合である甲と鏡のボクシング対決を迎えた。

甲は最強の男と戦う為だけに…鏡を倒す為だけに、ここに立つ。
鏡は理不尽な闇を打ち払おうとしている竜沢の思いを胸に、ここに立つ。
二匹の猛獣がリングという檻の中で睨み合うと、周囲の空気が張り詰めた。
そんな二人を見て、竜沢達は胸が締め付けられるような感覚に襲われていた。

だが本当に苦しいのは、これからである。

 〝鏡!甲!〟

竜沢は心の中で二人の名を叫ぶ。

 試合は、まず予想通り甲が突っ込んだ。
甲の左ジャブの連発をスウェーでかわす鏡。鏡はまだ手を出さない。
鏡が甲のジャブを左横に動いてかわした瞬間、甲が遂に右ストレートを出した。しかしそれは鏡の誘いだった。甲の右に、鏡が左ストレートを合わせる。甲の顔面に鏡の左拳がヒットした。カウンター。
甲はぐらりと後ろによろけた。そこに鏡が突っ込む。『はっ』として、甲はあごをブロックした。それは鏡の目線があごだったからだ。が、鏡の狙いはボディの方だった。左のジャブを数発、甲のボディに入れる鏡。ジャブと言っても鏡の拳は相当重い。甲の表情が苦痛に歪む。そしてあごのブロックが少し下がった瞬間、鏡の右アッパーが甲のあごに入る。
またも後ろによろける甲。そこにはロープがあった。そのお陰でダウンはしなかったが、逃げ場がない。鏡が来る。
甲は咄嗟にロープの反動を利用し、右ストレートを出す。が、鏡はこれを軽くかわし、よろけた甲に左のボディブローを叩き込む。そして捻りを加えた右のフックを顔面に入れる。
甲はその場に倒れた。

 「………」

竜沢達、観客達…皆が無言になっていた。あの甲がまるで子ども扱いである。
確かに鏡は強い。物凄く強い。しかしそれ以上に…

 「ひ、酷い…」

観客の誰かがそう呟いた。するとまた別の者が言う。

 「仲間をあそこまで…」

それは明らかに鏡に対する非難の言葉だった。ザワつく観客達。それに竜沢達も気付きだした。

 「な、何?みんな何言ってるの?」

七月が耳を疑っている時、リング上では甲が立ち上がり構えていた。鏡も構えた。甲はまだやめるつもりなどない。
鏡に向かって突っ込む。そしてまたも左ジャブを何度も放つ。鏡は左右に体を振り、全て紙一重でかわしていた。見切っている。
遂には甲の全てのジャブにカウンターをかえす鏡。甲は苦し紛れに右のストレートを放つ。しかし、それもカウンター。甲は二度目のダウンを奪われた。
試合が開始してから、まだ一分も経っていなかった。

 「お、おい…」

ざわつく龍青の者達。
この時流香は理解した。何故、黒点塾が龍青学園を戦いの舞台にしたのか。黒点塾の塾長はこうなる事を予想していたのだ。仲間同士を戦わせ、鏡に対する不信感をみんなに持たす為…。ブラックマスクは鏡に恨みがある…正にそれを表す展開だった。
しかしそのブラックマスクの策は水泡に帰す。なぜなら、龍青学園にはこの女神達がいるからだ。

 「もう我慢できないっ。」
 「私も。」
 「同じく。」

七月と流香、そして学美は怒り心頭の表情でそう言い、朝礼台に向かって走り出した。そして七月がマイクを握る!

 「あいつら…」

竜沢達は七月達に気付いた。何をする気か?

 「…あ~、テステス。」

この辺かなり竜沢っぽい七月。

 「今、鏡くんに酷い事言った人!前に出て来なさいよ!」

龍青の者達はリングから朝礼台に目線を変えた。

 「いい加減にしなさいよね!鏡くんがどんな気持ちで甲くんと戦ってるかあんたらには分からないの?!本当に分からないの?!わか、な…ばっ…か」

七月が涙ぐんで言葉に詰まったので、学美が七月にハンカチを差し出し、代わりにマイクをもらう。

 「鼻水拭けって。…みんな、鏡が喜んで甲を殴ってるとでも思ってるのか?違うよな?鏡のこと分かってるなら、そんな事ある訳ないって…分かるよな?」

七月が激しく気持ちをぶつけたので、逆に冷静になって話せた学美。その時七月が鼻水を拭いたハンカチを学美に返してきたので、ちょっと嫌な顔で受け取る学美。次はそのマイクを流香が受け取る。

 「…鏡くんは言ってた。僕らの応援をお願いしますって。それがどういう意味か分かる?自分の応援じゃなく、僕らの応援って意味が…。」

流香がそこまで話すと、七月は流香が持っているマイクを自分に向け、涙声でもう一度話し出す。

 「辛いんだから…本当に辛いんだよ!甲くんを叩く度に、鏡くんの心は悲鳴を上げてる…それがあなた達には聞こえないって言うの?!だったらとんでもないウスラトンカチだわ!今私たちがやる事は……二人の応援でしょ!」

