上 下
290 / 366

お供

しおりを挟む
 目を覚まし起き上がろうとすると、衣擦れの音でスイレンも目を覚ました。

「あれ……? 僕……なんで……? 朝……?」

 スイレンは昨夜のコッコ事件をすっかりと忘れているようで、なぜ自室にいるのか分からないようだ。世の中、忘れてしまったほうが良いこともあるので、あえて私は何も言わなかった。
 そして朝だと気付くと、ブルーノさんとの時間を無駄にしてしまったと泣いてしまった。

「もう、スイレンったら。そんなに簡単に男は……」

 後に続く言葉は『泣くものじゃない』だけれど、スイレンを慰めながら外へと出ると、ジェイソンさんがおいおいと泣いているのだ。
 あまりの泣きっぷりに、スイレンに泣くなとも言えず苦笑いとなってしまう。

「先生ぇ~……!」

「一生会えん訳でもあるまいし、いい加減泣き止め!」

 ジェイソンさんは地面に跪き、胸の前で両手を組んでさめざめと泣いているが、そんなことが昨晩から続いてうんざりとした様子のじいやが一喝すると、一瞬微笑みまた泣き始める。
 安定の情緒不安定さに、ある意味安心する。

「さぁ朝食を食べたら出発よ」

 無慈悲な私の言葉にスイレンとジェイソンさんはさらに泣き、それを見た民たちの笑い声が広場に響く。

「うっうっ……僕もリトールの町に行きたいけど……民たちのために浄化設備を作らなきゃ……」

 昨夜のようにスイレンはブルーノさんの横に座り、泣きながら朝食を食べている。スイレンの言葉を聞いたブルーノさんは微笑み、口を開いた。

「うん、スイレン君は初めて会った時から『民たちのため』と頑張っていたね。私たちはまた会える。ぜひ工事をやり遂げてくれ」

 ブルーノさんはそう言って、最後にスイレンの頭を撫でると、スイレンの目からはポロポロと涙が溢れる。
 そんな感動的な場面だが、私はまだ誰がリトールの町まで行くか決まっていなかったので、食事をしながら必死に頭を働かせていた。

 食事を終えると、全員がそわそわとしたり慌ただしくなる。

「さぁみんな、お別れの時間よ。お父様、じいや、スイレンは先に作業に向かってちょうだい。他のみんなは、売り物を集めて荷車の準備を」

 見ていられない程にスイレンとジェイソンさんが憔悴しきっていたので、あえて未練を断ち切らせるために発破をかける。
 お父様たちは感謝と別れの言葉を言い、スイレンはお父様とじいやに慰められながらも作業へと向かった。ジェイソンさんはブルーノさんに慰められている。

 私も売り物を集めながら人の波を縫って歩き、タデにはスイレンが落ち込むだろうからと、気にかけて欲しいことを伝える。
 ヒイラギには少数精鋭で、頼んだものの作業をして欲しいと伝えた。

 他の者たちにも、私たちが旅立ったらいつもの作業に取り掛かるように伝える。そして手が空いたら、夜営場所となっているテックノン王国からの爆破を監視する小屋までの道に、デーツの木を植えるように頼んだ。
 しばらく見ないうちに脇芽も増え、種から発芽したものも多かったからだ。

「ふぅ」

 作業をしながら指示を飛ばし、ほんのりと滲んだ額の汗を拭うと、背後に気配を感じた。振り向くと、イチビたち四人組が旅支度を終えて立っていた。

「そうだったわ。シャガとハマスゲは私たちに同行してちょうだい。イチビとオヒシバはここに残って」

 私の言葉を聞いた三人は頷くけれど、オヒシバは絶望的な表情を浮かべ膝から崩れ落ちた。
 オヒシバは残念な人であって、悪い人ではない。けれどポニーとロバと張り合ってしまうので、あの子たちのストレスのことも考えると、オヒシバは連れて行かないほうが良い。

