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外出という名のデート

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 一度は過呼吸気味から解放された俺氏だが、家の敷地を出るとまた息苦しくなってしまう。そりゃそうだ。俺氏にとっては、じいちゃんばあちゃんと出かけた時以来の外出だ。

 だがしかし!!

 今日の俺氏はここで倒れるわけにはいかない。なんといっても、俺氏の横にはメメたんがいるからだ!
 メメたんは残念ながら不機嫌極まりない表情をしているが、ご近所の年寄りたちに会うと「川上さんの家で働いていマスー!」「川上家の家政婦デスー!」と愛想良く挨拶をしている。
 嘘でも『お付き合いしていマス(はぁと)』なんて言えないものだろうか? なんて考えていると、思いっきりつねられた。

 玄関内で地味に苦しんだせいで、時刻はもう昼近い。それもメメたんのご機嫌が斜めになった原因だろう。
 そんなメメたんの表情が、突然花開くように華やかなものになった。メメたんの視線の先には朝市がある。

「ご! ご主人サマ! お買い物デス! 楽しそうデス!」

 おそらく、メメたんの目には賑わっている朝市に見えるんだろう。決まった日に開催されるここの朝市は、確かにすごい数の買い物客が訪れる。だが今はピーク時と比べると閑散としているはずだ。

 この朝市に来るほとんどが年寄りなのも驚きではあるが、早起きの老人たちが開始時間前には集まり、昼にはもう売り物が無くなるのがこの朝市だ。
 公式では六時から開催なのに、夏至前後の日の出が早い時期には四時台から集まる猛者もいるおかげで、十二時までの開催のはずが十時には半分の店が売り切れるレベルだ。

「メメたん、最初に言った通りここでは買い物しないよ」

「え!? なぜデスか!? メメはお買い物をしたいデス! 見たいデス!」

「今僕たちがほしい物はここには売ってないし、もうほとんど売り物がないはずだよ」

 売り物が無いこともないだろうが、この時間帯は大体が売れ残りのしなびた野菜や山菜だったり、ばあ様たちが趣味で作ったカバンや巾着袋ばかりなはずだ。

「ヒョルルル……っ!」

 いつものように突然耳に衝撃が走り、いつものように意味不明な言葉を発したが、自分で自分の口をふさいだ。咄嗟に動いた俺氏だが、なかなかに成長している証拠だ。

「ウソではないようデスね。てっきり人間がいるのがイヤだと駄々をこねていると思いまシタ」

 なんてことだ。本当にメメたんからの信用がないらしい……。

「……毎日開催してる訳じゃないし、次の開催日に来てみよう? 今日は調味料だったり肉だったりを買いたいから、別の場所に行くよ」

「……分かりまシタ……絶対デスよ!」

 そう言って少しほっぺたを膨らませたメメたんは本当に可愛くて、本来ならこんなに可愛い子と一緒に歩けるはずなんてなくて……だからどんなに理不尽なお仕置きにも耐えられるんだと再確認した。

────

「ふ……ふおぉぉぉぉ!」

 スーパーの自動ドアをくぐると、メメたんは立ち止まり、大興奮で聞いたことのない声を発している。

「ご主人サマ! ご主人サマ! これ、全部買えるんデスか!?」

 鼻息荒くキラッキラとした目で、スーパーの端から端までメメたんは見渡している。

「……うん、全部売り物だけど、必要な物しか買わないからね」

 そう言わなければ、スーパー内の全ての物を買いそうなくらいにメメたんは興奮している。周りの買い物客はメメたんを見てクスクスと笑ってはいるが、微笑ましいと思っているんだろう。少しカタコトなのと、ほんの少し外国人風の顔立ちのおかげだ。
 そんなメメたんのテンションは凄まじく、でも買い物の仕方が分からないメメたんは、騒ぎながら俺氏のシャツの裾を掴んでいる。俺氏のシャツの裾を掴んでいる。大事なことなので二回言ってみた。

 お仕置き以外でこんなにもメメたんに近付いたことがなくて、心臓がバクバクいって血圧が急上昇だ。
 もはや天に召されてもいいような気がするが、なんだか本当に天に召されそうな体調になってきて、カートにカゴを入れて歩行器代わりにすることにした。

 肉、魚、野菜をカゴに入れ、調味料コーナーに向かった。グルメなメメたんのために、添加物が極力入っていない物を探す。
 食用油のコーナーに行くと、まるで服やバッグを強請る女の子のように、駄々をこねながら油を欲しがるメメたんには笑ってしまった。あまりにも可愛いので、一番小さな瓶を何種類も買うことにした。

「あとはレジに行ってお会計だよ」

 メメたんには『レジで会計』という概念がないようで、いくらなのかを計算してもらって対価を払うという説明をすると驚いていた。
 まるで普通の恋人同士のようなひとときを楽しみながらレジに並んでいると、俺氏の中で緊急事態宣言が発令された。

「……」

「ご主人サマ? ご主人サマどうしまシタ?」 

「……なんでもないよ……こっちに移動しよ……」

 心配してくれたメメたんに少し小声で返し、隣のレジに並んだ。だってそのレジに立っていたのは……偶然にも俺氏の初恋の人である『美咲ちゃん』だったからだ……。
 別にまだ未練がましく好きな訳じゃない。メメたんといるのを見られたって……平気なはずだ。だけど……長い年月を引きこもっている負い目のせいか、どうしても顔を合わせられなかった。
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