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いざ国境へ

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 気持ちが落ち着かず、眠りが浅くなってしまう。ふと目を覚まし、水を飲もうかと目を開けて起き上がると、ようやく夜が明けて来たようで窓の外は薄っすらと明るい。

「……カレン……」

 急に名前を呼ばれて驚いたが、クジャはうわ言ではなく本当に私を呼んでいたようだった。

「起こしてしまった?」

「いや……眠れん……」

「……私もです……」

 小声でクジャに問いかけたが、クジャだけでなくモズさんも起きていたようだ。二人はここ数日間のほとんどを寝て過ごしていたので、もう眠れないと言う。
 ひとまず水を持って来ると言い残し、部屋を出て台所を目指すと、なんとリビングにはお父様もじいやもペーターさんもおり、話し合いの最中であった。

「もう起きたのか?」

「えぇ。眠れなくて。クジャたちも起きているの。一度水を持って行くわ」

 ペーターさんからカップを借り、水を入れてクジャたちのいる部屋へと戻り水を飲ませた。

「お父様たちも全員が起きていたわ」

 そう言っているうちに扉が開く。

「体の調子はどうだ? 動けそうなら、もう向かってしまおうかと思うのだが」

 そう言いながら入って来たお父様に、二人は「問題ない」と答え、なんとこのまま向かうこととなった。けれど腹が減っては何とやらである。昨夜の残り物であるスープを温め、クジャとモズさんは初めてリビングに移動しての簡単な朝食をとった。
 そして朝食後に、ペーターさんからこの町の服を受け取る。私たちの服装が目立ってしまうため、この町の服に着替えるのだが、私はあえて女物ではなく男物の服を選んだ。動きやすさ重視である。さらに紐ももらい、私とお父様の髪をお団子にしてまとめた。じいやは毛がないのでそのままである。
 着替え終わった私たちはまたリビングへと戻り、そして私は掛け声をかける。

「じゃあ行きましょうか」

 まさに一歩を踏み出そうとしたその瞬間、ペーターさんは私の手を握った。

「絶対に無理をしないと約束してくれ。一人で全てを背負おうとしないでくれ。姫さんもモズ殿も、どうにもならなかったその時はこの町で匿う。……だから皆無事で戻って来てくれ……」

 ペーターさんは、一緒に行くことは出来ないからか、辛そうに絞り出すように悲しげな声を出す。そんなペーターさんに、お父様はカラッと笑い飛ばすように声をかける。

「先程も約束しただろう。必ず無事に戻る。しばらく待っていてくれ」

 そう言って男同士、ガッチリと固い握手を交わした。いよいよ旅立ちである。

────

 リトールの町を出た私たちは、あえて街道を通らず森や林の中を進んだ。あまり見慣れない私たちがハーザルの街の人たちに見られないよう、そしてクジャたちに対する追っ手が来ている可能性も考え、目立たないようにするためだ。
 案内兼先頭を進むのはモズさん、続いてお父様と、そのお父様が迷子にならないように私が横に付き、その後ろにクジャがいる。じいやは何かあった場合に備えて、後方から援護を頼んだ。
 一応武器になりそうなナイフ類を借りて来たのだが、それで草木をなぎ倒しながら進む。私たちは気にせず歩いていたのだが、いくらお転婆とはいえ一国の姫様であるクジャには、草木の生い茂る森の中を歩くのは大変だったようだ。どこぞのカレンという名の姫とは大違いの姫らしさである。

 当初の予定ではまだ薄暗いうちに国境に到着するはずだったのだが、草木をなぎ倒しながらだったために大幅に時間がかかってしまった。クジャはひたすら申し訳なさそうに謝るが、木の根に躓いたり木の枝の一部が顔に引っかかったりと、余計な怪我が増えそうだったので仕方がないのだ。姫として、私が異常なのだと確信し、ひっそりと精神的ダメージを受けたのは言うまでもない。

「国境に……到着しました」

 まだ口内の怪我が治りきっていないモズさんがボソボソと話す。辺りはヒーズル王国との国境のように人っ子一人いない。クジャが言うには、クジャが闇市と称してリーンウン国のものをハーザルの街に卸すことによって、シャイアーク国の人間をあまりリーンウン国に踏み込ませない意図もあったそうだ。

「さて、どうするか」

 お父様が呟くと、じいやが口を開いた。

「赤毛のレオナルドは、いつも国境にいるのですかな?」

 そういえば以前、初めてクジャにあった日にその名前を聞いたことがある。ジェイソンさんのように、じいやが弓や槍の使い方を指導した教え子のはずである。

「ほとんどいつも国境にいるが、たまに遊びに行くとハーザルの街に繰り出すこともあるが……」

 それを聞いたじいやはとてもご機嫌な笑顔となった。にもかかわらず、その手に物騒なことに落ちている石やら木の枝を握りしめている。おそらくそれらのものを投げられたのか、クジャは一瞬ビクリと反応して震えたが、グッとこらえてじいやに問いかける。

「何をするつもりじゃ……?」

「挨拶がてら、レオナルドの腕が鈍っていないかの確認ですな」

 そしてじいやは言うが早いか走り出した。この国境も山と山の間にあるが、剥き出しの岩山は凹凸が多く死角になりそうな場所がたくさんある。そこに身を隠しながら進み、堂々と国境の真ん前に行き、そして何かを一瞬で確認した後に一方向に向かって石などを投げている。

 潜入どころではない派手な展開に、私たちは頭が追い付かないながらも、ジリジリとじいやとの距離を詰めるべく歩き出したのだった。
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