 お父様が落ち込んだ時のように、オヒシバもまたジメジメと重い空気を放ち始めてしまったので、私は必死に頭を働かせた。

「……イチビ、オヒシバ。重要任務を与えるわ」

 私の言葉を聞いたオヒシバは顔を上げ、目に光が戻った。他の三人は察してくれたようで、まだ地面に座るオヒシバを笑いをこらえながら見つめている。

「イチビもオヒシバも、子どもたちに大人気なのよ。素晴らしいことだと思うわ」

 既に察してくれているイチビを見ずに、オヒシバの目だけを見つめてそう言うと、オヒシバは「いやいや……」と言いつつも、嬉しそうに立ち上がった。

「私はね、子どもたちにはもっと遊んでほしいと思っているの。だから、オヒシバの力が必要なのよ!」

 私の言葉にオヒシバはキリリとした表情で一歩前に出るが、イチビたち三人は口を押さえて一歩下がる。肩が上下に揺れているので、かなり笑いを我慢しているのだろう。

「イチビとオヒシバは、夕方近くになったら作業を終えてちょうだい。そして遊具やオアシスに子どもたちを連れて行って、思いっきり遊ばせてほしいの! お願い、オヒシバ!」

 両手を顎の前で組み、上目遣いで小首を傾げる。いつぞや以来の、女の武器を使ってしまった。

「お任せください! このオヒシバ! 姫様と子どもたちのために、誠心誠意働きます!」

 ……笑ったらダメよ。そう自分に言い聞かせる。オヒシバは握りこぶしを空高く掲げ、その後ろではイチビたちが声を出さずに笑い転げている。

「かしこまりました」

 笑いが落ち着いたイチビがそう言うと、シャガとハマスゲが「良かったな!」「頑張れよ!」と、笑顔でオヒシバの肩を叩いて励ましている。

「……ゲホッ」

 あまりにも自分らしくない振る舞いと、みるみるうちに表情が変わったオヒシバに耐えられなくなり、私はむせたフリをして後ろを向いてようやく笑ったのだった。
しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

異世界で家族と新たな生活?!〜ドラゴンの無敵執事も加わり、ニューライフを楽しみます〜

藤*鳳
ファンタジー
 楽しく親子4人で生活していたある日、交通事故にあい命を落とした...はずなんだけど...?? 神様の御好意により新たな世界で新たな人生を歩むことに!!! 冒険あり、魔法あり、魔物や獣人、エルフ、ドワーフなどの多種多様な人達がいる世界で親子4人とその親子を護り生活する世界最強のドラゴン達とのお話です。

称号は神を土下座させた男。

春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」 「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」 「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」 これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。 主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。 ※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。 ※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。 ※無断転載は厳に禁じます

小さな大魔法使いの自分探しの旅 親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします

藤なごみ
ファンタジー
※2024年10月下旬に、第2巻刊行予定です  2024年6月中旬に第一巻が発売されます  2024年6月16日出荷、19日販売となります  発売に伴い、題名を「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、元気いっぱいに無自覚チートで街の人を笑顔にします~」→「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします~」 中世ヨーロッパに似ているようで少し違う世界。 数少ないですが魔法使いがが存在し、様々な魔導具も生産され、人々の生活を支えています。 また、未開発の土地も多く、数多くの冒険者が活動しています この世界のとある地域では、シェルフィード王国とタターランド帝国という二つの国が争いを続けています 戦争を行る理由は様ながら長年戦争をしては停戦を繰り返していて、今は辛うじて平和な時が訪れています そんな世界の田舎で、男の子は産まれました 男の子の両親は浪費家で、親の資産を一気に食いつぶしてしまい、あろうことかお金を得るために両親は行商人に幼い男の子を売ってしまいました 男の子は行商人に連れていかれながら街道を進んでいくが、ここで行商人一行が盗賊に襲われます そして盗賊により行商人一行が殺害される中、男の子にも命の危険が迫ります 絶体絶命の中、男の子の中に眠っていた力が目覚めて…… この物語は、男の子が各地を旅しながら自分というものを探すものです 各地で出会う人との繋がりを通じて、男の子は少しずつ成長していきます そして、自分の中にある魔法の力と向かいながら、色々な事を覚えていきます カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しております

