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クジャの瞳

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「……狩りをする時は……自然と一体化するのだぞ……」

 そのクジャのお父様の言葉に、クジャが目を見開いた。その言葉に何か意味があるのかと思ったが、クジャは私たちを見て、人さし指を口に当てて静かにしろというジェスチャーを見せた。私たちは静かに頷く。

「何かおっしゃいましたか?」

「ただ……昔……妻や子どもたちを連れて……狩りに行ったのを……思い出したのだ……」

 窓からは見えない位置にいるが、モズさんはいつでも動けるよう構え始めた。それを見たお父様もじいやも同じようにいつでも動ける体勢になる。私とレオナルドさんもそれに倣う。

「我が妻オオルリと……母上は……変わりないか……?」

「えぇ。よく眠っておられます。皆の祈りの力でじきに良くなりましょう」

 そう言って笑う、まだ姿も見ていないこの男に心底腹が立つ。

「息子の……チュウヒは……眠っておるな……」

 クジャのお兄様はチュウヒさんというらしい。先程は起きていたので、本当に眠っているのか寝たフリをしているかは、ここからでは分からない。

「私の……大事なクジャクは……どうしている……?」

 クジャの名前が出たことで緊張が走る。けれどまだ動くときではない。

「クジャク様ですか? しばらく城にも戻って参りませんね。モズ殿も見当たりませんし、いつものように国外へと遊びに行っているのでしょう。ご自分のご家族が大変な思いをしているのに、呑気なものですな」

「……お主は……我が娘の目を……どう思う?」

 家臣であろう男の言葉にカチンと来て、窓をぶち破ろうとしたがクジャに止められ、その間にも会話は進んでいる。
 クジャのお父様の問いかけに男は一瞬言い淀み、取ってつけたような言葉を並べたてる。

「……不思議な色をしておりますよね。色々と言う者もいますが、きっとあの瞳のおかげで、姫は王家の呪いにかからないのでしょう」

 それはどこか馬鹿にしたような言い方で、クジャは歯を食いしばり、眉間に皺を寄せ、怒りに支配されたような表情をしている。もう我慢の限界だと思った時に、クジャのお父様の言葉が聞こえた。

「ときに……この窓のガラスは……予備があっただろうか……?」

「は? えぇ、ございますが、どうかなされましたか?」

「……獲物を見据えたら……素早く矢を射る……」

 その言葉が聞こえた瞬間、モズさんが跳ね上がり、窓ガラスを割って中に侵入する。私とクジャは、それぞれお父様とじいやに急に抱き抱えられ、驚きの声も上げられないまま室内へと侵入した。その後に続いてレオナルドさんが入って来た。

「サギ! 貴様よくもぬけぬけと!」

 クジャが本気で吠えた。サギと呼ばれた男は、布をマスクのように鼻と口に巻いていた為に表情は分からないが、目を見開き驚いているようだ。すると部屋に数名の兵がなだれ込んで来た。

「何事ですか!?」

「お前たち……! 始末し損なったのか!」

 サギは兵たちを振り返り怒鳴りつけた。兵たちはクジャとモズさんを見て、驚き固まっている。その隙にお父様とじいやが動いた。姿勢を低くして勢い良く走り、兵たちのこめかみや顎を的確に狙い一撃で気絶させている。その兵たちの腰に付けられていた縄で、身体を拘束し終えると、何事もなかったかのように扉を閉めた。
 お父様とじいやの動きにばかり目がいっていたが、モズさんとレオナルドさんはサギと呼ばれる男を床に組み伏せていた。

「サギよ……始末、と聞こえたが……どういうことだ……?」

 私たちの動きに少々驚いていた様子のクジャのお父様だったが、痩せ細った体に不釣り合いな程の威厳を保ちながら問いかけると、サギは観念したのか本性を出した。

「この姫が王家の呪いの元凶なのです! その証拠に気味の悪い、呪いの瞳を持っている! 王家に伝わる口承で、姿形の違う者は呪いにかかっていると、火あぶりにしていたのをお忘れですか!? この姫さえ始末すれば、王たちの病気は回復するはずです!」

 その口承にも、本気で呪いなどと言っていることにも怒りが込み上げるが、王たちの回復を願う気持ちは伝わった。だからクジャもモズさんもやり返さなかったのだろう。けれどそれとこれとは話は別だ。

「呪いなんてものはないわ」

「シャイアーク国の者がしゃしゃり出るな!」

 そういえばシャイアーク国の服を着ていたな、と冷静に思うと、お父様はサギの顔の付近にしゃがみ、その顔を殴りつけた。サギは口の中を負傷したのか、口から血を流している。

「ぼ、暴力は……」

「言っただろう? 悪者にでも何にでもなると。モズ殿はこれ以上に負傷していた。まずはこれくらいにしておこう」

 私が止めようとすると、お父様はきっぱりとそう言い放つ。本当はもっと攻撃を加えようとしているのが伝わる。私の前や話の途中ということで我慢しているのだろう。目には殺意が見え隠れする。

「……呪いなんてものはない。これは王家に伝わる風習のせいで病気になっただけよ。それを知らず、全ての責任をクジャになすり付けないで」

「……っ! ならばその目は何だと言うのだ!」

 口内が痛むのか、顔を歪めながらサギは私に言い返した。

「遺伝よ。私たちの性質は親から子に受け継がれる。親子が姿形が似ているのもそうね。それ以外にも、目に見えない性質が受け継がれることもある。クジャのお祖母様の話を聞いたわ」

 クジャのお祖母様はテックノン王国の出身だそうだ。先代の王であるお祖父様がテックノン王国に外遊に行った際、立ち寄った町で一目惚れをし、熱烈な求愛をし結婚に至ったそうだ。
 そんなお祖母様は「昔は全てが真っ白だったのよ」と言っていたそうで、クジャは例え話か何かだと思っていたらしい。要するにアルビノだったのだ。美樹よりもいくつか歳上の先輩にアルビノの人がいたが、成長と共に髪の色が濃くなっていった。クジャのお祖母様もそうだったらしく、今は明るい茶色の髪らしい。
 そして口承にもあるように、姿形の違う者とはおそらく、奇形やアルビノといった人たちだったのだろう。王家にもアルビノ遺伝子があったことにより、クジャは超低確率で紫の瞳だけが発現したのだと考えられる。

「……というわけよ」

「……っ! ならば特定の、王家の者だけがかかる病気など、どう説明するのだ! 風習は昔から変わっていない! 呪いしか考えられん!」

 まだ呪いだと言うサギに、わたしは噛み砕いて分かりやすく説明することにした。
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