『ウスラトンカチ』という表現にコケそうになる竜沢だが、鏡と甲の為に感情を露わにしてみんなに語り掛ける三人の女神の事を…七月の事を、もっと好きになっていた。

 「そうだ…そうだよ!」
 「三人の言う通りよ!」
 「お前等どうかしてるぞ!」

鏡の事をうだうだ言ってた者達に、他の者達が言う。

 「そ、そうだよな…。」
 「うん。私達どうかしてたわ。」
 「鏡さまも、辛い…」

七月達のお陰で龍青の結束はまた強くなった様である。

 〝やれやれ、三人ともカッコ良いですねぇ〟
 〝…ふん〟

何とか立ち上る甲。三人の声は特設リング内の二人にもしっかりと聞こえた。そして竜沢は…

 〝駄目だこりゃ。完全に惚れてるわ、俺〟

七月に対する特別な想いを認識した。

そして皆が朝礼台からリングに目を戻した頃、鏡と甲の戦いも再開。
甲は二度目のダウンをした後、かろうじてロープを背にして立っていた。しかしそれは鏡のジャブの的だ。甲は両腕でひたすらブロックする。それが今の精一杯だった。

 「まさに隙がない!川波選手の猛攻です!どうですか、咲子さん。」
 「ほえ~…」
 「はい、ありごとうございます。咲子さんが放心するぐらい凄い!谷角選手どう切り抜けるか?!」

甲は両手でブロックしたまま動けない。鏡のジャブは一向に止まらなかった。

 「…あのアホ。」

竜沢は居ても立ってもいられなくなり、放送席に走った。

 「くぅ…」

甲は自分の腕の間から凄まじいスピードでジャブを繰り出す鏡を、ただ見ていた。

 〝いつになったら止まる〟

鏡のラッシュはいつまでも止まらない。

 〝スタミナがなくなる事はないのか?〟

甲は鏡のスタミナが切れるのを待っていたのだ。しかし…

 〝う、腕が…〟

ブロックしてる腕の感覚がなくなってきていた。その時…

 「こぅら甲ーっ!ら。」

スピーカーからの竜沢の声は、特設リング内の二人に思い切り聞こえた。

 「いつまで亀みたいになってんだよ!鏡のスタミナは想像以上だぞ!」

竜沢は、こぅらと甲羅と甲と亀をかけつつ、甲にアドバイスしている様だ。その横で咲子は何故か笑顔。

 「固まってたって埒あかねぇだろ!いつものお前らしく…思いっ切り行けぇ!」

 〝竜沢、お前…〟
 〝やれやれ、勘弁して下さいよ竜沢くん〟

竜沢の言葉は二人だけでなく、周りの者全てを熱くした。

 「そうだ!行けぇ谷角!」
 「鏡さまも頑張ってー!」

裏切り者とか酷い奴だとか、そんな風に二人の戦いを見る者はいなくなっていた。精一杯、正々堂々と戦って欲しい…誰もがそんな気持ちになっていた。それは鏡と甲も同じであった。

 〝うるさい奴らだ。だが…思いっ切り行け、か〟

竜沢の言葉を胸に、甲が動く!
鏡のジャブを受けた状態で、無理矢理前に出る甲。鏡は後ろに下がるしかなかった。
そして咆哮とともに、右ストレートを放つ甲。それは今までに無い、気迫に満ちた一発だった!鏡はかわす事が出来ずにブロックしたが、そのあまりの威力に力の分散を仕切れず、体が後ろに流れた。そこを甲が追う。
前に出て左ストレート!しかし鏡はそれもブロック!だがやはり威力が強く、鏡の体が安定しない。そこを見逃さず甲がもう一発、右ストレートを放つ!ついに鏡のブロックがはじかれた!

 「鏡!甲!」

竜沢が二人の名を叫ぶ!甲は全てを込めた右ストレートを打つ!
その時、鏡の目が更に鋭くなった。甲の渾身の力を込めた右ストレートに、鏡の思い切り本気の右ストレートが交差する。

…全員が、その光景に息を呑んだ。

 「お、お前ら…」

竜沢はその二人を見て鳥肌が立った。
鏡と甲の右拳は、それぞれの顔面をとらえていた…かに見えたが、鏡の方は甲の拳が当たる前に自分で首を捻ってかわしていた。甲は鏡にもたれる様にゆっくりと前に倒れた。スリーダウン…鏡の勝ちである。

 「…か、川波選手の勝利でーす!」

竜沢からマイクを奪い返して鏡の勝利を告げる鈴美。その瞬間、大歓声が沸き上がる。
過酷な試合は終わった。鏡はリングの上で天を見上げた後、竜沢の方を見る。そして流香の方に向き直り、いつもの笑顔を見せた。

 「鏡くん…」

流香は笑顔だったが、その目からは涙が溢れていた。
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