チートな親から生まれたのは「規格外」でした

真那月 凜
ファンタジー
転生者でチートな母と、王族として生まれた過去を神によって抹消された父を持つシア。幼い頃よりこの世界では聞かない力を操り、わずか数年とはいえ前世の記憶にも助けられながら、周りのいう「規格外」の道を突き進む。そんなシアが双子の弟妹ルークとシャノンと共に冒険の旅に出て… これは【ある日突然『異世界を発展させて』と頼まれました】の主人公の子供達が少し大きくなってからのお話ですが、前作を読んでいなくても楽しめる作品にしているつもりです… +-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-  2024/7/26 95.静かな場所へ、97.寿命 を少し修正してます  時々さかのぼって部分修正することがあります  誤字脱字の報告大歓迎です(かなり多いかと…)  感想としての掲載が不要の場合はその旨記載いただけると助かります

めんどくさがり屋の異世界転生〜自由に生きる〜

ゆずゆ
ファンタジー
※ 話の前半を間違えて消してしまいました 誠に申し訳ございません。 —————————————————   前世100歳にして幸せに生涯を遂げた女性がいた。 名前は山梨 花。 他人に話したことはなかったが、もし亡くなったら剣と魔法の世界に転生したいなと夢見ていた。もちろん前世の記憶持ちのままで。 動くがめんどくさい時は、魔法で移動したいなとか、 転移魔法とか使えたらもっと寝れるのに、 休みの前の日に時間止めたいなと考えていた。 それは物心ついた時から生涯を終えるまで。 このお話はめんどくさがり屋で夢見がちな女性が夢の異世界転生をして生きていくお話。 ————————————————— 最後まで読んでくださりありがとうございました!!  

前世の記憶さん。こんにちは。

満月
ファンタジー
断罪中に前世の記憶を思い出し主人公が、ハチャメチャな魔法とスキルを活かして、人生を全力で楽しむ話。 周りはそんな主人公をあたたかく見守り、時には被害を被り···それでも皆主人公が大好きです。 主に前半は冒険をしたり、料理を作ったりと楽しく過ごしています。時折シリアスになりますが、基本的に笑える内容になっています。 恋愛は当分先に入れる予定です。 主人公は今までの時間を取り戻すかのように人生を楽しみます!もちろんこの話はハッピーエンドです! 小説になろう様にも掲載しています。

女神のお気に入り少女、異世界で奮闘する。(仮)

土岡太郎
ファンタジー
 自分の先祖の立派な生き方に憧れていた高校生の少女が、ある日子供助けて死んでしまう。 死んだ先で出会った別の世界の女神はなぜか彼女を気に入っていて、自分の世界で立派な女性として活躍ができるようにしてくれるという。ただし、女神は努力してこそ認められるという考え方なので最初から無双できるほどの能力を与えてくれなかった。少女は憧れの先祖のような立派な人になれるように異世界で愉快で頼れる仲間達と頑張る物語。 でも女神のお気に入りなので無双します。 *10/17  第一話から修正と改訂を初めています。よければ、読み直してみてください。 *R-15としていますが、読む人によってはそう感じるかもしないと思いそうしています。  あと少しパロディもあります。  小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様でも投稿しています。 YouTubeで、ゆっくりを使った音読を始めました。 良ければ、視聴してみてください。 【ゆっくり音読自作小説】女神のお気に入り少女、異世界で奮闘する。(仮) https://youtu.be/cWCv2HSzbgU それに伴って、プロローグから修正をはじめました。 ツイッター始めました。 https://twitter.com/tero_oo

辺境伯令嬢に転生しました。

織田智子
ファンタジー
ある世界の管理者(神)を名乗る人(?)の願いを叶えるために転生しました。 アラフィフ?日本人女性が赤ちゃんからやり直し。 書き直したものですが、中身がどんどん変わっていってる状態です。

処理中です...